第13話 調査2日目④ ブラックアウトⅠ

 私はルガティのうなされた様な声により起き上がった。


 体からは油汗が出ており、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。


すぐに彼の体に触れてコンタクトを取ろうとした。


すると頭に激痛が走り念話は中断される。



「ああああー!」



 思わず私は頭を両手で抑えながら床に打ちつける。


こんなことは初めてであった。




 ルガティの異変に気を取られていたが外から差し込む光がないことに気がついた。


ここに来てからずっと朝のように日差しが降り注いでいたので何か外で異変が起きていることは明白であった。



 そうなると、領域として機能していないこのテントの中にいることが心配でたまらない。



 私はルガティに触れながら右手の中指にはめた指輪に念じる。すると次の瞬間には白い部屋に移動していた。



「ライラック! いますか? ルガーが大変なんです」


「いるとも! 君が来るのを待っていたさ。早く狼くんをこちらへ」



 どこからか現れたライラックにルガティを引き渡す。彼女は触診を始めた。



「ネリネ、すぐさまここに来たのは賢明な判断だ。魔力で守られていないあのテントに少しでも長くいれば危なかった。君が元気な様子は本当に信じられないのだけれどこれは金の盾の影響なのかな。5年経っても加護がこの強さなのはもはや呪いに近いね」


「ライラック! ルガーは助かりますか?」


「ああ、しばらくは外部から魔力が流れ込んでこない場所にいれば彼の自己修復能力でなんとかなるだろうね。それに君が触れていれば纏っている魔力が多少は流れ込んで中和出来るはずだ。」


「ありがとうございます」



 私はライラックに向かって深いお辞儀をする。



「ネリネ、顔を上げて。これから君に説明しなければいけないことが山程あるんだ」



 ライラックが指を鳴らすと私の前に椅子が現れる。その椅子に腰を掛けると彼女は話を始めた。



「まずはこの拠点に起きている異変についてだ。今朝から急激にここら一帯の魔力濃度が高くなってしまったんだ。その結果厚くて黒い霧が発生している。これが何者かによる仕業なのか自然発生したものかはまだわかってないんだ」


「ルガーの様子がおかしいのはその魔力の霧に触れ続けたからですか?」


「おそらくそうだ。彼は君の……というよりエリンジュームの眷属だろう。となるとしばらくの間主人の魔力で満たされていない状態なわけだ。その体で高濃度の魔力に触れるということは非魔法使いが魔力にあてられる状態と同じということだ」



 魔法使いが別の魔力に触れても大丈夫なのは自分の魔力で体を守っているからだ。ご主人様の魔力に日々あてられ続けることで魔力を保有していたルガティはこの5年で非魔法使いのような体になってしまっていたのだ。



「やはり無理をさせてしまっていたのですね」



 ヘドロに触れてはいけなかったのは私ではなく彼の方であった。



「ネリネ! 落ち着いて聞いてほしい。私の領域に誰かが侵入してきた。本当に信じられないが事実だ。おそらく他の仲間達も同じ状況なはずだ。私の方は自分でなんとかするから君は痛手を負っているローズのとこに向かえるか?狼くんは私が責任を持って保護すると約束しよう」



 恐ろしいほど肌は白いので顔色は変わらないが緊急事態だということは伝わってくる。



「わかりました! ルガーのことをよろしくお願いします」



 私は急いで指示された扉から出る。


 ローズの領域と繋げてくれたらしい。


 前回の不快感はなく、すんなりと入ることができた。私が順応できたからなのか、領域としての機能が失われているからなのかはわからない。特に荒らされた様子はなかった。



「ローズさん!」



 私が彼女の名前を呼ぶと何者かが物凄い速さで近づいてくる。


 黒い外套を視認した時には槍を突き立てられていた。


私の目の前には金色の盾が展開される。


相手はそれを見ると攻撃をやめて後ろへ下がった。



「貴方は何者ですか!」



 返事はない。昨日襲われた大柄の男と同じ外套に身を包んでいる。仲間であろうか。



「ネリネちゃん! 加勢助かるわ」



 ローズは二階に身を潜めていたらしく一階へ降りてくる。


 それを許さない相手はローズの方は槍を突き出す。


「Sentinel!」



 私はローズを守るように盾を展開する。


 その時自分の体に何か違和感を感じる。確認などしたくない違和感であった。

 


私が恐る恐る足元を見ると血がポタポタと垂れている。



「ネリネちゃん!!!」



 ローズの悲鳴によって私は相手の槍によって体を貫かれたことを自覚する。



 相手の槍はローズの方へ向けられているが先だけがなくなっており、槍の先は何故か後ろから私のお腹に向かって刺さっている。



 相手が槍を引き抜く動作をすると私の腹の槍先も抜かれる。



私は衝撃のあまり倒れこんだ。



 ローズは相手に向かってナイフを振るう。


左右上下と踊るように槍を交わしながら連続で斬りつけるが槍使いはどのローズの斬撃も軽い身のこなしで避けていく。その大胆であるが繊細な体さばきはローズの踊るような攻撃と相まって舞踏をしているかのように見える。



