第10話 鉱山洞穴、崩壊する

「う、嘘だろ……!? バルー、バルーはどこだ?」


 エドナが放った風刃らしき魔法の直後、洞穴に荒々しい風が吹き込んだ。それからさほど時間が経たずに、瞬く間にライラたちがいた場所が脆くも崩壊を始める。

 

「逃げた方がいい。やっぱりエドナは規格外……リズたちでは抑えきれない」

「くっ、岩の破片がかすってしまったな。リズ、後で治してくれないか?」

「後でやる。今はそれどころじゃない」

「それにしても、あの子はこの力があって村にいられなくなってしまったのか? とにかく急いで外に出るよ!」

「あの方は?」


 セリアが気にしているのはエラスムスだ。しかし彼はエドナの魔法が発動した直後に、相棒のバルーを探してその場を離れていた。


「エラスムスならバルーを追ってすでにいなくなってる。私らはここが崩落する前に脱出しないとどうしようもならなくなる。だからセリア、急げ!!」

「分かりましたわ。エドナちゃんもどうか無事で……」


 ライラたちが急いで出口に向かう中、エドナは切り崩した岩を通り過ぎ、バルーの後を追って最奥地点にまで到達していた。


「ふぇぇぇ~……びっくりした~。あんなに岩が飛び散るなんて」

 よく見えなかったけど、ライラたちは上手く逃げてくれたかなぁ。岩だけを崩すつもりだったのにどうして洞穴ごと崩しちゃったんだろ。


 エドナは鉱山洞穴の最奥地点に逃げてきた。落ち着いて周りを見てみると、どうやら横穴の奥の方まで進むと外に繋がる穴があるようで、風はそこに向かっている。


 しかしそれよりも目立つのが、足下に広がりを見せている黒い煙のようなものだ。エドナにはそれが何なのか分かっていないようで、煙を確かめようと近づくが。

 

「それに近づいたり吸い込んだら駄目だ!!」


 えっ?

 この声はエラスムス?


「エラスムスさん!? え、どうしてここに?」


 声がしたところに目をやると、顔にすり傷を負っていたり土煙で顔が汚れたエラスムスが壁際に立っていた。


「オレはバルーを追ってここに来たんだ。バルーの行方は分からないが、エドナを見つけることが出来たからそれだけでもいい。冒険者の彼女たちは恐らく出口に向かって逃げて無事のはずだ」


 逃げて来るのに必死だったのか、エラスムスの表情に余裕が見えない。


「よ、良かった~。バルーちゃんもきっと無事だと思う~」

 この奥にある穴から脱出してるはずだよね、きっと。


「……そう願いたいな。それより、エドナ。キミのその力は何だ? 賢者と聞いてはいるが、冒険者の彼女たちさえも手に負えない威力を感じたぞ。オレが受けた傷は大したことは無いが、この鉱山洞穴はもう使えないだろう。何であんなことをしたんだ?」


 エラスムスは腹を立てているでもない言い方で、エドナを見つめている。


「えっと、わたしの力は……たぶんランバート村の加護の力」

「精霊村か。だとすると、エドナが思っている以上の力が働いているってことになるな。いや、キミを責めているわけじゃないんだ。意識しない力であれほどの威力となると、彼女たちでも苦労するだろうなと思ってな」

「ここが崩落するって、それってどうなっちゃうの?」


 叱られているでもないものの、エドナは気まずさを感じた。


「何とも言えないが、隣国の反応を待つしかないだろうな」

「それって、良くないことが起きるの?」

「分からないが、エドナはまだ子供だからな。原因がエドナにあったとしても笑って許してくれると思うぞ」

「そうなのかなぁ……そうだといいなぁ」


 ……そんな簡単なことじゃないと思うけど、みんな無事ならいいな。


「それはそうと、そこから吹き出ている黒い煙だが恐らくそれが原因で魔物が出ていたと思っている。彼女たちが倒してくれたと言っても、それほど脅威的な魔物では無かっただろう?」

「うん。そんな感じだったよ」


 エドナの返事を聞いたエラスムスは顎に手を置いて、小刻みに頷きながら納得の表情を浮かべた。


「……崩落したのはかえって良かったかもしれん。その黒煙が魔物を生じさせ続けるとすれば、この先も魔物は現れるだろうからな。このことは行商人の間で共有することにする。そんなわけだ、エドナは悪くないよ!」


 エラスムスの言葉を聞いた途端、顔を上げられなかったエドナは一気に表情を明るくさせる。落ち込ませていた気分を上げたところで、もう一度黒煙が出ているところを眺めようとすると、いつの間にか黒煙が消えていたことに気づく。


「え、あれれ? 黒煙が出なくなったよ?」

「……ぬ? どういうことなんだ? ……ってことは、魔物が出る心配は消えたっていうのか? いや、しかし……まぁいい。エドナ、ここから出よう!」

「うん、そうしよ~」


 黒煙の心配が消えたことが分かり、エラスムスはエドナの手を引いて明かりが差し込む奥の穴へ向かうことに。


 外に出るかと思われた穴へと足を進めると、そこには希少な鉱石の他に宝石が山のように積まれた祭壇があった。しかもそこにはバルーの姿もある。


「バ、バルー!! 心配したぞ! まさかお宝のにおいまで嗅ぎつけているとは思わなかったぞ!」

「わんわんっ!」


 ……すごい光り輝いてる。バルーはこれをわたしに見せたかったのかな。

 

「手前にあった鉱石なんか目じゃ無いな! こんなことが待っているなんて驚きだ。エドナの力で崩落してなければここにはたどり着けなかったと思えば、エドナには感謝してもしきれないぞ。はははははっ!」

「わわわっ!」

「はははっ! エドナのおかげでしばらく苦労しないで済むぞ~」


 宝の山の発見がよほど嬉しかったのか、エラスムスは喜びのあまりエドナを抱えて何度も抱擁を繰り返した。


 エラスムスに抱っこされながら祭壇を見てみると、そこにある宝石の数々や希少な鉱石はそのほとんどが原石の輝きを保っていて部屋の明るさを保つものとなっている。


 しかしエドナには、その輝きがどうしても罠のように見えてしまっていた。


「ねえねえ、全部持ち帰っちゃうの?」

「そのつもりだ」

「少しだけ残してあげようよ。そうしないと……」


 エドナの勘ではここが全て崩落してしまう上、強い魔物が出てきそうなそんな予感があった。


「ん? この部屋に仕掛けのようなものがあると言いたげだな。エドナにはそれが分かるのか?」

「ううん、何となくそう思ったの」

「……ふむ。キミがそう言うなら宝石類は置いておくか。ここで厄介な魔物が出てもオレにはどうすることも出来ないからな」


 エドナの言葉を素直に聞いたエラスムスは、祭壇にある希少な鉱石だけを袋に入れてその場を離れようとする。


 するとエラスムスの足下の床が沈み込み、壁に見えていたところから出口が現れた。


「おおっ? 罠じゃなくて出口が現れたぞ! 欲張って宝石まで取っていたら重さで床がさらに沈み込んで罠が動いていた可能性があったってことだな。危ないところだったわけか。助かったよ、エドナ」

「何となくそんな感じがしただけだよ~」


 エラスムスは抱っこをしたままのエドナに笑顔を見せながら、鉱山洞穴の祭壇部屋からバルーと共に無事に脱出に成功。そのまま宿へと戻ることにした。


 宿に戻ると、そこには先に逃げのびていたライラたちの姿があった。眠っているエドナを抱えながら入って来たエラスムスに気づき、ライラがすぐに寄ってくる。


「エラスムスさん。あなたが無事に戻って来て何よりだよ。眠っているエドナもね」

「心配かけてすまなかったな。バルーも無事に会えた。その、エドナのことはどうか叱らないでやって欲しい」

「……何があったかは聞かないけど、エドナに助けてもらったんだね?」

「ああ」

「それなら何も言うことは無いよ。問題はむしろこの後だろうしね……」


 フィルジアの人間が管理していた鉱山洞穴。


 それが一部を残して崩落した事実はすぐに伝わる。それが分かっているだけに、エラスムスもライラも表情を暗くするしか無かった。

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