第19話 愛の告白!?2


 皇女暗殺未遂事件が収束してから、アデウスはその後処理に追われた。

 辺境騎士団のオリヴァー・シュミット大尉と共犯者であるヴェルナーの両名から引き継いだ書類を、カールと手分けをして公判の極秘資料としてまとめる仕事をすることになってしまったからだ。

 通常の公判ならば、マティウス裁判官の補佐官がそれを担当するが、今回は極秘扱いなので部外者に頼みたくはなかった。

 そのため、自分が内容をまとめると申し出たわけだが、根っからの武人であるアデウスにはなかなか難儀だった。他の裁判も抱えている、マティウス裁判官の心的負担を排除するために言ったことを、今更後悔した。

 朝の訓練と隊長としての指令業務、他の小隊長との打ち合わせ……それらに慣れない書類仕事が加われば、さすがのアデウスも疲弊する。

 皇女宮の一階で書類を前にして、アデウスとカールが渋い顔をしているところにグラストン大神官がやってきた。

「お元気でしたか、ゲーリング卿? 本日は皇女殿下にご挨拶に参りました」

「……ああ、大神官様! お久しぶりでございます!」

「聖女様が皇女殿下とお話をされているので、こちらにご挨拶に伺いました。何やら、二人だけで話がしたいということでしたので」

「そうですか……!」

 それを聞いて、アデウスは不安になった。

(聖女様は、殿下にいじめられていないだろうか?)

 心配になるが、おそらく人払いをしたのはルドヴィカのほう。アデウスが二人の間に入って行ったら皇女に癇癪を起こされてしまうだろう。

 いささか不安は残ったが、ユレニアであれば一人で何とか対処できるだろうと気を取り直す。

「大神官様、ここの庭園をご案内しましょう」

 慣れない文書作りにしかめ面をしているカールを置いて、アデウスは大神官を連れて外に出た。

 とにかく、彼に確認したかった。聖女と皇女の体が入れ替わっている状況がいつ解消できるのか――。

 密談ができそうな裏庭まで辿り着いてから、おもむろに話を切り出す。

「グラストン大神官様……お二人の体と心が、入れ替わってしまっていることはご存じでいらっしゃいますよね?」

 それを聞いて、大神官は申し訳なさそうに俯いた。

「そうなのでございますよ。聖女様が長い眠りから覚めた時、私もそれを知って驚きました」

「ほう……ちなみに、どのようにでしょう?」

 興味本位で、アデウスは大神官に詳細を聞いた。

「こんな地味な服は着られない、食事が粗末すぎる、仕事がしんどすぎる、入浴に薔薇の香油がないなんて信じられない……挙げ句の果てに、若い金髪の修道士に迫る……など、どう考えてもユレニア聖女様の言動とは思えないものばかりでして」

 黙って聞いているだけで、ふつふつと笑いが込み上げてくる。

 あの厳かな教皇庁で、そんな言動をできるのは後にも先にもルドヴィカしかいないだろう。

 笑いを噛みしめながら、アデウスは大神官の労をねぎらった。

「それは大変でしたね。一日観察していれば、本人が否定したとしても大神官様であればお気づきになるでしょう」

「ええ、もちろんです! 食事の調整や薔薇の香油を購入する程度なら、私の貯蓄で何とでもいたしますが、聖職者としてはそのぉ……聖女様の純潔を危機に晒すことは、これっぽっちも望んでおりませんから!」

 ――もちろんだ!

 アデウスは心の中で、力強く頷いた。

 この国の最高権力者になるルドヴィカなら、純潔だろうが貞淑だろうがどうでもいいだろう。『薔薇の園』とかいう謎のハーレムを作った彼女に対して、それを望む者は誰ひとりいない。

 もしいるとしたら、公然の恋人であるロベルシュタイン公爵くらいである。

 しかし、ユレニアはごくふつうの清らかな乙女に見える。

 少なくとも、アデウスの第一印象はそうだったし、実際、彼女と接してみてそうだと思っている。

 そして、これからもそうであってほしかった……できる限り、ずっと。

「さすがです……! 聖女様は誰よりも清らかな存在でいらっしゃらないと!」

 アデウスは、大神官の配慮に心から感謝した。

 思慕している乙女の肉体が、ルドヴィカ皇女に好き勝手にされたらたまったものではない。相手の美形修道士だって、神に背くような真似をさせられては、そのまま教皇庁にいられなくなってしまうだろう。

「さすがゲーリング卿、話が早い。そういうわけで、私は皇女殿下の体に聖女様の魂が入られたと悟ったわけでございます。とにかく、ルドヴィカ様にはおとなしく過ごしていただけるようお願いして、聖女様あてに手紙をお送りしようとしていたところ、聖女様のほうからお手紙が届きまして……」

