第8話 調査1日目⑤ 狂人の工房(上)
飛びかかってくるローズに合わせて、私は反対側へ飛びついた。飛びつきの勢いを受身を取ることで和らげる。
「ローズさん正気に戻ってください!」
それでもローズはこちらへ殺気を向けながら走ってくる。今度は前側に飛ぶことでなんとか攻撃を回避する。そのままの勢いで前転をして距離を取る。私は一番近いドアノブに手を掛けて入室を試みる。ガチャリ。
鍵はかかっていない様なのでそのまま部屋に入り扉を閉め、体重をかけて蓋をする。
それと同時に何かが扉にぶつかってくる。嫌な予感がした私はすぐにドアノブのロックを作動させて離れる。
ドン、ザグという音と共にナイフの切っ先が姿を見せる。間一髪である。もう少し動きが遅ければ、今頃あの得物の餌食になっていたかもしれない。私は思わず体を震わせる。
これでここにローズが入ってくるまでは、少しばかり時間を稼げる筈だ。後は鍵を閉めるという行為そのものを彼女が否定しないことを祈るまでだ。
辺りを見渡すと今度は青と黒に統一された部屋であった。物が多いながらも綺麗に整頓されていた一階とは異なりこの部屋は見事に散らかっていて酷い有様だ。
書類や器具が床に散乱しているだけでなく、テーブルやソファーなどの家具は逆さまに置かれている。まるで1階と2階で住んでいる人物が違うようである。
「ドンドンドンドン! ドーンドン!!!」
その間にも扉にナイフを打ち付ける音が響く。
「うるさいなぁ! ちょっと静かにしていてくれますか!」
我慢ならず声を上げてしまった。余計に音は大きくなる。おそらくローズは二重人格者だ。
入れ替わる条件は不明だが、あくまでこの工房内では上階と下階に人格が分けられているのだと仮定するしかない。
その仮定を信じるならば、ここから1階に帰れることが出来れば私の勝ちだ。
さて、どうやってここから1階に帰るのだ。
出入り口は目の前の扉。狂気が扉一枚越しに垣間見える、あれ1つしか無い。彼女を何度か掻い潜らなければ脱出することは不可能なのか。
出入り口から彼女が襲ってくる以上は、この部屋で少なくとも攻撃を一度いなした後に全力疾走をすることになる。走っている最中に彼女に追いつかれる場合はもう一度回避を要求される。
そろそろ回避もバレる頃だ。2度以上も避けられるだろうか。ここが彼女の工房内であるということは覚えておかなければならない。
魔法を行使された場合はどうする?
盾で防げる保証はない。
頭を駆け巡るのは死という1文字。
縁起でもないその言葉を振り切るために私は思い出す。私が知っているローズという人間の全てを。彼女の求めるものは何なのか。
遂に扉の耐久度は限界を迎えた。さぁ狂気の信者のお出ましだ。長い前髪から覗かせる眼光に身震いする。
私は叫ぶ。
「Sentinel!ver.3.0!My Mastsr Division Completed」
その言葉と共に私の周りを回っていた金色の盾は飛散し、再び収束を始める。
私の前に現れたのはご主人様の姿を再現したエネルギー体である。しっかり等身大のサイズで、髪は青色、肌や服装も再現されてる完全体である。
ご主人様の顕現により周囲の空気は一変する。高濃度の魔力の塊であるそれに工房自体が引っ張られて、家は崩壊を始めた。
「ああ、ああ! お会いしとうございました!」
ローズは感激のあまりご主人様に近づくと膝から崩れ落ちたのであった。作戦は成功である。
工房を内から決壊させることも作戦の内だが、もう一つの理由がある。
彼女が求めていたのは魔力の残滓を作り出した魔法使いだ。そうでなければ残滓の微量な魔力を帯びただけの私を、あんなに欲しがるはずはない。
そう仮定すると考えられる要因は一つしかない。彼女はこのエネルギー体の魔力を残滓の魔力だと誤認したのだ。
これは私の魔力たらしめる力の集合体である。探し求めていた神だと勘違いするほどの力は放っているはずだ。
私はこの隙に崩れ落ちた穴にダイブすることで、1階へ尻もちをつきながら戻ることが出来た。同時にエネルギー体を離散させる。すると工房の決壊は止まった。工房は溜め込まれている魔力を使い自己修復を始める。
さぁ後は1階へ戻ってくるローズが正気に戻っていることを願うだけだ。
「ネリネちゃーん! 無事!?」
えらく気の抜けた声を出しながらローズは降りてきた。一安心である。
「本当に大変でしたよ。何で注意してくれないのですか。上の階には行かない方が良いと」
「そんな工房の核心をつく。つまりは私の固有魔法そのものをバラすようなことを言えるはずないじゃない。自分の口から言えば、秘匿性も何もあったものでは無いでしょう」
