第20話 メリパド湖で人助け!?

「すみませ~ん! あの~誰かいないですかぁ?」


 転送装置で移動してきたエドナはひと気の無い国境所から外へ出ていた。外へ出ると夜のように暗くなっていたことに驚くが、人の気配が全く無いということにも驚いている。


「う~ん? 何で誰もいないんだろ。それに大陸とかが違うにしても、いきなり夜だなんてそんなことあるの? 国境所も何だかすごく年季が入っていたし……」


 転送装置がおかしくなってその状態で来たから全然違うところに飛ばされたとかじゃないよね? 

 そうだとしたらライラたちと再会出来なくなるし。


 まるで違う世界に飛ばされて来たかのような、そんな嫌な感じを受けながらもエドナは人がいそうなところを探して、国境所を後にする。


 幸いにしてエドナを迷わせなかったのは、路面だけはきちんと整備されているうえ、魔除けのような模様が道の至るところに描かれていたことだった。


 ……とはいえエドナの場合、何が出ても全く問題無いのだが。


 そんなこんなで道を外れずに歩き進むと、古びたコケだらけの道しるべを見つける。エドナはコケを手で払い、書かれているものをじっと見つめてみた。


「ええと、この先……メ、メリパド湖……かな? 湖がこの先にあるってこと? そこに人がいるとは思えないけど行くしかないかなぁ」


 ここまで歩いて来て未だに誰かと会うことも無く魔物に遭遇することも無いエドナは、もはや人がいるかどうか分からない湖に向かって歩くことに。


 メリパド湖を示す矢印通りに進むと途中で道から外れ、急に草木を突き抜ける必要が出てきた。エドナはそこを何の迷いも無く突き進む。


「――……!!!」


 すると、どこからともなく助けを呼ぶ声が聞こえてきた気がした。


「え? どこどこ? どこで呼んでるの?」

 う~元々暗いうえにさらに暗いところなのに、本当にこんなところで人がいるの?


 ……などと文句を言いながら湖に近づくと。


「だ~れ~か~!! ああっ、そこに見える女の子さん! どうかここからあたしを助けておくれ~!」


 どう考えても怪しいうえ、エドナから見ても人じゃない気配を感じる。しかしたとえ人じゃなくても、ここがどこでどうすれば他の所に行けるのかを訊く為にも、助けを求めている人を助けなければどうにも出来ない。


「ど、どうすれば助けられますか~!」


 エドナの声が聞こえたようで、それと同時に近くにロープがあるからそれを投げて欲しいとまで言われてしまった。


「た~の~ん~だ~よ~!!」

「ロープを投げるのは得意じゃないので~、そこから出してあげますね~! そのまま待っていてくださいね~」

「……え?」


 道具を使って何かすることが得意じゃないエドナは、湖に向かって手をかざす。そうかと思えばかざした手を上空に向けながら、払うように湖の水を全て抜いてみせた。


「うえええええええええええ!?」


 助けを求めていた人は底が見えるようになった湖で膝をつき、口を開けたままで唖然としている。


「……そんなまさか。こんなことが起きたら何も出来ないじゃないの……」

「こんばんは~! 助かってよかったです。あの~、聞こえてますか?」

「どうすればいい、どうすれば……って、え?」

「助けに来ました! 一緒にここから逃げましょ~」

「そ、そうします……」

 

 エドナから見ても、助けた人は人間の女性にしか見えなかった。しかし女性から感じられるのは魔物のような気配。


 本当に助けてもらえると思っていなかったようで、地面に上がってからもぶつぶつと何かを呟いている。


「あのっ、大丈夫ですかぁ?」

「あ、あぁぁ……問題無いよ。どこまで歩こうとしているのか訊いても?」

「この辺は暗いので、道が整備されているところまでです~」

「そうかい……それならここであんたを――」


 女性がエドナに対し何かを仕掛けようとしたその時。


「あ、言い忘れてました! 決して悪い人じゃないと思うんですけど~わたしに何かするつもりで助けを求めていたんだったら、あなたを飛ばしちゃいますねっ!」


 どうやら手刀か何かをしようと思っていたようだ。しかしエドナのただならぬ気配を察したのか、その手を引っ込めて途端に笑顔を見せ始めている。


「お嬢ちゃんは人間……じゃないの?」

「う~ん? 人間って何だろ。でもわたしのことを何かって言うなら賢者だよ! お姉さんは?」

「け、賢者!? お嬢ちゃんがかい? そ、それはまた……し、しかしさっきの力はどちらかというとこっち寄りの……」


 お姉さんと呼ぶエドナだが、暗いこともあって女性の姿ははっきりしていない。しかし魔物除けの道に大人しくついて来るのを見れば、女性は単なる魔物ではないことがうかがいしれる。


