第12話 魔力試しの森

 フィルジアの隣国アルボルド王国。


 エドナとライラたちは馬車に揺られること数時間ほどで到着する。王門での装備チェックなどは無く、すぐに王都へと案内された。


「エドナさんはこちらへどうぞ~」


 猫族のジッタは街を歩こうとするライラたちに目もくれず、エドナだけに声をかけてきた。それに対しリズが不信感を覚えるが、セリアとライラの勢いに負けてそのまま街の中心部へと引っ張られてしまう。


 ライラたちの姿が見えないことに気づくエドナだったが。


「悪いことにはならないんだよね?」

「そうですよ~。そんなことをするつもりで迎えたわけじゃありませんから、安心してくださいね」


 ライラたちなら大丈夫。

 

 そう思ったエドナはジッタの言葉を素直に受け止めて、街とは逆の王城へとついて行くことに。


 港町フィルジアの同盟、アルボルド王国。


 港町フィルジアを同盟として漁業と工業、鉱石資源が豊かな古い国。行商人との取引が盛んで、数ある王国の中でも恵まれた国の一つと称されている。


 この国もフィルジア同様、様々な種族が暮らしている。その多くはジッタのような猫族で、彼女たちは王国を支える役割をそれぞれ与えられているらしい。


「はわわわ~! お城だ~」

「ニャハハ。驚いてるね~。大きい建物を見るのも初めて?」

「うん、そうかも」


 エドナにとってゴーレム以外では初めて見る大きな建物になる。そのせいか、エドナはここに来てからずっと周りを見上げてばかり。


 王城の中へ通されさらに進むと、王都で見かけた以上に猫族の姿があった。隣を歩くジッタのように、何らかの役割があるのか忙しなく動いている。


「着きました! エドナさんはここで待っててくださいね~」

「う、うん」


 荘厳な雰囲気のある扉の前に着くと、エドナはほんの少しだけここで待たされた。ジッタが会わせたい人がいるようで、その予感があるのかエドナも緊張している。


 すると待たせるつもりがないかのように、重そうな扉が音を立てずに開いた。


「エドナさん、どうぞ~!」

「し、失礼しま~す」


 王の間のように見えるその部屋は、ジッタが着ている臙脂色の装飾がそこかしこに見える部屋で、人ではなく猫族だけしか見えていない。


 中央にあるのは玉座のような大きな椅子で、そこに立派な髭を伸ばした猫族が座っている。その傍らにはジッタと同じ胴衣を着た猫族が二人ほど控え、ジッタは扉の前に下がり、静かに指示を待っているようだ。


「もしかして王様?」


 そこに見えたのは王様の姿をした猫族だった。


「ボクは王じゃないよ、エドナお嬢さん」

「じゃあなぁに?」


 男性の猫族はそんなに見えないせいか珍しい。そんなことを思いながら、エドナはその答えを待つことに。


「正確に言えばボクは人間の王様の代行さ。本当の王は病に倒れてるからボクが代わっているんだ」

「えっ? 王様の代行?」


 代行! まさかこの世界でもその言葉を聞くことになるなんて。だから猫族が王城に多いのかな。


「そうだよ。王様には回復までの間は猫族に任せるって言われてるんだ。人間の姿が無くて驚いたかな?」


 代行なのに猫族ばかりそばに置くのはいいんだろうか。そんな疑問を浮かべながらも、エドナは王様に話を聞こうと姿勢を正す。


「はい、ちょっとだけびっくりしました。それは分かったんですけど、何でわたしだけ呼ばれたんですか?」

「九歳にしては饒舌だよね。まぁ、それはいいんだ。ボクがキミを呼んだのは、キミと魔力試しをやりたいって思ったからだよ」

「……魔力試し? って?」


 王様の話に首をかしげていると、王は玉座から立ち上がり側近を連れて隣の部屋へとエドナに手招きをしている。


 すかさずジッタがエドナのフォローに入って、そのまま隣へ行くことに。


 隣の部屋に移動するとすでに王様の姿は無く、そこに見えるのは床一面に描かれた見たことの無い模様だけだった。


「これはなぁに?」

「転移の模様ですよ~。王様はこの模様から移動したんです。エドナさんもその上の乗っちゃってください~!」


 ジッタの言葉に従ってエドナも模様のある床に踏み入れることに。


「あ、あれっ? お城の中じゃなくて森の中?」


 転移の魔法が瞬時に発動したのか、エドナはまばたきする間もなく、すぐにどこかの森の中に転移していた。


「ニャハ。それじゃあ、ここからはわたしが案内しますよ~! 迷っちゃうのでしっかりついて来てくださいね」


 そう言うとエドナが戸惑う中、ジッタはすぐに前に歩きだした。ここがどういう場所なのか分からないこともあってか、エドナは素直について歩く。


 森の中らしきこの場所は、風に揺られる木の枝や川のせせらぎが聞こえているものの、どこかランバート村に近い感じがあった。


 そうして大人しくジッタの後ろをついて歩くと、だだっ広い広間が目の前に見えてきた。そこには王様と側近の二人、それからライラたちと仲良くしていた騎士たちの姿があった。


