第29話『叛逆の使徒』



[4月22日(月) 上総かずさ町住宅街 17:40]



「……と言うわけで、宮本新太は十二天将に関係がある」


「……」


「まぁ、正確には関係があると思われる、だけどね」


 仁の目の前には、清桜会本部で邂逅したぶりの支倉秋人の姿があった。

 あの日と同じく着物に身を包み、その長身が初夏の夕日に照らされている。


「……驚かないんだね」


 十二天将というビッグネームに全く動じない仁の姿に、秋人は一抹の疑念を抱いた。


「いや、別に……で、本題は?」


 仁としてもあまり長時間、話したい相手ではなかった。

 予想外の接触。

 そして唐突な、新太の身の上の開示。

『十二天将』という言葉へのを見られているのは明らかだが……。


 ―――――予想される支部長クソメガネの真意は二択。

 一つは暗躍。

 もう一つは俺の排除。

 雰囲気的に後者ではなさそうだけど……、と仁は警戒をほんの少し解く。

 俺と闘り合うにしては格好が普段通り、つまりは軽装過ぎる。


 ……マジで、俺と話しに来ただけか。


「……君に頼みがあってね」


「頼み?」


「この新都の異変を引き起こしている張本人をね。炙り出したいんだ」


「炙り出す、か。

 まるで、もうある程度みたいな口ぶりだな」


「絞られているよ」


 あっけらかんと、目の前の長身はそんなことを口にする。


「俺と新太、あの京香おんなでの囮作戦でか?」


「敵さんは新太に執心している。

 だから、夜間新太が新都市街に出るとなると、先方の注意もそちらに向く。

 その間悪霊の発生が治まったことから、敵さんは悪霊発生の儀式を取り行えなかった、と僕は見ている」


「囮作戦を終わらせたのも、わざとか」


「……そうだね。

 出撃を取りやめた晩から、再度悪霊が増加した」


「……」


「敵さんは、新太が街に出撃しないことを知っていた、と言うことになる。

 とまぁ……、これで敵は新太の動きをだと分かった」


「そんなの……かなり限られるな」


 ―――――とんだ食わせ物だな、コイツ。

 始めのナヨナヨした印象、それは既に仁からは消え失せていた。

 伊達に一組織の上に立っていない。

 夕日が秋人のメガネに照らされ、反射している。

 目の前の男の真意は、計り知れない。


「……俺は何をすればいい?」


「一芝居うってほしいんだ」


「なるほどな……。の俺が一番信用できるのか」


「……敵は清桜会の人間だ。だから、君にしか頼めないし、君しか実行できない」


「ふふっ……」


 仁は堪えきれなくなり、思わず笑みを漏らしてしまった。


「……どうかしたのかい?」


「いや、だってさ。……俺のことをじゃないか?」


「……おかしいかな」


「新太の動向を把握できるのは、俺も同じだ。……何でそこまで俺を疑わない?」


 すると、秋人は頬をポリポリと掻きながら静かに笑う。


「……君がこの街に来たのは間違いなくあの夜。始めて君の霊力を観測したから、これは確実。

 つまり、それ以前から新都では異変が起こっていたから、君は関係ない」


「俺が、事前に協力者を清桜会に潜り込ませていたとしたら?」


「君はそんなめんどくさいことをしない。その気になれば我々の組織なんて一捻りだろう?」


 それに……、と秋人は言葉を続ける。


「君は信頼していない。協力者なんてつくるものか」


「……」


「……気分を悪くしてしまったかな?」


「……まだ理由はあるのか?」


 仏頂面になった仁を、秋人は真っ直ぐ見つめていた。



「君は……


「……理由になってないんだけど。また、勘?」


「勘、だね。でも僕の勘は当たるよ」


 半笑いで真っ直ぐに仁を見据える秋人の瞳は、とても澄んでいて。

 自分の考えに一切の曇りがないのが、仁は分かった。


「……決行は?」


「二日後。恐らく敵もそのタイミングで動き出す」


「満月か……」


 満月と新月は霊的、呪術的において大きな意味を持つ。

 満潮と干潮といった潮の満ち引きを生み出す大きな引力。

 それが陰陽師にも、悪霊にも、「恩恵」となって具現化する。


「最後だ。これは別に答えてくれなくても構わない。僕の個人的なだからね」


「……何だよ」


「新太が十二天将の術者だと、既に? 

