第19話 レジェンダロア国境で
「ええ、おかげさまでよく眠れましたし休むことが出来ましたわ」
「良かった~! セリアがこのまま目を覚まさずにいたらどうなっちゃうんだろうって心配してたよ」
「ふふっ、そんなことにはなりませんわ。それより、開通することが出来るって聞きましたわ。おめでとう、エドナちゃん」
「うんっ! ありがとう、セリア! 一緒に移動出来るから嬉しいよ」
一夜明けてセリアがようやく目を覚ました。普段は一つの部屋で寝泊まりしているメンバーも、セリアを休ませることにした後の二人が気を利かせてセリアだけ別の部屋にしていた。
そんなセリアのことが気になったエドナだけがセリアの横で眠ることを許されていたのだが。
「はい、コーヒーだよ」
「ありがたく頂きますわね」
前世でも良く飲んでいたコーヒーが、味こそ異なるもののこの世界でもあることを知ってエドナは密かに喜んでいた。
しかし中身の年齢はともかく見た目の年齢のことがあるせいか、お店ではコーヒーを飲むことを許してくれなかったようだ。
「それ、どんな味なの?」
「気になる?」
「う、うん」
可能なら一口くらい飲んでみたい。そう思ってセリアを眺めていると。
「それじゃあ、内緒に。はい、飲んでみて」
視線に気づいたのか、セリアは微笑みながらエドナにコーヒーの入ったカップを渡してくれた。
「…………甘いね~」
色に黒さを残しながら、味は想像していたものよりもずっと甘かった。
「わたくしが眠っていたから気を利かせてくれたかもしれないわね」
「それもそっか。今日は出発出来るんだよね?」
「ええ。問題無いわね」
優しく微笑むセリアにエドナも笑顔を見せていると、騒がしく部屋のドアが開かれた。
「よぉし、セリア! もう大丈夫そう? 行ける? 行くよね~?」
などと、勢い任せでライラがまくし立てる。
「……ええ。随分お元気そうですけれど、そんなに気まずいのです?」
「な、何のことか、私にはさっぱりだなぁ。とにかく、リズは先に外で待ってるから私も先に行くよ。エドナとセリアは食事してからでもいいから! じゃあお先に~」
ライラの妙に高いテンションを見てなのか、セリアが気にかけることを言っていた。
「ねえねえ、ライラっていつもどおりじゃなかった?」
「いつもあんなですけれど、今日これから向かう国境転送があるところは、ライラにとって行きづらいところなの。だからから元気というか何というか」
「ふぅん……」
あの様子を見る限りだと、ライラの故郷とかを通りそう。そんなことを予想しながら、エドナは宿の食事を済ませてセリアと一緒に外に向かった。
「お待たせしましたわ」
「おはよ~、リズ! ライラも」
「おはよう。セリアも問題なさそう」
「おかげさまでこの通りですわ! お姉さまも元気そうでなによりですわね」
いつもの挨拶を済ませて国境所があるところに進もうとすると、ヤッタム村からどこかに向かって冒険者たちが駆けていくのが見える。
何かあったと言わんばかりな光景に、エドナは思わず通り過ぎようとしている男性冒険者に声をかけた。
「何かあったの~?」
「……ん? キミはギルドにいた子か。それなら教えても平気か。それにライラパーティーもいるようだしな」
冒険者はライラたちに目をやって頷きを見せる。
「あん? 私らがいるからって何が平気なんだ? そもそも村のギルドにいた私らに声をかけないでどこかに走っていくのはどうなのさ!」
ヤッタム村から外へ出る時は少なくとも、そんな騒ぎが起きているようには見えなかった。しかしこの数分の間に、急を要する何らかの知らせが来たのであればそれは仕方がないかもしれない。
「全くですわね。わたくしたちにも分かるように説明して頂かないと!」
「同じく……」
すっかり元気を取り戻したセリアもライラと同様に、冒険者に詰め寄る。
「す、すまない。キミらが出て行ったその後に緊急の知らせが届いたんだ」
「……で、その中身は?」
よほど頭にきたのか、ライラが詰め寄ると。
「レ、レジェンダロア国境付近で巨人族が出たんだ。国境所が使えなくなる恐れがあるってことで慌てて向かってるんだ。キミらも転送移動をしに行くんじゃないのか?」
巨人族なんているんだ。
とんでもなく大きい獣人って意味なんだろうけど、問題はそれじゃなくて国境移動が出来なくなることだよね。
「巨人族~? 何であいつらが下に降りて来てんのさ! あいつらはレジェンダロアの山にいるはずなのに」
ライラは知っているかのようにして冒険者に言い放っている。
「それは俺も分からん。だが、近頃各地の魔物が活発化しているんだ。その影響を受けてのことだと思う。とにかく、キミらも急いだほうがいい!」
そう言うと、男性冒険者は一足先に国境方面に走って行く。
