第14話 魔物集落へ行ってみよう!

 エドナが押し寄せる魔物の群れを全て撃退したことは、すぐに王都中に広まった。


 王都で暮らす人々の多くは王門の裏を出入りすることが無く、氷の門となっていても特に困ることにはならなかった。それよりも氷の門を観光資源にしようと、フィルジアから行商人たちを呼んで話を進める始末。


 氷の門に注目が集まる中、エドナは猫王に再び呼び出されていた。その場にはライラたちも呼ばれ、何が起きたかについて話し合うことにしたのである。


「アルボルドに来られた貴女たちよ、我らはそなたらに敬意を示す」


 初めの一声は、猫王からの謝意の言葉だった。それに対しライラたちは頭を下げるが、人の王ではなく猫王だったことに動揺を隠せない。


「ね、猫の王って、何というか何と言えばいいのか……」


 特にライラは獣人に慣れていないのか、上手く言い表せない表情で固まっている。


「まぁ、別に珍しいことでもありませんわね。わたくしの故国にだって猫族はいますもの。ねぇ、お姉さま」

「ん。ライラは純粋すぎ。いい加減、慣れて」


 ライラが取り乱しているのに対し、アドーラ姉妹は見飽きたといった表情で猫王に対した。


「にゃふふ。そなたらには王都防衛の褒美を取らせねばならぬ。各自で身につけるがよい」


 そう言うと、猫王はライラたちにそれぞれ腕輪を手渡した。


「これは……?」


 ライラが腕輪に対し首をかしげるが。


「近し者からの影響を受けない猫守りの腕輪。それを身につけていれば、自覚なき子の影響を最小限に抑えることが出来るだろう」


 猫王の言葉を聞いたライラたちは、ハッとなって腕輪の効果をすぐに理解。きょとんとしているエドナを見ながら思わず笑顔を見せることに。


「みんな何だか嬉しそう~。いいものをもらったの?」

「まあね。これでエドナにもっと近付けそうだよ」

「近づく? よく分かんないけど、今度は一緒に魔物退治しようね」

「私もそう思っているよ」


 ライラの安心した表情を見て、リズとセリアは笑いながら顔を見合わせた。

 

「……さて、エドナに問おう。我と我の王国はエドナによって難を逃れたのだが、まだ問題が解決したわけではない。そのことを理解しているか?」


 猫王が言うことに対しエドナが出した答えは。


「魔物の集落が近いから心配なんだよね? だったらやっつけちゃおうよ!」

「……それは願っても無い答えだが、冒険者パーティーたちには何と答える?」


 ライラたちを見ると、エドナに任せるよといった頷きを見せている。


「それが王国のためなら、わたしたちでやっつけます! そうじゃないと、え~ともっと別の問題が起きるかもしれない……だっけ」

「にゃふぅ。分かったよ、エドナ嬢。それならやってきてくれるかい?」

「は~い!」


 集落どころかレセンガ峡谷ごと破壊してしまう恐れを感じていた猫王だったが、アルボルド王国への脅威が取り除かれるならと、一人納得するしか無かった。


「――というわけで、紹介しま~す!」


 エドナによってライラたちの前に立たされた女性は、恥ずかしそうに頭を下げる。


「ニャフ。わたしは猫族のポーター、ジッタです。よ、よろしくお願いしますです」


 ジッタの言葉にライラたちの反応は。


「はは~ん、なるほどねぇ。猫の王様が随分と気前がいいなと思っていたけど、彼女をお目付け役に出したわけか~」

「リズは別に構わない」

「エドナちゃんのことを気にかけていることでしょうし、わたくしも構いませんわよ」


 猫王からの腕輪といい、エドナにぴったりついている様子といい、ライラたちはジッタのことを一目で理解する。


 理解したうえで、エドナを怖がらない者が増えたことに三人は喜ぶのだった。


「ポーターってことは、空間収納が出来たりするのかしら?」

「ニャフフ。もちろんです! みなさんの負担を減らすことが出来ますよ~」

「いいね! それは助かるよ」

「リズは大丈夫。でも、ライラの大斧は正直邪魔。だから助かる」

「全く、リズは一言余計なんだよ」


 ジッタの紹介を済ませたことで、エドナはさっそく出発しようと呼びかける。


「ねえねえ、さっそく行く~?」


 やる気十分で全く疲れを見せないエドナに対し。


「エドナさん。まずは腹ごなししませんか? レセンガ峡谷へ踏み入れたら、まともな食事にありつけなくなってしまうんですよ。だから王都にいるうちならいくらでも食べられますよ~」