「──はぁ……。死ぬかと思いました」
「でもネリネちゃんなら、なんとか私の固有魔法を看破出来るって信じてたよ」
「看破するより、どうやって生き残るかを考える方が大変でしたよ。それに看破した後で私が死んでしまったら元も子もないじゃないですか」
何が面白いのか彼女はお腹を抱えて笑っている。
「ご褒美に全部教えてあげる。私の固有魔法は二重人格になる魔法。入れ替わる条件は色々あるのだけど、人格によって得意なことが違う。まぁそうね、下の私は支援特化で上の私は攻撃特化って思って貰えればいいわ」
固有魔法自体はシンプルなものだが、人格によって適正が高い魔法が異なるようなので、幅広い戦略が立てられるのが利点として挙げられるだろう。
「ローズさん、協力の話受けても良いですか?」
「もちろんよ。こちらから提案したのだから」
私はローズの固有魔法開示の代わりに先程披露した『Sentinel』についてを共有した。
『Sentinel ver. My Mastsr Division 』は普段オート防御として機能している盾の、別の姿である。オート防御としての機能は失う代わりにある程度、私の意志で動かす事が出来るエネルギー体を顕現させることができる。
ver.によってそれぞれ姿が異なるのだが、今回使った『My Master Division』は盾の姿から私のご主人様を模した姿へと変化するモードである。
オート防御こそ出来ないがオートで魔法を行使してくれるので盾の時よりも攻撃特化なモードである。
ver.が高くなるにつれて、より高度な魔法を行使出来るようになり、ご主人様の姿形も正確に再現する。
モードを切り替え、解除した後はしばらく、オート防御の盾として使うことが出来ないというデメリットは存在する。
「へぇー。便利なものを持っているわね。それは魔法では無いのよね?」
「はい。私の少ない魔力を使って動いているので長い時間は使えません。なので本当に奥の手です」
ちなみにこれは嘘である。
『Sentinel』そのものに魔力が蓄えられていて二度と増えることのない魔力の貯金を切り崩している状況である。
盾の状態ならほぼ永久的に使用できるが、モードを切り替えると話は別である。それ相応の魔力を消費してしまうので、無駄に使うことは出来ない。
だから、ローズ戦は相当手痛いカードを切ることになった。
「こんな大事なこと教えてくれるなんて、私のことをすごい信頼してくれたみたいね」
「命を一方的に取られかけた仲なので少々気が緩んだかもしれません。ですが私の持っている力の都合上、長く滞在するほど生存率が下がっていってしまうので、調査を早く進めたいのは本心です」
感想戦をしていると、ローズの体から光が発せられる。魔道具の光であった。もう制限時間が来たようだ。
「あら、ここまでのようね。ネリネちゃん次のペア調査で私のことを指名してちょうだい。その時はこの世界の本当の姿を見に行きましょう」
「分かりました。それまで一人で無茶しないでくださいよ」
私たちは工房から出る。
「──っはぁ、は」
出る時も入る時ほどでは無いが不快感が体に押し寄せてくる。工房から無事に出ることができた安心感もあり、私は扉の前でうずくまることしか出来なくなってしまった。
「大丈夫!?」
「ちょっと、疲れました」
ローズは慌てて私の体を抱え上げるとテントまで運ぼうとしてくれた。
「ちょっと! 何があったのよ!」
エリカは私たちの姿を確認するなり血相を変えて走ってきた。そして彼女の後ろから、とてつもない速度でこちらに向かってくる物体があった。
それを見たローズが私の耳元で「狼くんには私のこと伝えておいてね」と囁くと、私のことを最大限優しく地面に置いた。
この状況では1人と1匹と戦闘になることは避けられないと判断した彼女は、大狼が到着するギリギリの所で姿を消した。狼は私が着ているローブを口で咥えると、私の体を持ち上げる。
「──ルガー、ありがとうございます」
「いいから、休んでいてくれ。後で聞くから」
「ネリネちゃん!」
エリカはルガティが私のことを保護したのを確認する。「狼くん後は任せたよ」とルガティのことを見送る。それから彼女はどこかへ走って行った。
ローズのことを探しに行ったのだろうか。後で事情くらいは説明しないと大変なことになりそうだ。
私の意識はそこで途絶えた。
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