2.不満
半年だ。
半年すれば父も兄も帰って来る。
それまで辛抱すれば、どうにでもなるだろう。
エズメは強い娘だった。
***
ミンナはイライラしていた。
邪魔なエズメとマキシンを納戸に追いやり、さて自分の娘のシャルロットのためにそのドレスや宝飾品を物色しようとした。しかし、エズメの部屋のクローゼットには、普段着るようなドレスと数着のやや豪華なドレスしかない。ドレッサーの中にも、たいして高価なアクセサリーもなかった。
エズメやマキシンの衣裳部屋へ入ろうとしたが、扉が開かない。扉の取手に触ると、バチンと強烈な衝撃が走り、手がしばらく痺れた。
さらに家政婦長から、屋敷中の鍵の束を取り上げようとしたら、衣装室と同じような衝撃で触ることができなかった。
「この家の女主人のあたしが触れないなんてどういうこと!?」
ミンナは家政婦長のミルドレットに詰め寄った。彼女は目を伏せて淡々と答えた。
「鍵は全て家長である旦那様が魔力登録をしております。旦那様のお許しがない限り、お渡しすることは不可能でございます」
そう言ったきり、どのように脅してもミンナのために鍵を使うことはなかった。
それだけではない。
アンドレア・サンデール侯爵の執務室も、食糧庫も舞踏室も、それどころか家族のサロンも同じように魔力登録されていた。
使用人達は用心深く、掃除や手入れのための出入室をいつ行っているかわからない。
家令も執事もメイド達も、重要なことは「旦那様のお許しなしにはできかねます」と判を押したように答えて取り合わなかった。
結局できたことは、エズメとマキシンの部屋を取り上げたことくらいだった。
サンデール侯爵の留守中に、ドレスや宝飾品を買おうにも誰も取り合わない。
自分で勝手に仕立て屋や商人を呼んでも、「侯爵様の召喚状なしにはお屋敷に入れません」と言ってくる。
サンデール侯爵は自分との結婚のお披露目式もせずに、商談に出てしまった。
衣食住すべてと金銭の管理が使用人達に一任されていて、豪遊もできない。
ミンナとシャルロットの思い描いていた豪華な生活とは程遠い日々だ。
お茶会も夜会も開催できない。
ミンナは辛抱できずに使用人達を解雇すると脅したが、
「私達はサンデール侯爵に雇用されております」
と取り付く島もない。
とうとう手を上げたが、鍵や扉のように弾かれてしまった。
にっちもさっちもいかない。
ミンナとシャルロットは不満を燻らせながら日々を過ごした。
エズメとマキシンで憂さを晴らそうとしたが、押し込めた納戸になぜかたどり着けなくなっていた。
ミンナとシャルロットには魔力がないのだ。
エズメは目くらましの魔法で、二人を納戸に近づけないようにしていた。
マキシンを守るためだ。
こうしてマキシンは姉と使用人に守られて、無事に過ごすことができた。
その一方、エズメはこの状況を父と兄宛てに手紙にしたためて従者に託した。
もしも従者が父と兄を探し当てられなくとも、半年後には帰って来る。もしかしたら兄だけは先に帰ってくるかもしれない。
兄は学園の最上級生なのだから。
息をひそめて十日間を過ごした。
納戸の生活もそこそこに快適だ。
そして学園の新学期が始まる日が来た。
エズメはマキシンを使用人達に託し、料理長の心づくしのお弁当を持って学園へ向かった。
シャルロットは馬車で行こうとしたが、侯爵家の馬車も魔力登録されており、彼女は使えない。仕方がないので乗合馬車を貸し切りにして登下校することにした。支払いはツケだ。
エズメはミンナとシャルロットを刺激しないように、早めに屋敷を出て徒歩で学園に向かった。
シャルロットは髪を豪華に飾り立て、エズメのアクセサリーを着けて、大騒ぎで支度をしていた。
エズメは学園に着くと、さっさと自分の教室に入ってしまい、シャルロットの登校を見なかった。
シャルロットは希望に胸を膨らませて校門に入った。
生徒達はそれをみてザワザワと囁き合った。
シャルロットは得意満面だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます