第2話『狐』



「ーーーーーーーーーー!!!!」


 悪霊は自身の体の一部を失い、狼狽うろたえていた。

 どうして、自分が困惑しているのが見て取れる。



 ―――――そして。

 多分、が助けてくれたんだ。

 俺のすぐ傍に立っている一つの人影。

 その人は月光を反射していて、紅く染まった視界からではその全容が掴めない。

 一瞬にも満たない中、俺の知覚の外でこの悪霊の腕を落とした。

 正規隊員が間に合ったのか……?


「うっ……」


 その顔を拝もうと体を動かそうとすると、全身に激痛が走った。


「あ、多分骨イッてるから動かない方がいいと思うよ」


 視界がドンドン狭まってく。

 呼吸が……しづらい。


「ギア嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あぁあああ!!!」


「お前耳元でキンキンうるっさいな……。夜遅いんだから静かにしろよ」


 苦し紛れな声と共に悪霊はボコボコボコと欠損した部分を再生させる。

 そして、悪霊から立ち上る禍々しい霊力の奔流ほんりゅう


「……!」


 悪霊周りの雰囲気が変わる。

 それは俺という格下をいたぶるのではなく、第三者の介入による明らかな臨戦態勢。

 気圧されるなんてレベルじゃない。

 思わず白旗を揚げてしまいそうになるほど濃密な、本能に訴えかける殺気。

 最初からこの殺気を向けられていたら、俺は一歩たりとも動けなかっただろう。

 出血によるものだけではない悪寒が、全身を包む。

 明らかにただの上位悪霊ではない。正規隊員でも祓えるのか……?


「……っ!」


 しかし。

 そんな俺の心配は、全くの杞憂きゆうに終わった。

 唐突に、悪霊の体が

 あれほどまでにほとばしっていた禍々しい霊力が、三月の夜空に溶けて消えていく。


「隙だらけ。見逃すわけないだろ」


 また、一撃……?

 たった一撃で祓ったのか?

 と言うか何をしたんだ?

 それすらも見えなかった。分からなかった。

 これが、正規隊員の力……なのか?


「おーい、大丈夫かー」


 頭上で、声が聞こえる。

 ずいぶん遠くから、聞こえるような気がする。


 ぼんやりと、人影が霞んでいる。



 暗い。



 寒い。

 息をするのも辛い。


 閉じゆく視界の中で、声をかけてくれる人影を捉えた。



 ―――――狐……?




 薄れゆく視界の中で、俺は、それだけを覚えていた。


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