第11話 神聖力の検査2
「わ、私が……でございますか!?」
慌てるリカルド神官に、ユレニアは畳みかけるように続ける。
「もちろん。他に誰がいると思っているのです?」
「……ですが、私がここに参りましたのはあくまで皇女殿下の神聖力の検査のためでして、私が神聖力を披露するためでは……」
懐から出したハンカチで額に浮き出た汗を拭う神官の様子に、それまで黙ってやり取りを見守っていた皇帝も身を乗り出した。
「神官殿。わしからもお願いできるか?」
「陛下……!?」
神官は高座にいる皇帝に視線を向けた。
「わしも昔、皇女と同じように皇位継承の前に三回検査を受けさせられたのだ。その度に、検査を担当している神官たちの神聖力はいかほどかと疑念に思っておった。おそらく、皇女も同じような気持ちでいるのだろう」
「まさにその通りですわ、陛下!」
予想しなかった援護射撃を、ユレニアは心強く思った。
何とかはぐらかそうと躍起になっている神官も、皇帝の命令とあらばその能力を披露せねばならなくなる。
(どうしても、目撃者が必要なの……皇帝陛下にその役割をさせるのは、すごく心苦しいんだけど)
ユレニアはちらりと皇妃のほうを窺った。
(そうでもしないと、この事態を収拾できないわ)
元から色白のアデライードだが、今は血の気が引いてまるで病人のような顔色になっている。
「……あら、皇妃殿下。どうなさいましたの? 具合が悪そうですけど」
「えっ……いえ、そんなことはありませんわ」
咄嗟に微笑を取り繕う皇妃に、ユレニアは扇を口元に当てて笑いを隠した。
「わたくしの勘違いならいいのですが。こんなところで、皇妃殿下が体調を崩されたらマルク皇子も悲しむと思いますわ」
「……そうね……」
皇妃の魂胆に気づいたユレニアは、彼女が失脚したらマルク皇子の今後に悪影響を及ぼす、と暗に釘を刺した。
十中八九、この神官は神聖力を使う異能者ではない……黒魔術師だ。
見た目をリカルド神官に似せていることから、高い能力を持っていることだろう。しかし、黒魔術師が姿かたちは似せられても神聖力までも似せることはできないのだ。
リカルド神官として黒魔術師がここに来て、ルドヴィカ皇女の神聖力を計るのには理由がある。
神聖力を持つ者同士で行うからこそ、神聖力の検査は成立する。
もし、他の異能の持ち主が検査をしたとしても、ユレニアが発する神聖力は相手の持つ異能に吸い取られ、正しい判断ができない。
……それが、この偽者の神官を遣わした誰かの狙いだろう。
ルドヴィカ皇女の異能を実際よりも低く判断して、マルク皇子のほうが優れているという印象を皇帝に与えたいのではないだろうか。
(その誰かっていうのは、どう考えても皇妃様しかいないんじゃない?)
ユレニアはそう思って、俯いている皇妃に視線を移す。
「……貴殿は、何をためらっているのだ?」
皇帝は少々苛立ったように、無言のまま立ち尽くしている神官に声をかけた。
「わしはこの後も謁見や執務を入れているのだ。貴殿が神聖力を見せないと申すのなら、皇女も検査をする必要はあるまい」
「申し訳ございません……しかし、私は……」
しどろもどろになっている神官は、助けを求めるように皇妃に視線を投げかけた。
「……リカルド神官様。残念ですわ。神官様のお力を見られると思って、楽しみにして参りましたのに!」
ユレニアは晴れやかな笑みを浮かべて、神官を見つめた。
「次にお会いする時には、ぜひともわたくしにお力をお見せくださいませね」
「わかりました……皇女殿下」
肩を落としたまま、リカルド神官は辞去の挨拶をした。
「教皇庁に伝えておけ。次回、皇女の神聖力検査をする時には、枢機卿以上の位の者が直々にここに来るように、とな」
「かしこまりました、陛下。では、私はこれにて……」
面子を潰された形の神官だが、なぜか安堵したような表情をしているのをユレニアは見逃さなかった。
(結局、この人も誰かに言われて来ただけでしょうからね……)
それを思うと、哀れにも感じてくる。
しかし、この茶番のために貴重な時間を無駄にした皇帝は眉間に皺を寄せていた。
「まったく……あやつ、神聖力など持っていないのではないか? 別途、教皇庁に人を遣わせて確認するべきであろうな」
その言葉に、ユレニアは苦笑した。
皇帝ももしかしたら、神官を見た瞬間から不審な印象を抱いていたのかもしれない。
ユレニアのように本人を知っているわけではないから、気のせいで済まされる可能性もあるが、神聖力を持つ皇帝であれば微かな違和感程度は察知しただろう。
その微妙な感覚というのは、同種の異能を持たない者にはわからない。
それゆえ、皇妃も神官役の魔術師も浅はかな計画をしたのだと思った。
「……これで、所用が済んだと考えてよろしいでしょうか? 神聖力の検査が必要であれば、教皇庁の方がいらっしゃった時にまた伺いますわ」
「ああ、皇妃も今日のところは満足しただろう。わしは皇女を信じているから、四度目の検査は不要だと思うが、な」
この件を言い出したのが自分だと公言されて、皇妃は一瞬困惑した表情を浮かべたがすぐに取り繕った笑みを浮かべた。
「……も、もちろんでございますわ……」
「では、また夜会の席でお会いしましょう」
優雅なお辞儀をして踵を返した瞬間、悔しそうな顔をする皇妃と視線がぶつかった。
(ごめんなさいね。もう、そんなに皇妃様のこと、怖くなくなったわ)
この場をやり過ごした安堵から皇妃に婉然と微笑みかけ、ユレニアは彼女を待つ二人の騎士のほうに歩いて行った。
「お見事でございました、殿下」
他の騎士の手前、小声で賞賛するアデウスにユレニアは頬を赤らめる。
「ありがとう、ゲーリング卿のお陰だわ」
「私は何もしておりません。すべて、殿下のお力です」
彼の言葉に、あたたかな感情が胸にこみ上げてくる。
(やっぱり、アデウス様は素敵な方だわ)
皇宮の豪奢なエントランスホールから外に出て、皇女宮への道のりをアデウスと共に歩いていく。
こんな風に腕を貸してもらって、心臓の音が聞こえそうなほど近くに好きな相手がいる。
ユレニアの一生の中で、こんなときめきを感じる日々はそんなに多くはないだろう。
様々な偶然が重なり、アデウスと再会できた。
たとえ、彼に想い人がいたとしても、叶わない恋愛だとしても、ユレニアにとって彼の存在がこの上なく大事だということには変わりはない。
なぜなら、アデウスは彼女がルドヴィカではないと知っても、忠誠を誓ってくれた。
この心細い状況で、味方になってくれる人物に心を寄せるのは当然のこと。
その信頼関係があるからこそ、ユレニアは先ほどもうまく立ち回ることができた。
アデウスが後ろにいてくれるから、四面楚歌に思える状況でも混乱せずに判断を下すことができたのだと思う。
これまで、聖女として多くの人々と出会ってきた。アデウスよりしつこく言い寄ってきた男もいないことはなかった。
それでも、心に残ったのはただ一人……アデウスだけ。
だから、この幸せな一瞬一瞬をずっと記憶に留めておきたい。
美しい庭園の景色と彼の逞しい腕の感触に目を細めながら、ユレニアは心密かにそう思っていた。
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