第121話『元序列最下位の陰陽師、急に人気になる。』






「(チラチラ)」


「……」


 クラスの端っこにいる女子の集団が、俺の方を見ては何やら話している。

 昼休みを迎えた教室では、クラスにいる同級生は思い思いに時間を過ごしていた。

 持参した弁当をつついている者もいれば、何やらゲラゲラ笑いながらスマホの動画を見ている男子のグループ。

 そして、俺はというもの―――――。

 虎と購買で菓子パンを購入し、食っちゃべりながらこうして昼を過ごしているわけだけど……。


「(チラチラ)」


「……」


 居心地が悪い。

 教室にいる女子たちが俺のことを見ている、気がする。

 やたらと目線が合うのも気のせいじゃないと思う。

 さっきのマラソン以降、注目を集めてしまっている。


「……モテモテじゃねぇか」


「やっぱり……、見られているよな?」


 俺の隣にいる虎も気付くほどの熱量。

 見られる分には別に悪い気はしないけど、中には俺と目が合った女子が何やらヒソヒソと話しているのを発見。

 悪口や陰口の類なら、過去の経験でため、雰囲気で分かる。

 しかし。

 今回のは、またが違う……というか。

 そうしている間にも、対角線に座っている女子の集団と目が合う。


「!!

 目合っちゃった!」


「やっぱりカッコよくない……!?」


「やっぱそうだよね!?

 よく見るとかっこいいよね!!?」


「……」


 当事者じゃなかったら、別にどうでもいいんだけど……。

 如何せんこういう経験がないからよく分からない。

 どういう身の振り方をするのが正解なんだ……?


「……手ェ振ってみたらどうだ?」


「……(フリフリ)」


 キャー!と女子たちの間で巻き起こる嬌声。

 何だこれ。


「よりどりみどりじゃねぇか」


「他人事だと思って……」


「大体、マジで何であんなにマラソン早かったんだ?

 スタートと同時にお前消えたぞ」


「それは……、今はどうでもいいだろ」





「どうでもいいわけないだろ!!!」


「「……」」



 意気揚々と俺と虎の間から割って入ってきたのは……、さっきのマラソンで棄権したらしい丸井君だった。

 仁王立ち&腕組みをして真っすぐに俺の方を睨みつけている。


「お前は文化系の星だと思っていたのに……、何だその有様は!!」


「えぇ……」


 どうやら俺は丸井君の中で、勝手に文化系の星にされていたようだった。

 ……そもそも何だ、文化系の星って。


「お前だけは味方だと思っていたのに……!」


 涙をその目に溜めながら、丸井君は俺の方を指さす。

 多分さっきのマラソンのことを言っているんだろうけど……。

 この人の中で、俺は本当にどういう扱いなんだろうか。


「何で……、何で……!!」


 唇をこれでもかと噛みしめている丸井君。


「いっちょ前にモテてんだよ!!!」


「……」


 え、そっち……?


「まあまあ丸井、嫉妬はやめとけって」


「止めるなよ蔦林……、コイツは俺を裏切ったんだ……!」


 血の涙を流さんとしている丸井君を何とかなだめている虎。

 しかしほんのちょっとニヤけているのを俺は見逃さなかった。

 コイツ、この状況を楽しんでやがるな。


「なぁ、丸井。

 なぜここまで急にコイツがモテ始めたか分かるか?」


「っ!!!

 何だと!!?

 何か理由があるというのか……!?」


「ある」


 芝居がかったように頷く虎。

 一体何を言いだすんだコイツ。


「それはな……」


「(ゴクリ)」


「クラスの女子のSNSアカウントを片っ端からフォローし、話しかけまくっていたんだ!!!」


「っ!!!!」


 ズギャアァァァンという擬音が丸井君の背後から鳴ったような気がした。

 何でそんなに衝撃を受けてんの、この人。


「そ、そんな節操のないことを……」


「ふっ……。

 水面下での努力が実を結んだんだ」


 虎の戯言を華麗にスルーし、俺はため息をつきながら買ったメロンパンにかぶりついた。


「よし……!

 俺も同じことをすれば、モテるかなぁ!!?」


「間違いない。

 行動無き者に春は来ない」


 早速スマホを出し、血走った目でイジり始める丸井君。

 虎の口車にノってしまうなんて……、ロクな結果にならないのは目に見えている。


「うわ……」


「え、アンタもメッセきた……?」


 女子たちのこちらを見る視線の質が変わる。

 というか、俺を見ていない。

 視線の先にいるのは、俺の背後。

 つまりは……。


「丸井、どうよ」


「とりあえずクラスの女子全員には送ってみたぜ……!」


「……なんて送ったんだ?」


 女子たちの様子を見ていた虎が、吹き出しそうになるのをこらえながら、丸井君に尋ねる。

 ……本当に性格の悪い奴。


『美味しいパンケーキの店があるんだけど、放課後二人で行かない?』


 自信満々にスマホの画面を見せる丸井君。

 それが個人チャットでクラスの女子らしき名前の羅列に送り付けているのが確認できた。


「いい調子だ、丸井。このまま送り続けるんだ。

 コイツもそれを繰り返すことで今の状況へと繋がった……」


 ……よくここまで藪から棒に適当言えるな。

 ある意味才能だな。




 と、不意に。

 呆れて何も言えない俺のスマホが震える。

 通知……?

 アプリを開いてみると、そこには「放課後一緒にどこか行かない?」というメッセージが届いていた。


「ちょっと……。

 俺にも届いているんだけど、丸井君のメッセージ」


 俺にも送っているとか、ほんとに見境ないな……。

 しかし、俺の予想に反して丸井君は不思議な表情を浮かべていた。


「何言ってんだ?

 男に送るわけないだろうが」


「……え?」


 お前は馬鹿だな~と言いながら今もなおメッセを送りまくっているであろう丸井君を横目に、俺はメッセの差出人を確認する。

 宛名に書かれている名前に心当たりはない。

 誰だ……?

 眉根を寄せている俺を不思議に思ったのか、虎が手に持ったスマホの画面を覗き込む。


「……嘘、桜庭じゃん。

 アイツお前に気があんのかよ」


 虎の目線の先には、同じ教室にいる女子のもとに向かっていた。

 桜庭―――――そう呼ばれた女子は、クラスの真ん中らへんに陣取るグループの中の一人、らしい。

 こちらを見ながら、口元をスマホで隠している一人のおとなしそうな女生徒。

 あくまでも俺の推測だけど、多分あの子が俺にメッセを送ってきた「桜庭」。


「アプローチしかけてくんのは


「……」


 自分自身のことだから、俺は虎の言いたいことが分かった。

 それは。

 俺には、がある。

 虎の発言はそれを揶揄するものであり、何よりも俺自身を安心させた。


 周りがどれだけおかしな状況になっていても、だけは、引き続き継続中―――――。



 丁度、その時だった。

 狙ったような間の良さに、俺は思わず笑みが漏れた。

 本当に今しがた届いたメッセ。

 差出人は、俺の予想通りの人物。



 それを確認すると、俺は先ほど届いた……桜庭さん、だっけか。

 彼女への返答を打ち込んだ。




『ごめんなさい、今日はと帰るので』




 ―――――送信。



 そして、数秒後。

 目の前の桜庭さんの表情が陰るのを、俺は視界の端でとらえた。



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