「聖女様も困っていらっしゃいましたからね……」

 アデウスはため息混じりに当時のことを思い返した。

 最初の頃、ルドヴィカが作った謎のハーレムに入れられて、どんなにユレニアが心細かったかと思う。

 アデウスに本当のことを話すまで、彼女はこの皇宮で一人きりで我慢してきたのだ。

 しかし、大神官がここに来たのなら、皇女と聖女の入れ替わりが元に戻される日も近いはず。

 そう思った途端に、アデウスの胸にちくりと微かな痛みが走った。

(そうしたら……聖女様と、もう会えなくなってしまうのか……)

 自分が辺境騎士団の所属のままであればよかったのに……そんな後悔が湧き起こる。

 辺境地域であれば、教皇直轄領に隣接しているから、教皇庁に行くことも距離的にむずかしくはない。

 ところが、皇宮に常駐する身となった今では、ユレニアに会おうとすれば片道で一週間もかかってしまう。

 それを考えると、二人の体と心が入れ替わった神の悪戯は、アデウスにとってはまさに好機だったのかもしれない。

(この気持ちを、伝えなくては……聖女様が辺境に戻る前に)

 それは、前々から決意していたこと。

 アデウスはユレニアから色よい返事をもらえる自信がなかった。

 ――そもそも聖女は、皆から崇められる存在……そして、清らかでいなければならない存在だ。

 代々、聖女は同じ教皇庁に属する聖職者と結婚することが多い。アデウスのような無骨な軍人には、見向きもしないだろう。

 それに、たとえユレニアと想いが通じ合ったとしても、都と辺境では距離が障害になる。

 往復で二週間かかるようでは、恋人になったとしても手紙のやり取りしか交流する手段はない。

 それも、アデウスの気持ちをきちんと伝えなければ、返事をもらうことさえ叶わない。

(……そばにいてくれなんて、そんな大それたことを言うことはできない。でも、いつかまた彼女に会えたら……)

 アデウスは心密かにそう思った。

 そのためには、とにかくユレニアに対して今後もつながりを持ちたいと伝えなければならないのだ。

「大神官様……皇女殿下と聖女様の交替の儀式は、いつ頃されるご予定ですか?」

 アデウスの問いに、大神官は笑顔を見せた。

「喜んでください! 明日、ディズレー枢機卿がこちらにいらっしゃるのです!」

「えっ……!?」

「驚かれるのも無理からぬ話かと思います。枢機卿は多忙な方ですから……しかし、皇女殿下の御身に関わる話でありますし、ご自身のされた秘術の悪影響を気にされているのです。他の仕事を調整して、明日の午後には術をやり直すと約束していただいております」

 思っていたよりも、早い展開だった。

 建国祭の辺りまではそのままユレニアが都に留まってくれるのではないか、と根拠もなく考えていたアデウスである。

 正直、ディズレー枢機卿ほどの大物がそこまで迅速に都に来られるとも思ってもいなかった。

(聖女様は、近々旅立ってしまうのか……)

 前々から予期していたこととは言え、それを実感するとアデウスの心に冷たい風が吹き荒れた。

 やはり、きちんと話をしなければいけない。言わないで後悔するよりも、言って後悔したほうがいい……そう、アデウスは思った。

 これまで見た目の良さもあり、色々な令嬢から想いを寄せられてきたアデウスだが、自分から誰かをここまで恋い慕うことは初めてだった。

 胸が高鳴ったり、彼女に馴れ馴れしくするロベルシュタイン公爵に殺意が湧いたり、まるで自分らしくない心情になる。

 ユレニアの近くにいられれば、それ以上のことを求めなくとも満足できる。彼女が自の存在を認め、笑いかけてくれるだけで十分満たされるものがあった。

 しかし、それは彼女が近くにいれば、の話。

(あぁ……しかし、聖女様にこんな想いを向けていると知られたら、彼女は俺のことをどう思うだろう……?)

 決心したけれど、聖女のイメージがあまりに清らかすぎて告白の勇気は揺らいでしまう。

 そんな彼らに手を振ってくる女性の姿が見えた。

 銀髪でほっそりとした肢体の可憐な乙女――ユレニア聖女の体を持ったルドヴィカだった。

 周りに人がいないことを確認すると、ルドヴィカはアデウスに歩み寄った。

「久しぶりじゃない、ゲーリング卿」

「お……お久しぶりでございます、皇女殿下」

 ユレニアの見た目をした皇女にどう接していいかわからず、アデウスは微妙に挙動不審になってしまう。

 銀色の癖のない髪に、淡いブルーの双眸。愛らしい顔立ちも……アデウスの好みのタイプだったから。

(……待て! 俺は外見じゃなく、聖女様の中身が好みだっていうのにっ!)

 頬を赤らめるアデウスに、ルドヴィカは意地悪な笑みを浮かべた。

「あら、どうしたって言うの? 柄にもなく恥ずかしがっちゃって。この顔と体がそんなにお好みだとは思わなかったわ」

「ち、違いますっ!」

「まぁ、そんなことはどうでもいいわ。あなたの報奨のことで話があるから、折り入って話がしたいの」

「報奨……?」

 アデウスは何のことかわからず、首を傾げる。

 グラストン大神官には皇女宮の客間で待ってもらうよう伝え、アデウスはルドヴィカの後に付き従った。

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