彼女が時間を稼いでくれている内に私はこっそりと盾のモードを切り替える。



「Sentinel ver.3.0 My Mastsr Division Deformation」


 私の側に小さくデフォルメされたご主人様が現れる。


 それはすぐさま回復魔法を私にかける。


何故か急所は外されているので傷が塞がればすぐにでも戦闘に参加出来るそうである。


しかし、相手はSentinelの仕様について把握しているとしか考えられない攻撃の仕方であった。


モードを変更しなくては盾が二枚に増えることはないのでローズにシールドを付与した時点で槍による不意の攻撃はほぼほぼ当たることになる。



 外套の者は私がモードを切り替えるのを見逃しはしなかった。


ローズのナイフを寸前で躱すとそのまま蹴り上げて彼女のナイフを落とさせた。


するとその勢いで私の方へ向かっていく。



「そうはさせな……いぞ」



 ローズは人格を入れ替えて運動能力を向上させると共に、空中から大きな鎌を顕現させる。


すぐに地面を蹴って相手の後ろから鎌で振り払う。



 しかし、体を反らせることで鎌を躱す。


ローズは鎌を振り切った反動を回ることで緩和させるとそのままの勢いで横薙ぎの一撃を繰り出す。


これには足を止めて槍で受け止める他がなかったようだ。


金属同士がが擦れる音が響く。


 私はその間、床を少しずつ這って二人と距離を取る。



 二人は向き合ってお互いの得物を振り合っているようだ。


 ローズは時々後ろから迫り来る槍の先端にも体をくねらせることで対応している。

 助けにきたつもりが助けられている。


 大分治療も終わってきて立てるようになった。小さなご主人様が心配そうな顔で私に回復魔法を施している。


 ローズに加勢しようにも横槍を入れる隙すら見つからない。


私がたじろいでいると物凄い足音がこちらへ近づいてくる。


まさか二人目の侵入者なのか。



 私が振り向くとすぐ近くで昨日の大柄な男が手斧を振り下ろしている。



「ふんふーん、フセイジャウヨ!」



 小さなご主人様が回復を中断して盾を展開して斧を受け止める。


私は尻餅をついて後ろへ下がる。


完全に囲まれてしまった。


ローズがあちらの槍マントを抑えているのでなんとか一対一の状況を作れてはいるが私かローズのどちらかが潰れれば間違いなく二人とも終わりだ。


正直ローズを庇うどころか自分が生き残ることを最優先に考えた方が良さそうだ。



「Sentinel!ver.2.5.0 Shiled and Sword」


「バイバーイ!」



 小さなご主人様が元気よく弾けると私の右側に金の剣、左側に金の盾が顕現する。



「さぁここから反撃です!」


 飛びついてくる男に対して左手を向けると左側の盾がその動きに連動して男の攻撃を受け止める。


私は次に右手を振り下げることで右側の剣を男に向かって振り下ろす。


男はすぐさま横へ避ける。


黒い外套の一部が宙を舞う。


流石に高密度な魔力の刃なので少し触れただけでも、ルガティの鉤爪が通らないほど硬かった外套を切り裂くぐらいの切れ味はある。



 これならいけると思った矢先に何故かローズの領域が崩壊を始める。



 ローズは鎌を支柱に見立てて槍マンに綺麗な回し蹴りをお見舞いして吹き飛ばす。



「外側から物理的に領域を壊されてるみたいなの。今から全員を強制退室させるから気を付けて!」



 私は向かってくる男に剣を突き付ける。


 剣は左腕を捉える。


やった!と思ったが、男は狼狽えずに向かってくる、左腕を犠牲にする前提で私への距離を縮めてくるのであった。


気がついた時にはもう盾で防ぎきれる距離ではなかった。


驚くほどに甘い自分を悔いるしかない。


私はここで終わりなのだ。


そう直面する死の情景を掻き消すことなく受け入れるしかなかった。



「……ご主人様」



 最後に出た言葉であった。私は目を瞑った。











「リリー。諦めるのにはちと早すぎるんじゃないかぁ!」


 私と男の前に割って入り振り下ろされた手斧を片腕で受け止めた誰かがいた。


 黒い紫色の髪。


襟足は首いっぱいに伸びている口から覗かせるのは長く伸びた犬歯。



「ル、ルガーですか?」



「あぁ忘れちまったか? この姿は久しぶりだからなぁ」



 人間の姿のルガティとの再会を喜ぶ間もなく男の前蹴りが飛んでくる。



「おいおい、リリーがオレとの再会を喜んでくれてんだ。とっとと失せろぉ!」



 掴んでいた斧を離すと私の体を抱えながら前蹴りを避け、カウンターに後ろ蹴りをお見舞いする。私を抱えてクルクルと回るものだから少し吐きそうになる。



「強制退室!」



 ローズの掛け声と共にひょいと体が宙を舞う感覚に襲われる。


ルガティに抱きかかえられているので実際に体が浮くことは無いがそんな感覚がするのだ。


 次の瞬間外へ思いっきり放り投げ出された。


視界は真っ暗である。


目に見えるほど濃度が高い魔力の霧の中。


自分がそんなところにいると考えただけでも背筋が凍りつくような思いだ。



「リリー! いつかのやり直しと行こうぜ。ロマンチックなのがいいんだっけなぁ」



 ルガティはやけに上機嫌であった。


彼のフランクな感じが私の不安を吹き飛ばす。


彼と側にいると安心感でいっぱいになる。


今ならなんでも一緒に出来てしまいそうな気さえする。



「ルガー、着地任せた!」



「おう!」



 私は目を瞑り、彼に全てを委ねる。









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