第10話 調査2日目① やれることがないんです

 私は目を開ける。


 背中には違和感がある。まだここに来てから2回目の睡眠であるが、早くもフカフカのベッドが恋しい。体を起こして首を回しながら、肩の感触を確かめる。


幸い、頭痛や倦怠感は治まっており、今日の調査にも参加出来そうである。私が寝過ごしてしない限りは2日目の調査ということになる。



「目覚めはどうだ。リリー」



 私を囲むように寝ていた大狼が起き上がった。



「おかげ様で体調は良いですよ。ルガーこそ具合は悪くないですか?」


「ああ、オレの方も問題ない。心配かけたな」


「よかったです」



 私はルガティの首元に抱きついた。ご主人様の夢を見たせいか、寂しさが込み上げてきたのだ。私はそれから彼に寝過ごしていないかの確認と、昨日ローズの工房であったことを共有した。


 ルガティは私が無事に帰って来たことを褒めてくれた。ローズは本気で私を殺すつもりはなかったはずだが、工房という魔法使いが絶対的な強さを誇る空間の中で、戦えたことは良い経験になったはずだ。


それと同時に、もう二度と経験したくないぐらいのトラウマは背負うことになった。しかし、相手の工房内で戦いたいとかいう悪趣味な魔法使いは、変わり者であるか命知らずな者なので、恐いという認識ぐらいの方が良い気もする。



「そういえば、ローズさんはどうなりましたか」



 私が工房から出た所で力尽きてしまったせいで、ローズにとんでもなく酷いことをされたとエリカに誤解されてしまったのだ。



「あの後追いかけたみたいだが、捕まえられたかはオレも知らねぇな」



 それは心配である。命懸けの末に掴みかけたカギなのだ。こんな所で無くしてしまいたくない。どちらにせよ今日の調査の集合時間になればわかることなので考えるのやめた。




♦︎


「ネリネちゃんおはよう! 体調はどう?」



 会議場所に着くと、真っ先にエリカが声をかけてきた。



「バッチリです。ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。今日の調査にも問題なく参加出来ます」


「よかったよー!」


「それとローズさんの件なのですが──」



 私は彼女の誤解を解こうと名前を口にする。すると、背筋に寒気が襲ってくる。



「っぁひゃ!」


「ネリネちゃん。おはようね」



 ローズは煙と共に、私の背後ピッタリの位置に現れた。後ろから腕を体に回され唇を指先でなぞられた。



「あんた! ネリネちゃんから離れなさいよ!」



 エリカは右手の掌から火の玉を出す。私の方へ向けて発射する構えをとる。



「エリカさん待ってください! 私はローズさんに何もされてませんよ」


「いいのよ、こんな奴庇わなくても」



 聞く耳を持ってはくれなかった。今にもこちらへ飛んできそうなファイアーボール。本当に私を避けてローズに当たるのだろうか。


エリカは私の盾のことを知っているので、もしかすると当たっても問題はないと思っているのだろうか。私はローズに弁明をするように求めた。



「あの子聞く耳ないじゃない。無駄よ」



 エリカは燃え盛る火球を掌から射出する。



しかし、火の玉は私には届かずに目の前で消えた。緑頭の少年の後ろ姿が見える。突如として姿を現したドラセナが守ってくれたのだ。



「……揉めるのは良くないよ。調査は人手が多い方がいいし」


「ドラセナくんは見ていないの? この女。ネリネちゃんに酷いことしたんだよ」


「そうだとしても、それは彼女たちの問題だよ。他人が口を挟むことじゃない」



 エリカはぷいと顔をそっぽへ向けると、会議場の定位置に戻っていった。それを見たローズもニヤリと笑みを浮かべ、私の側から離れた。


小声でまたねと言われた様な気がする。私は歩き出したドラセナに向かって感謝の言葉を伝えたが、反応はなかった。良くは思われていないらしい。少し悲しかったが私も定位置に行く。



「気を取り直して、2日目の調査を始めよっか!」



 エリカが進行を引き受けてくれる。私もローズもドラセナも、積極的にリーダーシップを取る様なタイプではないと、少ないやり取りの中でも十分に判明している。なので、エリカみたいなタイプが居てくれて非常に助かる。



