序列最下位の陰陽師、英雄になる。

澄空

第一章《序列最下位の陰陽師、英雄になる。》

第1話『月下』




 この新都まちでは、人が消える――――。





 異変が異変として顕在化したのは、一ヶ月前。

 悪霊の局地的現界。

 例年の三倍近くまで発生件数が膨れあがったことが後の調査で判明する。

 それに伴い、死傷者、行方不明者の増加。

 一介の地方都市とは思えないほど、陰陽師の戦略的増員が図られた。

 夜間には都市封鎖ロックダウンにより外出が制限され、一般住民は自宅での待機を余儀なくされる事態になった。

 悪霊をはらい、はらい、はらう。

 現場の陰陽師は発生した悪霊にしか対処できない現状に疲弊していた。

 そして。

 その状態は一ヶ月経った今も続き、事態は膠着。

 未だに事態は収束する兆候すら見えなかった――――。

 



 ***



 [3月25日(月) 新都南区石見町住宅街 22:04]



 ――――三月の満月のことを、ワームムーンというらしい。

 気温が上がり、虫が這い出てくる季節の満月であることが由来だと、朝方見たニュースで、若い女性のキャスターが言っていた。


「……っ!!」


 冷たい三月の空気を肺腑に収めながら、俺は足を懸命に動かす。 

 なぜ、急にそんな話を思い出したか。

 俺の頭上にはまさしく、三月の満月が鎮座していたから。

 ……いや、そんなこと別にどうでもいい。

 ただのの末に生まれた思考に他ならない。


「っ……! 

 なんで……、なんで『起動』しないんだよ……!!!」


 力一杯手に握られた、一枚の

 霊力をどれだけ流してもうんともすんとも言わない。

 無用の長物を引っさげて出撃する、それは無謀以外の何ものでもない。

 人手不足故に、のような末端中の末端が駆り出されるなんて――――。


「っ――――!」


 転瞬。

 俺の背後を衝撃波が襲った。



 恐る恐る後ろを見ると、先ほど俺が隠れていた石壁は衝撃波で崩れ、原型を留めていない。

 そして。

 視界に飛び込んできたのは――――異形の姿。

 人型なのは間違いないが、

 異常なまでに発達した鉤爪を持ち、魂と命を刈り取ることを目的とした形状。

 体の線は不気味なほど細く、その醜悪な外見は、見た人間に本能的に嫌悪感を抱かせる。



 ――――見つかった、のか?


 しかし。

 だからと言って、俺に何とかなる相手じゃないのは明白。


「っ……!」

 

 手に握られ、クシャクシャになったへと再度視線を向ける。


 ――――式神の起動も試した。

 でも、それも叶わない。


 この状況を切り抜ける上で、今の俺にできることは、一つ。

 

 それは。

 が到着するまでの時間稼ぎをすること。

 

 すでに本部への連絡は済ませてある。

 後は、連絡を受けた正規隊員がここに駆けつけてくれることを祈るしかない。

 それまで生き延びることが、最優先事項。


『隕九▽縺代◆縲∽ソコ縺ョ迯イ迚ゥ縺!!!!』


 おぞましい咆哮が、住宅街に響き渡る。

 叫ぶための口も無いのに、どこからそんな雄叫びを出すことができるのか俺には分からない。


「っ……!

 『結界起動!!!』」


 悪霊から距離を取り、式神と同時に支給された結界を起動させる。

 霊力が霧散し、やがてその形を球状に変えた。

 物理的な干渉をしてくる相手に、どれだけ結界これがもつかは分からない。

 ただ、このまま逃げていてもジリ貧なのは間違い無い。

 今はこれで耐えしの――――。





 ―――――っ。



 転瞬。

 が、周囲の住宅街に響いた。


「っ……?」


 一瞬何が起こったのか分からなかった。

 それと同時に、背中に走る衝撃と激痛。

 ドロリとしたものが視界を塞ぎ、世界が紅く染まる――――。

 

「あっ……、ぐぅ……!!」

 

 明滅する視界で周囲へと視線を送る。

 たった今巻き起こったと思われる砂煙が月光に照らされ、幻想的に光っている。

 状況を理解するのに数刻を要した。

 そして、出た結論。


「俺を、……!!」


 結界の守護を貫通し、術者である俺自身への凶撃。


 ケタケタと、面白そうに嗤う悪霊。

 それはさながら草食獣をいたぶる肉食獣のようで。

 もはや、俺に祓えるかどうか、という問題じゃない。

 逃げ切れるかどうか、という話でもない。


 心臓の音に合わせ、頭部が痛む。

 吹き飛ばされた衝撃でできたと思われる頭部の裂傷。

 頭部を伝う、生暖かいモノの感触。


 ――――血。



 絶え間なく滴り落ちる自分の血液を、どこか他人事のように見ていた。

 身に纏う白い狩衣かりぎぬが鮮血で染まっていく。

 今日支給されたばっかなのに。

 汚してもまた貰えるのかな。

 自分でクリーニングに出さなきゃいけないのかな。

 頭では、こんな場違いな感想しか出てこない。

 今際の際に思うことじゃないな、と半ば自虐的に口角を上げてみる。


「……」


 紅く染まった視界で宙を仰ぐと、そこには紅く染まった満月が俺を見下ろしていた。

 血液で視界が紅く染まる。世界が紅く――――。

 そして、瞬きをした一瞬。


 ――――先ほどまでたのしそうにわらっていた悪霊が、俺の目の前にいた。


 そして、自身に迫る鉤爪かぎづめ――――。



 時間がその正確性を失ったかのようにゆっくりと流れていた。




 ――――死。










「――――大丈夫か?」







「……?」


 悪霊の鉤爪が、いや悪霊の地面に落ちている。

 霞む視界を何とか気力で固定し、嬌声の聞こえる方。





 そこには体の一部を失い、気でも触れたかのようにうめく悪霊の姿。






 そして。




 俺のかたわらに屹立する、





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