「――全く、退屈させないというか何というか。とにかくエドナが転送を使えるようになったんだ。私らも急ぐよ!」
「もちろんですわ!」
「急ぐ」
エドナをがっかりさせたくないのか、ライラたちは前だけ向いて急いで向かう。ヤッタム村から道なりに西進すると、その先に巨大な建造物が見えてくる。
「もうすぐ国境警備兵がいる
「承知しましたわ!」
「理解」
「エドナは――様子を見ながら私らについてきて」
「うん、わかった~」
ただ事じゃない、そんな気配を感じながらライラたちと共に国境櫓に向かって急ぐ。
「こ、これは……どういうことですの?」
「驚いたね、まさかゴブリンまでもが参戦しているだなんて。この辺はゴブリンが少ないはずなのに」
驚くライラとセリアの視線の先を見てみると、巨人族に混じってゴブリンの集団が櫓を襲っている。巨人族は高くそびえ立つ石造りの櫓を壊しにかかり、ゴブリンたちは冒険者を相手に邪魔をしている状態だ。
「……ったく、リズ! は、もう行ったね。それなら、エドナは櫓の中を目指して!」
すでに櫓の一部は巨人族によって壊されている。それに気づいたのか、ライラはエドナに一人で向かうように言ってきた。
「えっ? 巨人族とゴブリンは?」
「私らで何とかするよ。だからエドナは中を守る警備兵に話して先に転送して! レジェンダロア国境からの転送先は――とにかく急いで!」
「う、うん。ライラ、それにセリアも気を付けてね!」
宿でかなり眠っていたセリアのことを思えばあまり無理はさせたくない。そう思うエドナだが、先に行ってと言われればその言葉通りにするしかないわけで。
それでもセリアのことが気になって彼女の顔を見つめるが。
「心配しないで。無事にエドナちゃんと再会するってことをお約束いたしますわ。ですので、お先に行ってらっしゃい!」
そう言ってセリアはエドナの肩に手を置いて反対に元気づけてくれた。
そこまで信頼されたら行くしかない。そう思ったエドナは他には目もくれず、櫓の入口とされる扉に向かって走りだした。
国境警備兵を含め、ヤッタム村から応援に駆けつけた冒険者たちはゴブリンの妨害を防ぎつつ、巨人族に向けて矢を放ち続けている。
リズの姿も見えるが、彼女は手傷を負った冒険者や近づいて来ようとするゴブリンに向けて、状態異常系の魔法を唱えているようだ。
本来リズは治癒を専門とする神官になる。しかし、こういった緊急事態には攻撃性の魔法も撃てるのだとか。
「えーと、入口入口……あっ、もしかして岩で見えにくくなってる黒い扉かな?」
エドナが櫓の入口を見つけ、そのまま中へと向かおうとすると。
「ゴブブ……ニンゲンココニ――ゴブッ!? テッタイ、テッタイ!!」
――といった感じで、エドナの姿を見てすぐにいなくなるゴブリンの姿があった。
「ん~? いま何か話しかけられた? 気のせいだよね」
ゴブリンが迫って来ていたことに気づかずに、エドナは櫓の中に入る。そこには外の様子を気にかける警備兵が二人と、装置前で監視する警備兵の姿があった。
「あ、あの~……転送していいですか~?」
エドナは転送前にいた警備兵に声をかける。
「うわぁっ!? って、驚かせないでくれよ。転送? そこの床の上に乗れば移動出来るよ。冒険者たちが逃がしてくれたんだろう? それなら急ぎなよ」
いきなり現れたわけじゃないんだけど、こんな状況だからしょうがないかな。
「ありがとう~! あの、どこに飛ぶことになるんですか?」
「レジェンダロアからは北方のトレニア帝国の近くに飛ぶことになるね」
「そこって魔法学園がある……?」
まさかこんな早くに向かえることになるなんて。ライラたちのことだから、もしかしたら十二歳になるまで遠回りして色々旅をさせてくれるとは思うけど。
「おっ、よく知ってるね。近いとはいえ、いくつか山を越えたりする必要があるし、確か海を渡る必要があったかな……まぁ、とにかくそこの台座の上に乗れば移動出来るから」
警備兵の人に教えられ、転送の台座に乗ったその時だった。
「う、うわーーー!!!」
声がした方を見ると、外から攻撃を繰り返していた巨人族が装置のあるここまで攻撃の手を伸ばしていた。
「冒険者の女の子! 早く行くんだー!!」
「は、はいっ、みなさんもどうか気をつけ――あっ」
魔力の流れを確認させ、装置を起動させようとしていた警備兵が慌てて装置を動かしてエドナを転送。エドナはお礼も言えずに、トレニア帝国の国境所に転送された。
「……あれ? 誰もいない……トレニア帝国の国境所だよね?」
転送装置が不完全だったのか、それともレジェンダロア国境所で不具合があったのか、エドナはひと気の無い国境所に転送されていた。
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