第17話 夢の中
三人の病室を回り終わり私は白い部屋に帰ってきた。
「ネリネありがとう。三人の様子はどうだったかな」
「ルガーとは会話できませんでしたが、ローズさんとドラセナさんとは会話が出来ました。二人とも、もう少しすればこちらへ来られそうでしたよ。まぁそれもライラックさんは把握済みなのですよね」
「あら、随分と棘のある言い方をするじゃないか。私は何か君の気に障ることをしたかい?」
「いえ、こちらの問題です。私も疲れているんです。どこか休める所はありませんか?」
「それはそうだったね。激しい戦いの後の労いが君にはまだだったね。エリカには先に案内したがあそこを出ると個室に繋がっているから利用するといい。よく疲れが取れるといいね」
私はライラックにお辞儀をすると部屋に向かった。
個室は緑一色であった病室とは違って木の温かみを感じられるような程度のよい家具で統一されていた。
私の趣味ど真ん中の部屋だったので正直驚いた。
それと同時に気持ち悪さもある。
私のことをリサーチして用意した部屋であるとしたら寒気問題を通り越して殺意すら湧いてくる。
まぁ、ドアノブを捻った人の趣味嗜好を反映する魔法である可能性が高いと思う。
そんな魔法があるかは知らないがライラックであればそれぐらい出来そうである。
私はひとまず疑いを全て捨ててベッドに倒れ込んだ。
久しぶりと言っても三日ぶりのベッドだが、このフカフカさに勝てる人間がいるだろうか。
全身の力が抜けていくのを感じる。色々と頭を整理しようと思っていたが、この様子なら私が眠りに落ちるのも時間の問題であろう。
そんなことを考えている間に私の意識は沈んでいた。
私は目を開けた。
窓から差し込む日差しによって起きたわけでも、何かの物音によって起きたわけでも、誰かに起こされたわけでもなく、スッと起きた。
この部屋には時計もないし太陽も見えないので自分がどれだけ寝ていたのか見当がつかない。
私は髪を整えたり最低限の身支度を終えた後部屋から出て白い部屋に向かった。
しかし部屋には誰もいなかった。
「ライラック? エリカ?」
私は二人の名前を呼んだ。
しかし返事はない。
まだ寝ているのか。
エリカはそうかもしれないが、なんとなくライラックが睡眠をとるようには思えない。
今彼の領域には少なくとも5人と一匹の部外者がいるわけだ。
そんな状況でぐっすり眠れるような性格はしていないと思う。
だとすると敵襲か!
いやライラックが簡単に負ける相手がいるのか。
そんなのが存在していては全ての計画が終わってしまう。
ここではない別の部屋で戦っている可能性はある。
それなら私のすべきことは病室の皆のところへ行くべきではないか。
私は病室へと走り出した。
「リリー!」
そう呼ばれた気がする。
ルガティの低い声ではなかった。
この世で私のことをこう呼ぶのは一人しかいないのだ。
「ご主人様!」
私は振り向くとそこにご主人様の姿はあった。
顔立ちも服装も背丈も想像のままであった。
幼いような長いこと生きているのかがわからないような年齢不詳な見た目はご主人様特有なものかと思っていたがライラックも年齢不詳な見た目をしているので、どうやらネコミミ族の特徴らしい。
「どうして、ここに?」
何故だか感動よりも疑問が先に来てしまった。
ここはライラックの領域のはずだ。
きちゃった!で来ていい場所じゃないし来られる場所では困る。
それになぜ誰も私の呼びかけに返事をしないのか。
「それはネリネに会いに来たかったからですよ。もっと喜んで貰えるかと思いましたよ。塔の魔女は危険です。リリーのことを利用する気ですよ」
頬をぷくぅとフグのように膨らませる仕草もご主人様のものであった。
心の底から懐かしさがこみ上げてくる。
私が目の前のご主人様に飛びつかないでいられるのは、ここが信用できない魔法使いの本拠地の領域内であるという一点だけだ。
「ご主人様、失礼かもしれませんがみなさんはどちらへ行ってしまわれたのでしょうか?」
「私に会いたくはありませんでしたか? そんな誰かのことなど気にせずに。さぁ、もっと近づいて来てくださいよ。一緒に帰りましょう」
今私の目の前にいるのは大好きなご主人さまで間違いはないのだ。
違う部分がどこにも存在しないので偽物だと断言することが出来ないのだ。
体の細胞の大半は諸手を上げてバンザイをしている。
だが、微かに怪しいのだ。
あれだけ会えなかったのだ。
こんなに簡単に会えてしまっていいものなのか。
「いえ行けません。何も違う気はしないのですが、あえて挙げるのであれば私の想像するご主人様と何も違わないのが一番怪しい。貴方は誰ですか?」
「そんなひどいです。わたしはあなたのご主人様のエリンジュームですよ」
「ははははははははははははははははは」
