第9話 バルーの導き
「おっと、その前にオレから提案があるんだが聞いてくれるか?」
ライラたち冒険者パーティーが加わったことで信頼を得ようと思ったのか、エラスムスが彼女たちに相談を持ちかけてきた。
「何かな? 私らのことなら気兼ねなく呼んで構わないよ」
ライラの言葉にリズとセリアも無言で頷いている。
「もちろんそう呼ばせてもらう。そうじゃなくて、実はオレには索敵能力が備わっているんだ。今までここには魔物が出る心配が無かったからその必要も無かったんだが……」
「ええっ!? そ、そうなの?」
エラスムスの告白にエドナが真っ先に声を上げた。
「ああ、そうなんだ。もちろん隠していたわけじゃない。もしエドナがあのまま奥まで進んで行っていたら、その時に教えようと思っていただけでね」
エラスムスはそう言いながら、エドナに手を合わせて謝っている。その様子に、ライラはエラスムスの背中を叩きながら屈託なく笑ってみせた。
「それは私らとしても助かる! 恥ずかしながら索敵能力は持ち合わせていないんでね。しかし魔物が出る前提の洞穴を進むんなら、その能力はありがたい」
「……感謝する。大岩が現れたのは謎だが、この先しばらくは魔物が出る心配は無いからバルーの嗅ぎつけに従って動いてくれ」
索敵持ちのエラスムスの言葉を信じて、バルーの後を追うことに。
「……ところで、エドナ。気になっていたんだが、懐に見えるのは武器なのか?」
前に進もうとしたところで、エラスムスはエドナが武器を携えていることに対し声をかける。エドナがいくら賢者を名乗っていても、素手であの大岩を砕いたとは到底思えなかったからだ。
「うん、そうだよ。見る~?」
エドナはそう言うと、惜しげもなく持っていた剣を見せる。
「これは――朽ちている短剣か? そうなると武器としては全く使えそうに無いな」
「う~んとね、いずれ時が来たら使えるようになるんだって!」
「ほぅ? それは楽しみだな」
「うん!」
ランバート村のサラから貰った朽剣はいつか使えるようになる――エドナはその言葉を信じ、武器を自分の懐にしまった。
「エドナは魔法、使える?」
隣を歩くリズがエドナの顔を横から覗き込みながら訊いてくる。そんなリズにエドナは、首をかしげた。
もちろん!
……なんて言葉を素直に出せるほど、魔法を使った試しが無かったからだ。
「エドナは魔法が使えなくても強い。それなら守る必要は無いと判断する。いい?」
エドナの曖昧な態度だけで判断したのか、感情をほとんど出さないリズは前を向いて速足で歩き出した。
ライラとセリアが話しやすい反面、神官のリズだけはあまり得意じゃない。エドナはそんなことを思いながらリズについていく。
鉱山洞穴をしばらく道なりに進むと、先頭にいるバルーのほえる声が響いた。その声に反応したライラが素早く動こうとするが。
「あ~、違う違う! ライラ! バルーがほえた時は嗅ぎつけの合図なんだ。だからここから先はオレに任せてくれ」
「そうならそうと先に言ってもらわないと困るよ」
「悪い! とりあえず、今のところ魔物は索敵に引っかかってないから気楽に待ってていいぞ」
「……ったく」
ライラは呆れながらエラスムスを見送るしかなかった。
「彼が鉱石採掘の間、わたくしたちは退屈になりますのね」
「だな。魔物でもいれば紛らわせることが出来たのに」
……などと、ライラたちが呟いた直後。
「すまん!! 鉱石に混ざって魔物が生じた! そっちに逃げたから対処頼む!」
言ってるそばからと言わんばかりに、黒く動くものが近づいているのが見える。
「コウモリとシーゾンビってとこか。私はシーゾンビを叩く。セリアはコウモリを!」
