第120話『検証』


 結果から言うと、一位は京香だった。

 途中で何人かの脱落者もいたようだったけど、おおむね全員完走したようだった。

 京香の順位に関しては別に驚くようなことじゃない。

 陰陽道抜きにしても、京香は昔から運動神経も頭もよかった。

 ゴールした時に息を切らしながらも、全身で喜びを表しているのは新鮮だったけど。

 あと、丸井君を含めたクラスの男子達が、ゴールした京香に熱視線を送っていたのにはかなり驚いた。


 そんなことよりも。

 俺が気になったのは、

 いや……。

 京香だけじゃない。

 周りの人間全員に共通していること。

 思い返せば、俺が朝から抱いていた違和感。

 その一つが、「霊力」。

 皆、体から霊力を発していることに変わりはなかった。

 それ故に、気づかなかった。


 ―――――霊力があまりにも微弱で、何の揺らぎもない。

 一度霊力の制御を覚えた人間は、大なり小なり体を纏う霊力が揺らぐ。

 それは感情や体調にもよるが、一定の出力であることの方が少ない。

 ましてや運動や戦闘時には、霊力による身体強化を行うことが必須。


 さっきマラソンを完走した京香は、見た感じ、霊力による身体強化を行っていなかった―――――。

 完走までの時間が明らかに遅かったことから、運動能力もその肉体生来のものだけで走っているものと思われる。



 思考。

「霊力」は、存在する。

 それは俺自身や周りの人間から感じることができるから、確実―――――。

 しかし周りの人間は、その制御までは行っていない。

 となると、皆、体の周りの霊力にそもそも気付いていない?

 霊力が視えていないのか……? 



「……」



 実験。

 霊力を戦闘時の水準まで充填―――――。

 体の感覚も霊力の全身に充足される感じも普段通り。


 しかし―――――。



 急に全身に霊力を充填させた俺。

 それに反応する人は、いない。


 周りを見てみても、こちらに意識を向けている人は……いない。


 霊力が、視えていない。

 と言うか「、と言う感じだ。

 俺たちは生誕時に『調整チューニング』を受け、『磁覚』を発現させた状態で育った世代。

 故に、霊力が視えないなんてことはあり得ない。

 充填させた霊力をもとに戻そうとしていたその時。

 俺に近づいてくる一つの人影。

 それは紛れもなく。


「どうしたの?

 なんだかやる気ね」


 汗を拭いながら、ペットボトルを煽る京香。

 気付いている……のか?

『調整』が一般化する以前は、本能的に『磁覚』を発現させ、そして霊現象やらを認識していた人がいたらしい。

 京香もその類……?

 

 とはいえ。

「霊力」を「やる気」と言っている辺り、俺の体を纏うが何なのかはよく分かっていない様子。


「本当に、無理しない程度にね」


 ……まだ心配してんのか。

 大丈夫だって言ってんのに。


「ヤバくなったら棄権するんだよ?」


「……お母さんか、大丈夫だってば」



 不意に。

 周囲に響き渡る男子を集める声。

 それと同時に男子の嬌声が上がる。

 どうやら男子もそろそろスタートするらしい。


「それじゃ……、行ってくるよ」


 不安そうな京香を横目に、俺は虎達と校門へと向かう――――。

 校門付近に集められた俺らは、体育教師から今一度注意事項を確認し、そしてスタート付近へ。


 そして、数刻後。

 マラソン開始を告げるホイッスルが鳴った。


 よし。

 実験その二。

 ―――――霊力の充填により、身体能力が強化されるのどうか。

 さっきの実験の周囲の反応で、「霊力」という概念すら曖昧であることが分かった。

 よって、「霊力」による身体強化の度合いも俺の知っているものとは異なる可能性がある。


 その、……検証。


 霊力を全身に充填させ―――――。

 足を後方へと……、思い切り送り込む!!

 周囲の景色が高速で流れはじめる。

 一歩一歩の跳躍に霊力を込め、足が地面に接地するのと同時に霊力を開放させる。

 もっといけるかな……?


「っ――――――!」


 更に、加速。

 思考が働くギリギリのスピードを維持しながら、道行く人を縫い、横断歩道を飛び越え、障害物をやり過ごす。


 うん。

 普段と変わらない感覚。

 それでも『虎徹』の『加速』に比べたら、全然遅いけど。

 とか何とかやっているうちに、最後の曲がり角。

 ブレーキをかけながら、今しがたスタートした校門に滑り込む。


「……よし。

 大丈夫そうだ」


 霊力による身体強化は正常に働いている。

 となると、式神も使えるかな?


 手をグーパーグーパーと動かしていたところで、呑気に欠伸をしている体育教師。

 そして、楽しそうに談笑しているクラスの女子と目が合った。


「は……?」


「え…………?」


 双方ともに目をパチクリと大きく見開き、俺の方を見ている。


「あっ……」




 ――――――ヤバい。


 女子たちは目を見開いたかと思うと……。



「えー!!!!

 ちょっと前にスタートしたばっかだよね!!!?」


「一分も経ってないよ!!!?」


「マラソン得意だったの!!?

 いや、得意なんてレベルじゃないよね!!!」


 俺の方へと一気に詰め寄ってきた。



「あ……、えっと……ははは……」


 しまった。

 ……完全に失念していた。

 霊力を使用することによる

 そりゃそうだ。

 霊力による身体強化が一般的じゃないのは分かっていたはずなのに……!


「ねえ、ちょっと何よ!!」


「あ……、京香……」


 京香も一連の流れを見ていたのか、俺へと詰め寄ってくる。


、私に教えなさい」


 不機嫌そうな、どこか納得していないような、そんな表情。

」、という含みのある言い方。

 京香は霊力の感知に関しても、クラスの皆よりもわずかに何か感じ取っているようだった。

「教えて」と言う文言からも、どこか技術めいたものであると確信している節を感じる。


「あ……はは……、えっと……」


「~~~~~!!」


 さっきまでの心配はどこへやら、答えを聞くまでは絶対に退かない、という気概を感じる。

 えー、何て説明したものか。

 いやいや、そもそも説明なんてできないよな……。

 超能力なんだよね~、とか適当に言っちゃうか……?

 明らかに常人離れしているしなぁ……。

「努力」とか、そっち系の説明では納得しないだろうし。


「……おい」


 困っていたら、体育教師が俺の方をガッシリと掴んでいた。


「―――――世界を、目指さないか」


「目指さないです!!」


 結局。

 クラスの女子、京香、そして目を爛々と輝かせた体育教師から逃れることが、この日最も体力を使ったことだった。


 他の男子達は後々、それなりのタイムでゴールした……らしい。

 誰も見ていなかったから、俺も風の噂で後々聞いただけだ。


 あと……、余談かもしれないけど。


 丸井君は、途中で棄権したようだった。

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