最近で一番面白いジョークである。
私は思わず吹き出すどころか大きな声を出すことを抑えられなかった。
これは傑作だ。
ご主人様が自分の事をご主人様だなんて言うわけない。
ご主人様は私の主人になど1ミリだってなりたくはないのだ。
「リリー様子がおかしいですよ。変なものでも食べましたか? そんなに笑ってどうしたのですか」
クソ!偽物だと分かった途端にお腹の奥の方から怒りの感情が込み上げてくる。
ご主人様の声で口調でこいつは私に何を言っているんだ。
少しも言葉が入ってこない。
「ははは、もっと勉強してきてくださいよ。私の頭の中身をしっかりひっくりがえして調べましたか? ご主人様は私のお母さんになりたいのですよ。わたしのご主人様のエリンジュームだなんていうわけないじゃないですか。お前は誰だ」
「誰だと思います?」
「これ以上ご主人様の姿で声で口調で喋るなよ。少しも似てないから出て来い。塔の魔女ライラック!」
目の前のご主人様は蜃気楼のようにどこかへ流れて、代わりに外套を脱いだ塔の魔女がそこにはいた。
長い紫色の髪の毛。
整った顔。
外套の上からではわからなかったスラリとした長身のシルエット。
ローブを着た彼女はより魔法使いらしかった。
「完璧に再現したはずなんだけど、バレてしまったかぁ。お見事だネリネ。流石我が友人だ」
「伊達にご主人様ガチ勢を自負していないぞ、あまり舐めるなよ。それと気持ちが悪いから友達は破棄だ」
怒りに支配されていて自分でもよくわからない言葉を使ってしまった。
怒ったときのご主人様をあまり見たことがないので上手く口調を真似出来てない。
声が出せているのが軌跡かもしれない。
あと何だご主人様ガチ勢って。ちなみに一度も自負したことはない。
「バレると思ってなかったからこの先のプランを考えてない。ネリネはどうしたい?」
「もしバレなかったら私に何をするつもりだったのですか」
「君を私の領域内のどこかに隠しておいて魔女と対峙したら君を人質に交渉でもしようかと」
どこかに隠す。
そもそもご主人様だと信じたとしていくら従者であるとはいえ私が素直に隠れていることを許容するだろうか。
「これはあなたの固有魔法ですね。夢の中に入りこんで相手が望んでいるものを与える。相手がそれを飲んだのであれば、そのまま操り人形のように動かせるみたいな」
「鋭いね。そうこれは私の固有魔法だ。魔法の中身も大体そんな感じだ。流石領域から一度帰ってこられた人間は違うね」
思い返してみると寝るという行為には気を付けなければいけなかった。
病室が緑色なのも、もしかすると白色の部屋を最初に見たから、治療特化の部屋であれば安らぎのイメージがある緑色の部屋であろうという私の願望を反映した結果なのかもしれない。
個室が私好みの内装だったのも扉を開いたらこんな内装であればいいなという願望を反映したもの。
夢とは内なる願望の現れを見る場合があるともいう。
ここまで繋げて考えることができればライラックの固有魔法にはやく気が付くことが出来たはずだ。
私は自分の甘さにまた唇を嚙むことになった。
「君のように頭でよく思考する人間にこそ私の魔法は真価を発揮する。楽しんでもらえたかな?」
「私の仲間に魔法は使っていないですか?」
「ああ、君が一番かかりやすいと判断したから君が一番だよ。私のことを殺したいほど憎いだろう。さぁそろそろ一戦交えるかな」
「いえ、遠慮しておきます。私が貴方と戦っても勝てる見込みはないです。仲間にこのことは言いませんし、魔女と戦う時がくれば私を人質にするなりしてください。ただ私も抵抗しますし私の仲間がどうするかはわかりませんが。だから私を早く元の場所に返してくれませんか。もう疲れました」
私達は戦う理由などない。
もしライラックが私を殺すことを目的としているのであればこんな時間は無駄だ。
彼女は今この時間を使って次のプランを考えているのだろう。
私もライラックが必要だし。
ライラックもまだ私を切るほどプランは煮詰まってない。
つまりはまだお互いに利用価値を見出しているのだ。
「ネリネ。あなたはおもしろいですね。やっぱり友人の破棄は飲み込めません。指輪ももう返そうとしなくていいです。勝手に使ってもらってかまいません。あなたのいうとおりなかったことにしましょう」
「話が分かる人で良かったです。さっさと貴方の本当の目的を吐いたらどうです。私達向いている方向は違うかもしれませんが、もっと全面的に協力しあえるかもしれませんよ」
彼女と私は消えかかっている。ライラックが魔法を終わらせたらしい。
「もし、エリンジュームを殺すことだったとしたら──」
「そんなの先にお前──」
意識は途切れた。
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