「承知しましたわ!」
かけ声とともにライラは大斧を手にして、シーゾンビと呼ばれるトカゲをめがけて大斧を振り上げながら迎え撃ち、セリアはその場で風を起こして向かってくるコウモリに放つ。
エドナにとって初めての光景だった。そのせいか、自分も戦ってみたいという気持ちが抑えきれないのか、戦うライラたちの元に歩きだしている。
しかし、前へ行こうとするエドナを手で遮ったのはリズだ。
「駄目。ここはリズたちの戦闘。エドナじゃない」
「ええ~? 戦えるのに~」
「……そうだとしても、まだ駄目。大人しくしてて」
レンケン司祭に任された責任を感じているのか、リズはエドナの行動を抑えようとする気持ちが強い。
「てぇぇぇぇい!!」
ライラの振り下ろし攻撃が命中したのか気合いの声を上げた直後、ピギィィィ。といった寄声を発してシーゾンビが地面に倒れていた。
その一方、セリアも風魔法を発動させ、通路を塞ぐように飛んでいたコウモリ数匹を裂きながら岩壁への衝突を誘っている。
「風よ……!」
セリアはささやく程度の唱えを発動させてコウモリを見事に撃退。辺りは再び静寂に包まれた。
「――よし! ドロップは砂利か……。ん? どうしたエドナ? 私らの戦いがそんな面白かった?」
わたしって、そんな前のめりになって眺めていたのかな。リズが止めてたからそれ以上前に出ることが出来なかっただけなんだけど、攻撃してみたい気持ちが出ちゃったのかも。
「無理もありませんわね。村の外に出た時もそうでしたけれど、襲い掛かる魔物に遭遇したのは初めてでしょうし、怖さを感じたのでは?」
「ううん、全然怖くないよ」
「あ、あら? そうなのね。まさかですけれど、戦いたい……なんて思ってたりします?」
「うんっ!」
エドナの即答にセリアは困惑し、ライラは首を横に振って呆れた表情を見せている。
「……ライラ。次に何か出たらエドナの力、見てみる?」
「ええええっ!? お姉さまがそんなこと言うなんて!」
ライラたちがエドナの元に戻ってきたところで、リズがエドナを見ながら口を開いた。いつもは感情を露わにしないリズが自ら話すことにセリアだけが驚いている。
「えっ、いいの?」
素直に喜ぶエドナ。
そんなエドナよりも、ライラはリズの発言が気になるようで少し不機嫌そう。
「へぇ~リズにしては寛大な心だね。どういう変化?」
「何も。ただ、本当に力を示せるとしたらここで見ておきたいと思った。それだけ」
「セリアはどう思う?」
「わたくしはお姉さまが言うことに反対なんてありませんわ。ライラはどう思っていますの?」
エドナが何も言えない中、ライラはエドナの目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「エドナはどうしたい? 魔物と戦いたい?」
「うん! わたしも経験してみたいの」
ライラの問いかけにエドナは握りこぶしを作って、やる気を見せた。
「……う~ん。預かっている身であまり自由にさせちゃ駄目なんだけど、エドナの力をきちんと見てみたい気持ちは私らにもあるし、次に魔物が出たら考えてみるよ。それでいい?」
ライラなりに考えた答えのようだ。
「大丈夫! わたし、賢者だもん! エラスムスさんにも同じことを言ったんだけどね~」
「でも、危ない目に遭わせるつもりは私らには無いから、戦っていいと判断するまで手を出したら駄目だよ。いいね?」
「は~い」
魔物を相手にすることに慎重だったライラもエドナの賢者としての強さが気になっていたのか、渋々ながら戦うことを認めてくれたらしい。
本当に平気なのにどうしてそんなに考えるのかな?
