第143話『捩じ伏せて 増歪懸けたら』
『―――――それ!』
「っ……!!!!」
椿の腹に深々と突き立てられた
ほとんど反射的に腹部を霊力で防御したけど、それでも尚、威力を殺しきれない。
「っ……、クソっ……!!!」
体内から込みあがってくるものを地面へと吐き出し、そして目の前の怨敵へと向き直る。
月光に照らされているボロボロの制服姿の男と、その傍ら―――――。
空間が歪んで見えるほど高密度に練られた霊力を手足に集中させている一体の式神。
男が何かを呟いた瞬間、爆発的に霊力が増幅した。
死にかけだった式神が、復活したのも間違いなくそれが原因。
それはまるで、水を得た魚のように。
翡翠色に光る瞳は、ただ真っすぐに椿を見据えていた。
「……」
制服の男を、「術者」であると仮定して。
式神と術者の霊力出力が今までにないほどに安定している。
椿が感じている肌感として、―――――「陰陽師」と対峙している時のそれに等しい。
これは、つまり。
契約を、結んだ―――――。
「霊力」という概念のない世界の一般人が。
異界から来訪した未知の存在と。
「……フフッ」
――――――有り得ない。
まともな思考回路の持ち主とは思えない蛮行。
自ら、血塗られたこの世界へと足を踏み入れるなんて――――――。
『何だお前、そんなものか?
先ほどの威勢はどうした?』
「……こっちのセリフだ。
涙ながらに助けを求めていたカスが、急に元気か?」
鉄の味がする何かを喉の奥で叩き落し、霊力を全身に充填―――――。
蹂躙ではなく、確殺へ。
―――――最大速度で、間合いに入る。
一撃、たったそれだけでいい。
「っ―――――!」
『……!!』
式神との間合いを縮地で殺し、懐へと入り込む。
必中距離。
入る―――――。
「なっ……!?」
しかし。
霊力を充填させた僕の一撃は、
眼前にいた小さな体が、跡形もなく消え―――――。
転瞬。
「―――――っ、
がっ!!?」
椿の脇腹に突き立てられる掌底。
態勢を崩し、霊力を込めた拳で薙ぐも、既にそこには式神の姿はない。
「な……!!?
どこへ……、あがぁっ……!!!」
背部に重い衝撃。
――――――何が起こって……!!
『……隙だらけじゃな。
ほら顎じゃ』
「……!!」
何かが顎を掠り、グニャリと視界が歪んだ。
吐き気。
立ち眩み。
立っていることができずに膝をつくと、地面に見える式神の足。
―――――どこから、仕掛けてきている?
脂汗が頬を伝い、充填した霊力が乱れる。
『……おいおい。
まさか、忘れてはおらぬよな?
私は、『
―――――……!!
『次元間や、長距離に及ぶ転移だけにその効果はとどまらぬ。
「……っ!!」
視線を上げると、既にそこに式神の姿はない。
代わりに、ほぼ同時に椿の後頭部に走る衝撃―――――。
『ばあ』
明滅する視界に、突如出現する舌を出す少女―――――。
そして、椿の顔面に迫る霊力の込められた拳。
「なっ……!!!
っ―――――!!!」
拳が椿の顔面に到達し、その体は宙を舞う。
―――――空間転移の応用。
自身は常に間合いを保ちつつ、死角からの攻撃を中心としたヒット&アウェイに徹する。
そんなの、近接戦闘における
僕の手は全て見られたうえで、相手に有利なポジションに転移される。
また、「転移」という事象の特性上、僕の攻撃を回避する前提でカウンターを決めに来るのは明白。
がむしゃらに突っ込んでいっても、ジリ貧……!
「ぐ……!!」
地面に何度か叩きつけられ、追撃を警戒し、その場に跳び起きる……が。
相手の十二天将は呑気に僕を殴り飛ばした場所に佇んでいた。
それが意味するのは、追撃の必要がないこと。
要は、―――――ナメられている。
『……お前、戦闘を覚えてからまだ日が浅いじゃろ』
「……」
『霊力が
感情に体も思考も支配されておる』
「……いっちょ前に、御高説か?
―――――反吐が出る」
『相手の発現事象に気付いた瞬間、普通は自分自身も発現事象を発動させるのが定石。
だって、当たり前じゃろ?
通常の肉弾戦では
「……」
『故に、お前は式神操演に自信がなく、霊力を用いての戦闘しか行わない。
……いや、霊力を用いた戦闘しか
要は、初心者そのものであることが伺える』
揺れる木々の隙間から、差し込む月光――――――。
不敵な笑みを浮かべながら、椿を見つめる天后の顔を照らしている。
両者には、現状埋まることのない
それは言うまでもなく、「戦闘経験」の差である。
かたや、つい三週間ほど前に修練を開始したばかりの少年。
かたや、かつての主君である安倍晴明や『血盟』を結んだ一族の当主達と共に数多の戦場を駆けた自立型の十二天将。
いくら「服部椿」に天賦の才があれど、いくら怨敵必殺を心に決め陰の
では。
服部椿の勝率は、
否。
――――――活路は、ある。
そこを、つく――――――。
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