第15話 首謀者

 黒い外套の連中を獣人だと判断した理由はいくつかある。


 まず1つ目はライラックと同じ外套を身に纏っているということだ。


彼はネコミミと呼ばれる獣人であるが牙や爪、体毛などの特徴を持ってはおらず、頭の上の耳と体の尻尾以外は人間と同じ姿で生まれてしまった稀な種類の獣人である。


黒い外套で自分の身を隠さなければいけないということはそれだけ身体的特徴が人間とは違うということになる。


 2つ目は並外れた身体能力である。


黒い外套のやつらはもれなく全員並外れた身体能力を保持していた。


魔法を使わずに人間があれだけの速度で走ることはまずない。


しかし、獣人であれば驚くこともない。


彼らは人間より圧倒的に身体能力が優れているのだ。


 3つ目はルガティが彼らの顔を見て動揺を隠せなかったことだ。


彼が私の命令にも耳を貸せないほど自分のすべきことを見失ってしまうというのは初めてであった。


もし、彼らの顔が獣人のものであったならば合点がいくのだ。



「うん、私の結論と同じだよ。ここには間違いなく獣人が住み着いている」



「いや、そうだとして。これだけ大規模な世界のテクスチャを張り替えるなんて大魔法が獣人に行使できるのよ? 獣人は魔法が扱えないはずだと教わったわ」


 エリカの疑問はもっともであった。


獣人の多くというか全ては魔法が使えない。


だからこそ人間は遠い昔、獣人に勝つことができたと伝えられている。



「ふふふ、それは実に簡単な問いだ。以前までの調査隊のメンバーが寝返っていたとしたらどうなる?」



「「え!!!」」



 最悪な予測である。


いや、長い期間の間獣人が魔法を誰かに習い、魔法を習得していたとしたらどうだ。


これでも最初に教えた人間がいることになるが、以前まで残り調査隊のメンバーへの疑いは晴れる。


そうだ。



 私がパッと浮かんだ線を残酷にも打ち消すようにライラックは口を開く。



「しかもだ。新しく世界にテクスチャを貼り付けるなんていう所業が為せる魔法使いがこの世に何人いると思う。そんな規格外なことが出来るのは現代に存在する奇跡の魔法使いである四大魔女以外に考えられないんだ。それにこの魔女たちは4人揃って第一次調査隊のメンバーとしてこの陥没穴に落ちているんだ。ここまでで言いたいことはわかるよな」



「獣人が長い年月の間で魔法を習得した可能性は──」



「ないね。いいかいネリネ。黒いヘドロつまりは魔力の残滓は知っているね。あれが地上に這い出たのは陥没穴が出来たからじゃない。タイムラグがあるんだ。穴が出来て、しばらく経った後に吹き出してきたんだ。これは地中で何らかの魔法を行使したからだ」


「でも、よかったね。倒すべき相手は分かったわけだ」



 エリカが肩を震わせながら、空元気を見せる。


それもそのはずだ。


魔法使いであるならば、この四大魔女がどれほど強大な存在であるかは痛いほど分かることなのだ。


そんな人達を相手に何が出来るというのだ。


 それよりも私は非常に腹立たしかった。



怒りで唇が震え出した。


何よりも大切なご主人様を一番の従者の前で犯人扱いしたのだ。


これがどんな愚行なのか彼女に理解させたい。


私は拳を握り込んで気を抑える。


「ライラックさんはこれを全て知っていて私に協力を持ち掛けたのですか?」



「ああ。というより最終的にはネリネの方から私に協力を仰いだのではありませんか。私はこの陥没穴の魔女を探しているんだ。それはネリネも同じことだろう」



 いくらこの魔女と言えど個人の心の声までは探ることは出来ないだろう。



私はどうしても今ここでこいつに一撃を加えてやりたいのだが、そんな力もなければ、協力関係を断つという勇気も持ち合わせてはいなかった。



持たざる者は強者に逆らうことは出来ないのだ。



「そうですね。ここからはライラックさんも協力してくれますよね?」



「まずはテクスチャを剝がさないことにはこちらから接触が出来ないからね。私の腕の見せ所だ」



「一つだけ聞いてもいいかしら。単純な疑問なのだけれど昨日は黒い外套の連中を目視出来なかったのだけれど何故今日は見えたのかしら?」



「それも簡単な話だ。ここに降り立ってから嫌でも魔力の残滓に触れる機会は何度もあっただろう。そうした積み重ねと今朝からの魔力の霧のせいで見える段階まで身体が順応したのだろう」



 世界を隠しているのが魔法であるのならば、副産物である魔力の残滓を摂取することで自分をも隠す対象として認識させることでテクスチャの内側に入り込めたとでもいうのか。


頭が痛い話だが、なんとかそう飲み込んだ。



「だとすると、ローズのように体内に魔力の残滓を規定量取り入れられればテクスチャを消す手間を省けるということですね」



「そうだけど、純粋にあんなに苦しむの嫌じゃない? それに人それぞれその魔力による耐性が違うからどんな異変が起こるかわからないしおススメはしないかな」



 ポカンとした顔で首を傾げているに違いない声色であった。


「絶対に止めてよね!」



 エリカが私の手を握って懇願した。


「わかりました。それで具体的にはこれからどうすればいいのですか?」


「3人の体調が回復したら、私がテクスチャに穴を開けてそこから本当の世界に行けるようにする。そうして大魔法を行使した魔法使いを倒して地上、私たちの世界へ帰ろう」


「なんか言うのは簡単だよね」


「本当に倒せるのですか?私達黒い外套の連中を倒すというか追い返すのがやっとなのですよ」


「大丈夫だとも私達には切り札があるじゃないか。その時点で交渉を持ちかけられる」


「切り札?なにそれ」



 エリカがライラックに問いかけるが彼女はふふふと笑うだけであった。


私には何故かその言葉に凄い恐怖を感じる気がした。



「ルガーのところへ行ってもいいですか?」


 この部屋はどうしようもなく気分が悪いので早く信頼できる相棒の元へ行きたかった。


 私はライラックに案内されて彼の病室にいった。


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