「待っていたよ。エドナお嬢さん」

「こ、ここはなんですか~?」

「見て分からないと思うけど、ここは円形の闘技場で訓練場でもあるんだ。奥の方を見てごらん? 多くの騎士が剣を振り回しているよね?」


 王の言うとおり、奥に続く道を見てみると王城では見えなかった騎士たちが武器を使って、思い思いのままに体を動かしている。


「見えます」

「この森はそういう場所なんだよ。王都を守る騎士が訓練する姿は誰にも見せたくない――っていうのが王の意志だからね。ボクもそれに同意しているんだ」


 てっきり人間の王様がいないのをいいことに好き勝手に王として国を動かしてるかと思っていたエドナだったが、猫の王の姿を見て安心を覚えた。


「さぁて、キミをここに呼んだのは規格外の魔力を持っていると聞いているからなんだけど、ボクにその力を見せてくれないかな? もちろん、実戦形式でね」

「ええっ!? 実戦……って戦うってことなの……です?」


 魔力試しと言われたことで、エドナはある程度の予想はしていた。しかしまさか直接それを見せつけることになるとは思っていなかっただけに、戸惑いを見せている。


「そうだよ。精霊を擁するランバート村にいたキミなら、どこかで自分の力を試したいと思っているはずだからね」


 猫の王はフィルジアでのことをすでに知っていた。それだけにエドナが持つとてつもない力は、いずれ災いになりかねないという予感があった。


 エドナもまた、鉱山洞穴をあっさりと崩落させただけで魔物と戦えなかった思いがあっただけに、どこかで戦いたい気持ちだけが残っていた。


 それがここで叶うと知って、エドナは表情を明るくさせる。


「わたし、戦っていいんですか?」

「その為の場所だからね。それに冒険者パーティーの彼女たちがいたら、キミはやりづらいはずだろうからね」

「そんなことは……えっと」

「にぁふふ。言わないから安心していいよ。それじゃあ、始めよう!」


 王の合図を待っていた騎士たちが、一斉に闘技場に集まり始める。そして号令をかけながらエドナの前に勢揃いした。


「え~と、わたしはどうすれば?」

「騎士たちはキミに攻撃を仕掛けない。だから攻撃はキミだけになる。いつでも好きなタイミングで仕掛けていいよ」


 王の言葉に困惑するエドナだったが、標的となる騎士たちはその場から動く気配が無い。動く魔物と違ってやりづらさはあるものの、戦う機会を得られたのは確か。


「そ、そういうことなら、風を起こしますよ~? いいですか~?」


 ここまで言葉を発さずにひたすらに待ち構える騎士たちに声をかけるが。


「楽しみにしてるよ、お嬢ちゃん」

「はははっ、我らの心配など無用! キミの思いきりを期待してるよ!」


 ……などなど、エドナの力を信じていない発言ばかり。


「し、知らないんだから~!!」

 だけど思いきりやっちゃったら、王都を守る騎士さんがいなくなっちゃう気がする。ほんの少しだけでも力を抑えて放たないとね。


 エドナを侮る騎士たちに腹を立てるよりも心配を大きくさせながら、エドナは騎士たちに向けて両手を突き出した。


「え~い!! 飛んでけ~!」


 その直後――。

 闘技場はもちろん、森全体に突風が吹き荒れる。


「ばばばばば……バカなぁぁぁぁぁっ!!? と、飛ばされるぅぅぅぅぅぅ!!」 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「お、お助けぇぇぇぇぇ!!」


 そして王が唖然とする間もなく、次々と騎士たちの悲鳴が森全体に響き渡った。それどころか、闘技場の奥で訓練していた騎士たちもまとめて飛ばされており、瞬く間に猫族以外の者たちがこの場から姿を消すことになってしまう。


「…………あ、あれ? やりすぎちゃった? でもあの、王様。わたしの魔力はどうでしょうか?」


 エドナは騎士たちを全て吹き飛ばしたことを王に聞いてみようとするが、猫王は側近猫と話を始めていて、声が届いていないようだ。


「王様も大変そうだし、森の中を歩き回ってみようっと!」


 騎士の大半を吹き飛ばし次の相手を――と思ったエドナだったが、猫王からの反応が無かったこともあり、エドナは森の中を歩き回ることにした。


「ま、参ったなぁ……魔法すら唱えていないのにここまでの魔力があるなんて。魔力試しをさせたボクにも責任があるよね……どうしようかな」


 あまりの威力に猫王は腰を抜かして驚いていた。側近猫たちも戸惑いを見せているが、冷静な判断を猫王に仰いでいるようだ。


「どうされるおつもりですか、猫王さま」

「あの子は精霊の加護が強すぎるのでは? 問題が起きて村から出されたと聞いております。そうだとするとわたしたちも抑えられません」


 側近猫たちは一様に言葉を揃えてエドナへの警戒を強めている。


「悪気の無い攻撃ほど厄介なものは無いね。でも仕掛けさせたのはボクたちだから、エドナお嬢さんには別の標的をあてがうとするよ。キミたちは騎士団を探しに行ってくれるかい? 恐らくフィルジアの海岸に飛ばされたはずだから」


 猫王の言葉を聞いた側近猫たちはこの場から離れた。それとは別に、猫王はジッタを呼び寄せ内密な話を進める。


「……ジッタ。こっちへ」

「ニャ!」

「キミはエドナ嬢の力になってあげてもらえるかな。あの冒険者パーティーと共にね」

「え、それは……」


 猫王はエドナの力に際限が無いと判断。しかしいつ牙を向くか分からないことを危惧したのか、ジッタに護衛という役目を負わせることを決めた。


「にゃふ。頼んだよ。エドナ嬢は森の中を迷っているようだから、迎えに行ってあげてね」

「分かりました」


 この場からエドナがいないことに気づいていた猫王は森から去り、後のことはジッタに任せることを決める。


「アルボルドの敵……そうしない為にもあの子を助けないと!」


 ひと気を失くした闘技場を後に、ジッタは森の中を迷うエドナを探すことにした。

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