 何者なんだい、君は」



 仁も別に答えるつもりはなかった。

 答えた所で仁自身に何もメリットはない。

 むしろ手の内を晒す行為に等しい。


 だから、これはだ。

 勘で俺を信用するとかぬかしている全然論理的じゃない清桜会のトップに、をプレゼントしてやろうと。

 仁はそう思った。





「ーーーーーーーーーー。」



 仁の答えを聞いた秋人は、少し驚いた表情を浮かべ。

 そして。



「やっぱりね」と静かに顔を破顔させた。




 ****




「新太と『六合』を『狐』君達に同時に攻撃させ、がどちらを防ぐかで僕達は判断しようとした。

 君は……長年共に過ごした肉親よりも、を選ぶんだね

 ……京香」


 一体何が起きているのか、分からなかった。

 俺の前の前では、天がその動きを止め、仁達の方を真っ直ぐに見ている。

 そして。


 支部長の持っている『六合』へ放った仁の右ストレートを、京香が生身で防いでいた。

 霊力で受けたのだろうが、仁の一撃を受けた京香の右腕は青黒く変色し、見るも無惨に腫れているのが遠目でも見て取れる。


「……決定だな」


 京香はギリっ……と唇を噛みしめ、ただ黙って支部長と仁を見ている。



「京……香……? 支部長、仁。どういうことだよ……?」



京香コイツが、元凶ってことだよ」



 ごくごく、自然であるかのように、仁はそう言いながら京香を指さした。


 元凶。

 元凶って、何の?

 今この新都を……脅かしている事態の?

 元凶?

 京香が?

 何言ってんだよ……そんなわけ……。



「……新太、お前も見てたろ。

 京香はお前よりも、この

 ……コイツの狙いはだ」


「いや、……そんなっ、そんなわけないだろ!!! 

 京香はずっと俺と一緒に暮らしてきてっ、それでっ、俺の家族でっ!!」


 俺の慟哭を、支部長も、仁も、天も静かに聞いていた。


「俺のことをいつでも、助けてくれて!! いつでも応援してくれる大切な家族なんだよ!!」


 俺は感情を発散させるためだけに、ただ吠えた。

 そんなわけがない、と。

 有り得ないと。

 信じたくがないために、只ひたすらに意味の無い言葉を口にし続けた。



 そして。


 それを終わらせたのは―――――。



「―――――新太、ちょっと黙っててくれる?」



 だった。





「……式神発動、神名しんめい赤竜せきりゅう』」





 光閃が視界を閉ざし、一拍遅れて痛みを伴うが俺を襲った。

 もはやそれは爆発と言っても差し支えないほどの炎熱が部屋を満たし、行き場を失った炎は部屋の外へと溢れ出る。

 北斗宮だった部屋は破壊され、黒く焼け焦げているのが視界の端で確認できた。


「うっ……あ……!!」


 熱い……! 喉の奥が、焼けるように痛い……。

 実際に炎を吸い込んでしまったのか、はたまた、空間全体が高温になっているかは分からない。


「まだちょっと時間が早いんだけど。……まぁ、別にいいかな」


 京香が手をかざすのと同時に、紅い炎が京香の前方に放射された。

 放射された炎の目の前には、ただの壁。

 清桜会本部最上階に位置するこの場所フロアは、霊具や呪具の封印を行っている。

 そのため、外部からの侵入を妨げるために一切窓が存在しない。


 狭い屋内での突発的な燃焼。

 酸素不足により一時的に炎が抑圧されている。

 そこで、壁に穴を開け、急激に酸素を得た炎はどのような反応を示すだろうか。



「―――――っ!!!」


 先ほどの比にならない爆風が俺の体に襲いかかった。


 ―――――バックドラフト。


 焦げ臭い床を何回か転がり、ようやく動きが止まる。


「う……」


 霞む視界に入ってきたのはフロア全体が破壊され、それでも未だに燃焼を続けている紅蓮。

 爆発によって壁には穴が開き、高層からの新都の風景が丸見えになっていた。

 そこに佇んでいる金髪の少女―――――。



「京……香……」



 声が、出ない。



「おい、新太!! クソ……出られねぇ!!!」


「これは……座標固定?」


 痛みに耐えながらゆっくりと声の方向を見ると、支部長と仁が球状の物体に閉じ込められているのが確認できた。


「人造式神『天門』、発現事象アビリティは「座標固定」……」


 ツカツカと燃えさかる炎の中を悠然と歩き、二人の前へと歩み出る京香。


「未登録の人造式神……か。余念が無いね、京香」


「当たり前です。解析にはかなりの時間を要するように造りました。

 が唯一のですからね」


、そんな技術力は無いはずだ」


「……油断しすぎですよ」


は頂いていきます」といつの間に奪取していたのか、京香は呑気にヒラヒラと『六合』の護符を振っていた。


「―――――最後まで、信じたかったんだけれどね」


 支部長の言葉に、不敵な笑みを以て応える京香。

 そして……。


「式神の同時併用……。 法則ガン無視か……!」


 憎々しげに京香を見る仁。

 幸いにも二人とも目立った外傷はないようだった。

 爆発の前に捕縛の人造式神を起動させた……のだと思う。


「こんな式神、すぐに出てやるよ……!!」


「……」


 チラリと仁を一瞥する京香。

 その瞳に、普段の凜とした輝きは存在しない。

 爆発の影響を一切受けていない綺麗な泉堂学園の制服を翻し、京香は再度俺の方へと戻ってくる。



 徐々に狭まりゆく視界。



 爆発の衝撃をもろに受け、体が全く動かない。




 目の前で京香が止まり。



 俺に手を差し伸べ。





 そして。





 視界がブラックアウトした。



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