ランバート村のゴーレムを間近で見てるはずだし、どうやってゴーレムが崩れたのかも見ていたと思うのに。
「お~い! 彼女たち、こっちに来てくれ!」
エドナに実戦を積ませることを理解したところで、エラスムスの呼ぶ声が届いた。ライラとセリア、リズについて行きながらエドナも一緒になって彼がいるところに向かう。
これまでは狭い岩壁の通路を進んでいた一行だったが、エラスムスに呼ばれたところは、天井が高い広い空間のような場所だった。
人工通路と違い、薄暗い空間でエラスムスはピックと呼ばれる道具を使って、鉱石を掘りだしていた。
「なんかイイものが取れたの~?」
「ああ。魔物が岩の隙間から出てきたのは驚いたが、魔物がいただけあって希少な鉱石が出た」
「あれ、バルーは?」
嗅ぎつけ犬であるバルーも一緒かと思えば、この場にはエラスムスしかいない。
「あいつはさらに奥に進んでいった。声がしないから探し回っているんだろうな」
バルーがほえる時は、近くに鉱脈があるといった意味がある。しかしその声も無くどこかを嗅ぎまわっているという。
「だ、大丈夫なの? 魔物とか出たりしたら……」
「逃げ足は速いからな。それにオレの索敵には魔物の反応が無い。だから問題は起きていないはずだ。エドナは何か気になっているのかい?」
「んとね、もしまた魔物が出たらわたしが戦ってみたいんだ~」
「えっ? ライラたちの反対は――むっ?」
エラスムスは真意を確かめるようにライラたちの表情を窺おうとするが。
「ははっ、ははは……彼女たちの頷きを見ただけで理解しちまうな。冒険者パーティーに認められてるってのはマジな話だったわけか。そういうことなら分かったよ」
大岩の件も確かめたいと思ったのか、ライラたちの頷きに同意することに。
「わんわんわんっ!」
エドナが戦うことに理解を示したところで、バルーが戻ってきた。戻ってすぐに、バルーはエドナのローブの袖を噛んで、まるでついて来いと言わんばかりに引っ張り出した。
「えっ? わたしについて来てって言ってるの?」
「わんっ!」
思わずエラスムスを見るも、
「魔物の反応は無い。オレたちもあとをついて行くからバルーの言うとおりにしてやってくれ」
「う、うん」
飼い主であるエラスムスが認めたので、バルーの引っ張りに素直に従って薄暗い空間を進むことに。犬の足の速さのせいか、ライラたちと若干の距離が空いた。
「何だろ~? 何でバルーがわたしだけを?」
もしかして、わたしだけに教えてくれる秘密の宝箱とかあったりして。
大小ある岩を避けながらバルーについて行くと、そこには犬と子供くらいしか通れない細い岩の通り道があった。
「もしかしてここを入って行くの?」
「わぅ!」
「ちょ、ちょっと待ってね。どうしよう……でも、ライラたちが通れそうにないし行くしかないのかなぁ」
バルーに導かれたとはいえこのまま勝手に進むわけにはいかないと思ったエドナだったが、彼女らが追い付いてきたのが見えたので大人しくその場で待つことに。
「やれやれ、やっと追い付いたな。エドナ、バルーはもっと奥に進もうって言ってるか?」
「そうみたい。でも……」
「あぁ……こりゃあ狭いな」
目の前に見える狭い通り道を眺めながら、エラスムスはため息をついている。
「エドナ~! 待たせちゃったね。って、何をしてる?」
エラスムスに続いてライラたちも追い付いてきた。
「えっとね……」
エラスムスと同様に、目の前に見える細い岩の通り道に目をやると。
「……あぁ、この細さだと私らは通れないのか。セリアの魔法で削れる?」
ライラはすぐにセリアに窺うが。
「そうですわね……部分的に魔法をぶつけるのは難しいと思いますわ」
「セリアなら出来そうだけど」
「自然に出来た岩を削るとなると、結構神経を使うことになりそう……」
ライラたちが先へ進めないことに悩んでいるところで、エドナが手を挙げる。
「……ん? 手なんか挙げて何かあるの? エドナ」
「ちょっとやってみるね!」
「――え?」
ライラたちは一斉に困惑するが。
その最中、エドナは上げた手を交差させる。
「ウインドカッター!! だったかな……?」
そして閉ざされた岩に向かって声を張り上げ、風を扇ぐように思いきり振り下ろしていた。
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