第110話女の本懐
望月の波乱のヒアリングに続いて中村のヒアリングをする事にした。俊哉と浩一郎は多忙である。
「入ります」
中村が入室してきた。身長も高く、体格も良いが女性用のスーツを着ている。俊哉が推測するに性自認が遅れ、女性ホルモンの注入も遅くなったのではないか。
「まあ中村君、緊張せずに座ってくれ」
浩一郎がリラックスを求めるほど中村は緊張していた。汗をハンカチで拭っている。
「このヒアリングはあくまで中村君の大まかなビジョンや目標を聞くだけなので気軽に答えて欲しい」
浩一郎はそう答えてヒアリングは始まった。しかし中村から発せられる答えは優等生のような模範解答である。しかしながら三洋商事のヒアリングではそれは減点である。
「中村君、これは入社面接じゃないからもっとフランクに答えてくれて良いよ。むしろ君の本音を聞きたいのがこのヒアリングだ」
「では、あの、お聞きしたいんですが田宮主任はトランスジェンダーですよね」
「ええ、そうよ」
「私は見て頂ければわかると思いますが到底元男性とは見えない容姿をしています」
俊哉はやっと中村の本音を垣間見える事ができた。
「田宮主任は可愛い女性ですよね、どう見ても。でも私はどこへ行ってもオカマ扱いです」
中村は俊哉に本音をぶつけてきた。
「中村君、貴女は立派な女性よ。誰がどう言おうとね。それは私にもわかるわ」
生まれ持った体格は自分では変えれない。できるだけの範囲で努力するのみだ。
「私は1年前に性転換手術を受けました。同時に豊胸手術も受けました。しかし自分の理想には程遠いです。田宮主任は私の理想です」
「いやいや、そんな事無いよ。中村君にも良さが有るよ」
「そう言った話を聞きたかったんだよ」
浩一郎はそう言った。
「じゃあこれからヒアリングは終わりにして、君のジェンダーとしての想いを聞いてみようか」
浩一郎はペンを置いて席を立った。
「コーヒーを淹れて来る」
退室した。
「さあ、中村君、今がチャンスだよ。何でも話を聞かせて欲しい」
俊哉はそう中村に伝えた。そうすると中村から
「三洋商事には私の同期が3人居るの。いつもお昼ごはんは4人で食べるんだけど中村君もどう?」
「喜んでお昼ご飯を食べたいです」
トランスジェンダーは孤独なマイノリティだと俊哉は思っている。俊哉達と同じジェンダーなら中村も安心できるかもしれない。
「トランスジェンダーが4人も居るんですか」
「三洋商事にはゲイもレズビアンも居るよ」
「噂には聞いていましたが多様性を大切にしているんですね」
「でもこの会社は単にマイノリティに理解があるだけでは無いわ。仕事ができなければ容赦もない会社よ」
「でも田宮主任は若くして主任になられていますね」
「三洋商事の昇任人事は本当に厳しい物なの。だから後から入社してきた社員が先輩を追い越す事は良く有る話よ」
そこで浩一郎がコーヒーをトレーに乗せて部屋に戻って来た。時間が掛かったのはコーヒーを淹れているのに時間がかかったわけではない。こうして俊哉と中村が話し合う時間を作るためだった。そう言った心配りを浩一郎さんは出来ると俊哉は思っている。
「どうだい、話はできたかい」
「はい、高坂さん」
「中村君、優秀なトランスジェンダーの先輩がいる。参考にして業務を覚えて欲しい」
中村のヒアリングは終わった。中村がさらに驚いたのは俊哉と浩一郎が恋人同士だと言う事だった。
「お2人とも素敵な恋人同士ですね」
中村に初めて笑顔が浮かんだ。
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