 そうしてエドナと謎の女性は灯りのある道へとたどり着いた。


「助けてくれてありがとうね……お嬢ちゃん、お名前は?」

「わたしはエドナ。エドナ・ランバートだよ。お姉さんは?」

「あたしは……ギン。ギンと呼んでくれて構わないよ」


 エドナはこうして明るい所で話してみても、やはり人間じゃないと感じていた。しかし頼れる者がギンと名乗る女性しかいないので、今は何かをするよりも先に話すことだけ考えることにした。


「えっと、ギンはここに一人だけなの? 他に誰かいないの?」

「昔はもっといたんだよ。だけど、みんなもっと住み心地のいい水を求めていなくなっちゃったんだよ……そういうエドナはどうしてここに?」


 住み心地が悪くなった……そう言われても、整備されている道だけ見ればそうは思えない。もう一つ気になるのはなぜ湖で溺れかかっていたのか。


 エドナは本当のことを聞くために全て正直に言うことにした。


「あのね、転送で来たの。でも着いたらそこはさびれてて誰もいなくて、そしたらギンの声が聞こえてきたの」


 エドナの言葉にギンは黙って聞いているが、記憶に無いことを話されたからなのかずっと首をかしげたままだ。


「本当はどこに転送するつもりだったんだい?」

「えっと、トレニア帝国の――」

「トレニア帝国!? 北方の脅威のあそこかい! あそこでかなりやられたのを思い出すね……しかしまだそこに行けるんなら行きたいものだねぇ」


 ギンの驚きようは普通じゃない。しかも相当昔にやられたという話をしているが、エドナはそのことに触れずに大人しくすることに。


「い、行けるの?」

 ここって多分、魔物が棲む異空間的な場所なのかも。どう考えてもおかしいし、全然他のことを話そうとしないし。


「あぁ。さっき助けてくれた湖の底に転送の装置があるのさ。まだ動くはずだよ。ついておいで」

「もう襲わない?」


 すでに何となくの正体は分かりつつも相手の方から言うつもりがないと思ったエドナは、正直に聞いた。


「……クク、あんたを襲ったら逆に喰われてしまいそうだからね。言わなくとも分かるよ。あんたは賢者じゃなく、精霊神クラスの化け物……おっと、ごめんよ。とにかく、一緒にいるだけでこっちが参りそうだから降参するのさ」


 化け物って、そんなそこまでのことはしてないつもりだったんだけど。


「ギンは何の魔物?」

いにしえのサハギンさ。今はもう、仲間もいなければこの時代にサハギンが棲める水場なんて無いのさ」


 だから湖にいて、ここに迷い込んで来たエドナを誘った。それを聞かされながらも、エドナは彼女に頼るしかないと感じて黙ってついて行くことにした。


 ギンの後をついて行くと、湖の底のさらに底に地下へ通じる道があった。そこに進んで行くと、転送の装置に似た模様が床に描かれている。


 どれくらいか分からないくらい劣化しているようで、まともに動くかも不明な様相を呈している。


「この模様の上に乗れば、あんたの魔力に反応して転送が発動してくれるはずさ。それが上手くいけば、今度こそトレニア帝国の周辺に着くだろうね」

「……ギンも一緒に行かない?」


 ここで一人でいるなんて、エドナには耐えられない。そう思っていたらギンに声をかけていた。


「あたしかい? あたしは見ての通り、老いぼれたサハギンだよ。もう魔力なんてほとんど残ってないのさ。たとえあんたについて行ったとしても、他の魔物連中と上手くやれるかなんて分からないしね。いいさ、あんた一人でお戻り。襲うつもりで助けを求めたのが、真の意味で助けられたんだ。だからいいんだよ、エドナ」


 その言葉を聞いたエドナはもう何も言わずに、黙って転送の模様に足を乗せた。


 すると魔力に反応したのか、床面の模様が反応して水の輪っかを作り出す。その中にいるエドナはこの水が転送の力を呼び込むのだと分かってしまう。


「水関係に縁があって、ギンに会えました。ありがとう、ギン。バイバイ~」

 

 エドナの言葉が途中で聞こえなくなることもなく、エドナはそのままどこかへ転送されていった。


「……ククク、ウンディーネの子がここに迷い込んで来るなんて、全く……楽しいことだね」

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