正しいこたつの使い方

青樹空良

正しいこたつの使い方

「我慢大会やりたい!」


 アホの弟がなんか言い出した。

 ものすごい勢いで階段を駆け下りてくる音がして何事かと思ったら、突然これだ。


「楽しそうじゃない!? 姉ちゃんもやってみたいでしょ!!」

「……」


 私は声も出せず、机の上に置かれたせんべいを手に取ってぽりぽりかじる。

 きっと、漫画でも読んで感化されたんだろう。

 我が弟ながら単純なことだ。

 縁側で風鈴が風流な音を立てる。


「・・・・・・別に、やってもいいけど」

「マジで!? さすが姉ちゃん、話がわかる~!!」


 ま、ちょうど退屈してたところだったし・・・・・・。

 声には出さないけど。


「ばあちゃん! ドテラ貸して!!」


 弟は早速、おばあちゃんのいる和室へ突撃している。

 私は、とりあえず残りのせんべいをかじりながら成り行きを見守っている。


「そんなもの着たいなんて珍しいねぇ」


 と、答えているおばあちゃんは冬になると、いつもフリースのジャケットを羽織っている。

 おばあちゃんがドテラを着ていたのは確か、私が小さい頃に見たことがあるような……とぼんやり覚えているくらいだ。

 弟なんてめちゃくちゃ小さい頃にしか見たことないはずなのに、よく覚えているもんだ。


「今時はフリースの方が軽くて暖かくていいんだよ」


 弟がおばあちゃんに今時のことを諭されている……。


「着たことないから着てみたいんだ!」

「そう? どこやったかしらねぇ」


 だが、おばあちゃんも弟の勢いに押されているようだ。

 私もさっき目を輝かせている姿にちょっと押された。


「母さーん!」


 今度は洗濯物を取り込んでいる母のところに行ったようだ。

 一人で賑やかなやつだ。


「おでん作って!」

「はあ? いきなり何? いつも食べたいもの聞くときは何でもいいとか言うくせに」


 あ、これ、前の怒りがぶり返すやつ……。

 なんて思いつつ、せんべいの近くにあるチョコレートに手を伸ばす。


「おでんって作るの面倒なんだからね」

「そこをなんとか! 俺、母さんの作るおでん大好きなんだよね。味のしみた大根とかさ~、ふわふわのはんぺんとか、めちゃうまでさ。食べたいな~」

「……そう言われるとたまにはいいかもしれないわね。なんだか私も食べたくなっちゃったじゃない」

「やった!!」


 おお、すごい。

 説得に成功している。

 偉いぞ、弟よ。


「買い物、行ってきてくれたらいいわよ」

「行く行く! 行きます!」


 いつもなら渋るところなのに、嬉しそうに首を縦にぶんぶん振っている。

 アホなだけにアホなことにかける情熱はすごい。


「後は、カイロと……夜食には鍋焼きうどんとか欲しいな。うどんまで作って、てのはさすがに断られそうだよなあ」


 ぶつぶつ言いながら弟は買い物に出かけていった。

 私はというと、こたつなどのセッティングを任された。

 ま、私もたまにはおでん食べたかったし、それくらいならしてやろう。




 ◇ ◇ ◇




「「「「いただきます」」」」

「いっただっきまーす!」


 家族の声が重なる。

 よっぽど嬉しいのか弟だけめちゃくちゃ元気に大声で、隣に座っている私としては耳栓が欲しいくらいだった。

 耳がキーンとする。

 弟の希望によりエアコンでがんがんに部屋を暖めて、こたつで晩ご飯だ。

 部屋の中は南国みたいに暖かい。

 机の上には、美味しそうなおでん鍋がほかほかと湯気を上げている。

 父、母、おばあちゃん、弟が一斉に鍋へと手を伸ばす。

 もちろん私も。

 いつもの食事風景、と思いきや父が口を開いた。


「テーブルじゃなくて、こたつで夕食なんて珍しいじゃないか。というか、お前、なんでドテラなんか着てるんだ? いや、それ以前に部屋の中ではそのニット帽とマフラー取れよ。変なやつだな」


 父が、不思議そうな顔で弟を見ている。

 ツッコミを入れたくなるのはわかる。


「そのドテラ懐かしいでしょ。あたしのタンスにしまってあったのよ。この子がどうしても着たいって言うからねぇ」


 おばあちゃんがのんびりと答える。

 フリースのジャケットを着込んだ私は、ほくほく気分でおでんをつついている。

 いやあ、久しぶりのおでんは美味しい。


「父さん、わかってないな~。この状況見たらピンとくるでしょ!」


 無駄にドヤ顔の弟。

 つまり、こたつ、エアコン、ドテラ、おでん。

 という、この状況のことらしい。

 ついでに言っておくと、見えてはいないが弟は大量の貼るカイロを使用しているということを私は知っている。

 母に知れたらもったいないと怒られそうだ。


「??」


 父が首をひねる。


「我慢大会! 我慢大会なの、これ!!」


 私を除く家族全員がおでんをつつく手を止めた。

 うん、言いたいことはわかる。


「バカか、お前! 我慢大会ってのは夏にやるから我慢大会になるんだろうが。冬にやったら、ただの極楽大会だろ」

「え??」


 今度は、弟が首をかしげる。


「あ~、確かに漫画の中では夏だったかも・・・・・・。うん、道理で何も辛くないと思った」


 縁側から、片付けるのが面倒で夏からずっと出しっ放しの風鈴の音が聞こえてくる。

 あきれたように、みんなが笑っている。

 ま、とにかく、久しぶりのおでんが食べられて、私は満足なのだった。

 ちょうどそろそろこたつ出したいところだったって、母にも感謝されたしね。

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正しいこたつの使い方 青樹空良 @aoki-akira

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