 ライラたちの顔色をうかがいながらジッタが提案をしてきた。


「たくさん食べられるの?」

「ニャフフ、好きなものをたくさんですよ~!」

「い、行きたい! 村を出てからあんまり食べてなかったんだよね~」


 早く魔物を倒しに行きたい―そう思っていたエドナだったが、好きな食べ物を食べられる機会は滅多に無いのでジッタの言うとおりにすることに。


 エドナの喜ぶ顔を見て、ライラたちも一緒に食べることを決める。


「へぇ~……この辺りが王都の台所ってやつ?」

「そうなりますね。何を食べたいかでお店選びも変わりますけど、どこに行きたいですか?」

「エドナは何が食べたい?」


 ジッタが連れて来てくれたところは猫族と人間たちが大勢歩いている市場で、活気あふれる光景がすぐに分かる賑やかな場所だった。


 何軒も連なる出店からは香ばしい肉の匂いや新鮮な野菜、焼きたてパンの甘そうな匂いが漂ってくる。


「お肉! 何でもいいからお肉を食べたい!」

「食べなさそうな顔してるのに、エドナって実は見た目に反して大人……んむ~!?」

「さ、さぁ、それではそのお店を案内してもらいましょう! ジッタさん、お願いしますね」


 リズが何か言いたそうだったものの、セリアはその口を塞いでエドナに気づかれないようにしたようだ。


「お姉さま、それは禁句ですわよ?」

「そうそう。エドナはれっきとした子供に間違いないんだから!」

「年齢よりも大人に見えて仕方が無い……けど、セリアが言うなら言わないでおく」


 実は気になっていた三人だったが、エドナのことに深く触れると何が起きるのか分からない恐れがあるので、黙っておくことにした。


「そういえばライラたちって――いくつ?」


 転生といったことまでは思いつかなかったライラたちに対し、エドナも何となく訊いてみた。


 エドナの突然の質問に。


「えっ、あ~……私は二十二でリズとセリアは十代だね」

「やっぱり聞こえていたっぽい……」


 リズとライラが気まずそうにしている中。


「エドナちゃんはもうすぐ十歳かしら?」


 すかさずセリアが話題をすり替える。


「うん。確か魔法学園に入学するのは十二歳だったよね?」

「そうですわね。その時が来るのはあっという間でしょうけれど、その間はわたくしたちと旅が続けられるはずですわ」

「そっか。じゃあもっと成長しないとだね!」

「ええ。たくさん食べて成長しないとですわね」


 年齢のことや実際に感じられる中身の年齢の話題を何とか避けることに成功し、ライラとリズは胸をなでおろした。


「エドナさん、着きましたよ」


 ジッタの計らいで案内されたお店の前に着くと、そこから見えるのは。


「……え? く、黒焦げだらけの壁?」

「ニャハ。ここは火力最大でお肉を焼いてくれるお店なんですよ~。お店は焦げちゃってますけど、美味しいですよ」

「う、うん」


 引きつった顔を見せながら、エドナはお店の中へ案内される。


「ささ、お好きな席へどうぞ~」


 席を案内してくれたのは強面の男性で、やはり顔じゅうが煤だらけだった。


「ケホッ……」

「こ、これは何とも……」


 店内の壁も外壁以上に黒焦げで、エドナやライラも思わずむせてしまう。


「う~全部きれいにしてあげたい!! 黒い壁も店員さんの顔も、元通りにしたい~!」

「……えっ? エドナ、それはどういう意味――」


 ライラの心配をよそに、エドナは席を急に立ち上がりそして――。


「じょきーんタイム~!! 全部クリーンになっちゃえ!」

 こういう時こそ前世のスキルが発揮される時でしょ。わたしの実績と経験でこんな黒くて焦げっぽいお店はあっという間に除菌してやるんだから。


 エドナが声を張り上げた直後。


 お店の中と店員たちが一斉に泡らしきものに包まれる。その光景に、ジッタはもちろんリズ、セリアも呆然と立ち尽くすことしか出来ない。


