第82話高坂主任

「神崎、坂田、朝礼後俺のデスクに来い」


俊哉はいよいよだな、と思った。


「教育期間は昨日で終了だ。これからは総務部員として頑張ってもらう」


神崎に資料のまとめを指示し、坂田には営業部の会議に参加させる。俊哉も通った道だ。


「田宮さん、これめちゃくちゃ資料多いんですけど」


神崎は俊哉に聞いて来た。


「できない量じゃないわ。とっとと始めなさい」


「わかりました」


神崎にはてこずったものだ。パソコンを知らなかったのだからそこからの教育だった。坂田さんが居なければ危なかった。


「坂田さんはボイスレコーダーを持って参加する事。営業部では会議録は総務部の仕事よ」


はい、と坂田は準備を始めた。つくづく教育係は大変だと俊哉は思った。事も無げに指導してくれた浩一郎さんは凄いと思う。教える側は教わる側より数倍の労力が必要だ。俊哉は自分の仕事にとりかかった。


定時。総務部部員も帰社し始める。


「神崎君、もう定時よ。帰る支度をしなさい」


「田宮さん、しかし資料が3分の2ほどしかまとめてません」


「高坂主任は急ぎの仕事を神崎君に頼んでいないわ。スピードはまだ先。丁寧な仕事でまずは仕上げる事。仕事の持ち帰りも禁止よ」


俊哉は浩一郎のデスクを見た。浩一郎さんも机の整頓をしている。いつも思うが浩一郎さんのデスクはすっきりしていて整理整頓されている。多忙なはずなのにと思うのだ。何故かと聞いてみたら


「これはもうくせでな」


防大でも整理整頓は徹底しないといけなかったそうだ。そういった習慣はいつまでも残るんだな、と俊哉は感じた。


「高坂主任は仕事が早いよな」


「どんだけマルチタスクでやってるんだろ」


それは俊哉も思う。浩一郎さんは部下の仕事の進捗しんちょくも把握している。だからといって忙しそうには見えない。不思議だ。


「浩一郎さんは本当に仕事の出来る人ですね」


俊哉と付き合い始めた時に聞いた事がある。


「俺なんかまだまだだと思う。もっとできる人は沢山居るよ」


俊哉は時折、浩一郎さんを見る。部下に指示しているのが見える。声も大きいので怒っているのもよくわかる。


「この書類では駄目だ。お前、総務で仕事して何年目だ」


「3年目です」


「じゃあ3年目の経験を活かしてやり直せ。残業は禁止だぞ」


怒る態度の中にも浩一郎さんの優しさが見える。部下が本当に使えないなら仕事を回さないはずだ。


「俺は窓際族など作らないぞ」


部員のキャパシティに応じた仕事を割り当てる。その采配も合理的だ。


食堂の4人。高坂主任について盛り上がる。


「高坂主任の仕事ぶりは他の部署でも有名よ」


加奈子が言った。営業部でも話題に上がるらしい。


「営業部からの誘いにも応じなかったそうよ」


営業部は三洋商事でも生え抜きの人材が揃っている。営業部からの打診は昇任に近い意味がある。


「総務部に愛着が有るんだろうな」


俊哉が言うと3人が俊哉を見た。揃って言う。


「原因は俊哉よ」


私が原因?俊哉がそう言うと加奈子が言った。


「俊哉知らないの?あなたの隠れファン、多いのよ」


「そうそう。だから目の届く距離に俊哉を置きたいんだって」


そうなのかな、と俊哉は思った。そうだとしたら案外浩一郎さんは嫉妬深いのかもしれない。


「じゃあ、またね」


俊哉が3人と別れて総務部へ戻った。浩一郎さんは1人仕事をこなしている。


「休憩中も仕事ですか、高坂主任」


まあな、と言って浩一郎さんは微笑を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る