第5話 朝の白い月
会いたくもない顧客に頭を下げて、新卒で社会に夢しか見なかった愚かな私は入社五年で社会人生活に失望を感じた。
こんなにハラスメントに厳しい現代も有名企業なわが社では当然のように行われている。上司のストレス解消法はパワハラ、モラハラ。風通しはいい企業だと言われていたのに自分の企画は確かにするすると上がる。上司の手柄としてである。
チームワークが良くて、横の繋がりが出来、人脈も出来るとうたわれた社風は週に一度の飲み会にはほぼ強制的に参加。
「遠藤君はいいね。
そう皮肉を言って退社した
和解をたくさんした方がいいという競争もあるらしい。金を持っているというのだ。これだって他の社員へのハラスメントだ。
元同僚は労働基準監督署に通報するのを諦めてそっと退職する。私は転職がしたい。でも希望を持って入社する新卒を見ると、自分がどうにか出来ないかと思って、五年経ってしまった。中堅を越えて、三十前にして部長だ。
会社説明会で三十を前にして部長だと紹介されて、新卒からの感心と尊敬の目があまりにも辛い。最近は結婚しないのか、女は欲しくないのかと言われ出した。何とかごまかしているが、放っておいて欲しい。
死に場所を探し始めてから一年が経った。理想が無いわけではない、時間が無いのだ。あまりにも過密スケジュールで会社に週七日行かないといけない。
頑張っているみんなに申し訳ない。今やっと三年目の部下が出来た。その後輩女性社員を守るための傘にならないといけない。恋心というには状況が特殊だった。
彼女はセクハラやモラハラに耐えている。部長がいるから出社出来ています。そう言われたら頑張る他無い。ただ、とうとう部下から退職届が来た。彼女から退職します。すみませんと言われるかと思ったが、意外な事を言われた。
「私と一緒に死に場所を探しませんか。心中しましょう」
私の首は縦に振った。ちゃんと終業時刻まで仕事をして、後輩と電車に乗った。彼女はさっぱりした様子で楽し気に携帯を触っているが、私は気が気でなかった。今、呼び出されたらどうしよう。
「大丈夫ですよ、遠藤さん。絶対に殺してあげます」
海か、湖か、池か。
「何で水辺が多いの?」
「私の絶望の深さと比例するかなと思って、でも冷たいの嫌だな。遠藤さん、せっかくだから、中々出来ないことしませんか? 空」
タワーマンションの上を指した。
「私たち、空飛べますよ。一緒に飛んだら怖くないです」
次の日、とあるタワーマンションと屋上のカギを仕入れた時は驚いた。
「お金を積んだら作ってくれる会社がありますよ。遠藤さんは知る必要ないですよね。一緒に逝きましょう。怖いですか。絶対に死ねます」
私は迷った。本当に死ぬことが正しいのか。
「遠藤さんは迷うのですね。覚悟が決まったら来てください。この時点で
きっと失望しただろう。そんな表情をしながら落ちた。
とてつもない音がした。
携帯が鳴って電話を出た二十も上の本部長からだった。資料が出来ていないどういうことだ。
私は出社する為に屋上のカギを開けて下にエレベーターで降りた。最後に空を見た。朝の白い月があった。
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