第27話『禁則』




[清桜会新都支部17F 北斗宮ほくときゅう




「やあ、心配したよ。新太君、京香」


「……すいません、遅くなりました」


 深々と礼をする京香にならい、俺も軽く頭を下げた。

 俺らを出迎えたのは、あの日と同じ格好、あの日と同じ穏やかな笑みを浮かべた支部長の姿だった。

 簡素な部屋の中には支部長、俺、京香、そして……ここまで連れてきてくれた仁が集っている。


「街の様子は惨憺さんたんたるものだね。君たちは実際に見てきたんだろう?」


「……酷い光景でした。アレはもう……惨いなんて言うレベルじゃ……」


「……稼働できる陰陽師は全て投入している。私は彼らを信じているよ」


 稼働できる全陰陽師、その言葉に嘘偽りはないのだろう。

 現に。正規隊員二部隊に結界班という少ない人材で、ここ―――――清桜会本部は守護されているらしい。

 本部に俺達が到着したときも建物の中に人気ひとけは無く、閑散としていた。

 そのことについて聞くと、「僕という存在が、一番の守りだからね」と支部長は静かに笑っていた。


さんにも、北区での指揮を委任している。この霊災鎮圧のかなめだね」


「父さんが……」


「新太君も、本当にすまない。

 君は最重要人物、事態が動きだした以上、君も狙われるかもしれないと思いに呼んだんだ」


「……あぁ、えっと……ありがとう、ございます……。

あの、それで……ここは……一体……」


 そう。

 俺達が今居るこの部屋。

 豪華な意匠の支部長室とは対称的に、テーブルや椅子といった家具も何もない。

 真っ白な部屋で、殺風景という言葉を文字通り具現化したような部屋の造りをしている。

 周りを見る限り、特段変なところは何もないように思われた。

 ……ただを除いて。

 部屋の中央には、俺の腰ほどの四角柱状の柱がポツンとおいてあり、鈍い光を放っている。


「……京香も入るのは初めてだよね」


「えっ? は、はい……」


「この部屋は北斗宮ほくときゅう。清桜会本部の最上階に位置し、霊具や呪具の封印に使われる部屋」


「封印……?」


「……そう。この部屋にはとあるが封印されている」


 封印されるほどの式神。

 人造式神では恐らく……ない。

 考えられるのは、呪術的に封印が必要なほどの悪性を抱えているか、もしくはよほどの神性を帯びているか……。

 支部長の言葉からは、いずれかの判断はつかない。


「……君は、最初からそれが狙いだったんだろう? 『狐』君」


「……」


 ……!?

 名前を出された当の本人は、視線を逸らすことなく真っ直ぐに支部長のことを見据えている。

『黛仁』という、新都に突如現れた謎の陰陽師の―――――狙い。

 それは、俺もずっと知らなかったこと。

 そして、聞けずにいたこと。

 支部長の視線に応えるように、仁は不敵な笑みを浮かべながら、「……もったいぶるのはもういい。さっさとしろよ」と先を促した。



「……ここに封印されているのは



 ―――――



「っ……!」


「……驚いたかな?」


「……冗談じゃ、ないですよね」


 支部長は真っ直ぐに俺を射すくめ、「……事実だよ」と呟く。


 ―――――十二天将。

  それは陰陽道に関与する者なら、周知の式神に他ならない。


「……


「……その通り。我らが祖、安倍晴明の使役した十二柱の式神だ」


 

 今や眉唾の類いの話とされていた。

 さかのぼるは平安。

 中国から伝来した陰陽道を研究、発展させ、独自の学問体系へと変化させた稀代の天才。

 安倍晴明。

 その清明が使役した神の如き奇跡を起こし、鬼神の如く悪霊を滅殺した十二の式神。

 その偉業は人々の信仰を集め、もはやその存在自体も神話へと昇華しつつあった。

 清明の亡き後、彼の弟子達へと受け継がれたが、度重なる戦禍に晒され、一説には全て消失したという話もあった。




「その十二天将が……、ここに……」


「名前は『六合りくごう』。

 平和と調和を司る吉将であり、……発現事象は、『拡大・拡張』」


 支部長は部屋の中央に鎮座している四角柱に、ゆっくりと手をかざす。

 するとその四角柱は淡く若草色に発光を初め、やがて徐々にその姿形を変えてゆく――――――。


「すごい……」


 これまで自分が触れてきた式神とは異なる、異色の霊力が部屋中に満ちてゆくのを感じる。

『虎徹』といった人造式神は言わずもがな、京香の『赤竜』とも違う。

 例えるなら……、人間から出る霊力に近い感じ、とでも言うのだろうか。

 暖かさもあり、その中に昏さもあり、一言で表すなら―――――混沌。


 四角柱はやがて完全にその姿を、の形へと変化させた。

 黒色の紙に朱色で呪印が刻まれ、見た目からその異質さが伺える。


「これが……」


「『六合』、だ」


 支部長は宙に浮かんでいる『六合』を手に取り、俺へと向けた。


「基本的に十二天将は有名な式神なんだ。

 各地の伝承やら神話やらで、機構、組成、術式がある程度予測できる。

 有名すぎるが故の弊害ってやつだね。


 でも……、この『六合』は違う。

 伝承にもあまり残っていない。文献もない。調査も研究も難航している」


「……」


「ようやく分かったのが、――――――発現事象。

 ……最も、それも予測でしかない。発動しているところは誰も見たことがない。どのような姿形の式神なのかも謎だ」


 要は、その実態も何もかもがブラックボックスである式神……ということか。

 しかし、解析が進められているとはいえ、その全容すら理解不能だなんて。

 十二天将であるが故の神秘、という言葉で片付けられたら、それはそれで楽なのかもしれない。

 しかし、現代陰陽道はそれを良しとはしないだろう。

 でも……。


「そんなモノを、どうして俺に見せてくれたんですか……?」


「……」


 すると支部長はゆっくりと目を伏せ、こちらに背を向けた。


「これが封印されたのは。清桜会が発足した当時のことなんだ。発見された経緯は、未だに不思議なんだけど……」


 こちらを向く支部長。

 メガネの奥の鋭い眼光が、俺を捉えるのが分かった。


が抱えていたんだ」



「……?」





「―――――君だよ。






「……え?」







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