コスモス

白雪ちゃん

1


 雅也が死んだ。事故だった。トラックに轢かれ、即死だったらしい。運転手は大量に飲酒していて、泥酔状態だった。

 留学先にいた私は報せを受けて一週間先だった帰国を急遽変更してすぐに帰った。

 私は冷静だった。やけに頭が冴えていて、夢の中で第三者になって映像を見ているような感覚だった。

 閉じられたままの棺に現実感がないまま葬儀は終わり、すべてがあっという間に過ぎていった。

 そして今日、私は雅也と二人で暮らす予定だったアパートへ入居した。

 雅也の両親であり、私の保護者でもあるおじさんとおばさんには、私が一人でここに住むことを心配して反対されたものの、説得の末、渋々ながらも最終的には許してくれた。


 ──あきちゃん、本当に大丈夫なの?


 電車に乗る前、見送りに来ていたおばさんに確認するように聞かれたけれど、とんでもない。雅也と私は家が隣同士で、私達はずっと一緒に育ってきた。中学生の頃、両親を亡くして身寄りのなくなった私を救ってくれたのも、「前からうちの子みたいなもんだったじゃない」と笑って私を引き取ってくれたおじさん、おばさん夫婦と、ずっと側にいてくれた雅也の存在だった。

 長い時間を過ごしてきたあの家には、雅也との思い出が、雅也の声が、匂いが、色濃く染み付いていて、どこでもいいから、少しでも早く出て行きたかった。

 違う物件を探すことも提案されたけど、すでに手続きが済んでいたここへ、逃げるように入居を決めた。


 くすんだクリーム色の古びた外観とは違い、初めて入った部屋の中はきれいに設られていた。壁も床も天井も、ドアまで白に統一されていて清潔感がある。けれども、家具などの物がほとんどないこともあってか、なんだか病室のようだ。私は床に座り込んで息をつき、そのままずるずると寝そべった。夏だというのに、艶のないフローリングの床はひんやり冷たい。それを気持ちいいと感じてすぐ、冬はきっと相当な寒さになるんだろうと、ぼんやり思った。

 中に入るのは初めてだけど、このアパートには前に一度、訪れたことがある。

 留学先から少しの間戻って来たとき、雅也が「友達にいい物件を教えてもらったから一緒に行ってみよう」と嬉しそうに言うので来てみたのだ。

 外から見ただけだったけど、あの時もアパートは今と変わらず古びていて、すっかり期待していた私が思わず、「ボロボロじゃん!」なんて吹き出したら、隣で同じように見上げていた雅也に、「そこはしょうないだろ!」と拗ねられた。

 帰り道、まだ笑っていた私に、「二人で暮らせるなら、俺はどこでもいいんだよ」と珍しく恥ずかしそうに言った雅也の声はまだ、私の耳にしっかりと残っている。

 幸せだった、本当に。あのときは確かに、午後の陽を浴びたクリーム色の壁に、暖かな優しさを感じたのに。今日はとても、寂しく見えた。

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