「まずは情報共有から始めようか」



 私が新たに手に入れることが出来た情報は、エリカとドラセナの調査報告であった。


彼女たちは魔力の残滓による汚染が酷い大地を掘り起こしてみたらしい。


だが、成果は持って帰れなかったそうだ。魔力を探知しながら掘り起こす場所を決めたそうだが、魔力の残滓が邪魔をして微量の魔力反応の差を正確に感知することは難しかったらしい。


 ダウジングマシーンを使わずにお宝を掘り起こす行為と捉えれば無謀さは明らかであった。空の次は地中。調査の根拠はある様な気がするが、成果を隠している場合があるので疑わなければならない。


 私が共有しなければいけないのはローズとの調査内容であった。



「なんで調査対象がローズの工房なの?」


「エリカさんとの調査から少なくとも拠点の周辺には何もないことがわかったので、次に怪しい場所を考えました。ローズさんは魔力の残滓について何かを隠しているようだったので、まずはそれを探るという目的です」



 工房から出るのに必死で、情報はほとんど手に入らなかったと嘘をついた。



「それであの状態だったわけね。それでローズに聞きたいのだけど、もし私が貴方をペア調査に指名して、工房に入らせてほしいと言ったら許可してもらえるのかしら?」


「ええ、いいわよ。ただ生きて帰れるという保証はしないけどね。そのかわり、ペア調査の時に指名した相手の工房を調査対象に出来るというルールは作ってほしいわ」


「私はいいけど、ネリネちゃんとドラセナくんは?」


「いいですよ。私のテントは工房なんてものではありませんが、それでも調査したいというなら」


「僕もいいけど、それは調査が遅れる原因にもなると思う。だから工房に入った2人は何か情報を隠しているものだと疑いの目は向けさせてもらうよ」



 心痛い言葉である。



「よし、じゃあそれで決まりだね。いよいよ本題! 今日はどこを調査する?」



 まずはソロ調査だ。前回は方角でなんとなく決めたが今回はどうしようか。本来であれば各々が気になる所を言っていくのがいいのだろうが、情報が無さ過ぎて怪しいところがわからない。私としてはローズと早くペア調査がしたい。



「私はもう少しこの周辺を調べてみるわ」



 ローズは魔力の残滓を取り込んだことで、変わる世界とやらを見にいくのだろう。



「僕は昨日のダウジングを続けようかな」



 ドラセナはやはり昨日のエリカとのペア調査で何かを見つけたらしい。



「ネリネちゃんはどうする? 私も手掛かりがなさ過ぎてどこを調べればいいかわからないんだよね」



 確かに私と彼女は情報を持っていない側に思えてしまう。



「私は魔力感知が出来るわけでも、広範囲を探しに行けるほどの移動手段があるわけでもないんです。だから今回のソロ調査はパスしてもいいですか? それが困るならば情報を持っている人は開示してください」


「別にパスでいいよ。何か勘違いしているようだけど、僕たち協力なんてする必要ないでしょ。それに魔法が使えないなら役に立たないだろうしテントで休んでなよ」



 ここまであまり強気な発言をしてこなかったドラセナからの一言であった。想定していなかった返答に、面を食らってしまった。私に変わって、隣の狼が低い声を鳴らしながらドラセナに近づいていく。



「ちょっとー、喧嘩はやめようね。とりあえず解散ね。それぞれが出来ることをやること! みんな次の集合時間守るんだよ」



 私とルガティ以外の3人は霧散するように消えていった。



「どうしましょうかルガー、私は何をすればいいですか?」


「落ち込むことないぞ。リリーがやりたいことをやればいいと思う。それに今ならマークもされないだろうし動きたい放題じゃないか」


「私のやりたいこと──」



 私はとにかく、ご主人様につながるような情報が欲しい。ドラセナは協力する必要がないと言ったが、自分で見つけることが出来ない私は誰かを頼るしか方法はないのだ。それが私のやり方だ。



「ルガーついてきてくれますか?」


「ああ、どこへだっていくさ」

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