 ライラは突然目の前に浮き始めた水泡を見ながら、首をかしげて何かを思い出したような表情を浮かべている。


「まさか、これってあの毒池みたいな現象……?」


 ライラが思い出しをしたと同時に、最後の仕上げと言わんばかりにエドナが両手を広げて腕を交差し始めた。


 その動きは空気中に浮かぶ水泡同士をぶつけ合って楽しんでいるように見える。


「エ、エドナ!! も、もういいから、もう十分だから早く動きを止めて!」

「うん、分かった~!」


 ライラの必死な声が聞こえたのか、エドナは腕の動きをすぐに止めた。

 それから数十分後――。


「お、驚いたです……ニャ」

「ええ……クリーンって聞こえましたけれど、お姉さまのそれとは全く別な何かとしか言えませんわね……」

「エドナには先に、教えることたくさんある……」


 リズとセリア、ゼッタの眼前に広がっている光景。


 それはお店そのものとそこで働いていた強面の店員、そして何故かライラの着ている装備品までもが光り輝くほどになっていたことだった。

 

 強面の店員たちは自分たちの変わり果てた姿に困惑しているようだ。


「あははは……私も汚れていたってわけか~」


 エドナの隣に座っていたライラの全身も見事に洗浄され、付着していた土汚れを含めてすっかりクリーンになっている。


「エドナ、私にしたことは何だったんだ?」

「クリーンにしたの! それと、除菌! これでむせることなくお肉が食べられるよ」

「じょ、きん……? よ、よく分からないけど、確かにお店ごと綺麗になったみたいだね」

「でしょ! そういうわけなので、お肉を焼いてきてくださーい!」


 エドナの言葉に店員たちは顔を見合わせて、すぐに肩を落とした。


「む、無理です……お肉、しばらく焼けない」

「えっ? どうして?」

「ウチ、黒い焦げが美味しい肉、焼く環境……そうじゃないと美味しくない。綺麗になった、それは駄目。また日を空けて来てください」


 店員にそんなことを言われ、エドナたちは店の外に追い出されてしまった。せっかく食べられると思っていたエドナは納得のいかない表情を見せている。


「何で何で~? お店がせっかく綺麗になったのに~」

「ニャフン……エドナさんは何も悪いことはしてないですよ。でもここではしばらく食べられないので、王都の食堂に行きましょう。そこでならきっと食べられますよ」

 

 みんな呆然となっている中、ジッタはエドナの機嫌を直させながら食堂の方に連れて行くことに。


 ――クリーン騒動から数時間後。


 エドナにとって特に気にする汚れでもなかった食堂で、無事にお肉やパンを食べることに成功。ライラたちも気を取り直してようやく落ち着くことが出来た。


「美味しかった~! あれ、みんなどうしたの?」


 お腹いっぱいになったところでライラたちは王都の外に出る。出たところでエドナはみんなの様子がおかしいことに気づいた。


「もしかして、わたし何かやっちゃった?」

 もしかしなくてもやりすぎちゃったとかじゃないよね。お店もピカピカになったし、黒焦げも無くなって新しい気持ちになったと思うんだけど、除菌力だけおかしいくらいに強化されていたりして。


「エドナのことがよぉく分かった気がするよ。エドナにとってはきっと、白か黒かの世界なんだなぁって感じた」

「え? 白か黒?」

「いや、私の言ったことは気にしないでいいんだ。これからは私もなるべく装備を磨くことを心掛けるよ。うん……」


 ライラはピカピカになった軽装鎧を見つめながら、光輝く大斧を手にして密かな決意をして前を向くことにした。


「……ニャフ。ライラさんのお荷物、お持ちしますよ~」

「ありがとう、ジッタ」


 エドナの行動の源が分かったところで、ライラを先頭にパーティーはレセンガ峡谷を目指すのだった。

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