七羽 いざ、相対す
門の内側のあきれ果てるほどの豪奢さに、隼はだらしなく開きそうになった口を慌てて閉じた。庭に立ち並ぶ金色の木々は作りもののように見えるが、風にしなる枝の動きは妙にリアルだ。
もの珍しさについ目を奪われそうになるが、あまりきょろきょろしては舐められる気がして、隼は斜め前を先導するツクヨミの背中を見続ける。
金の木立を抜け、池にかかる橋を渡って辿り着いた屋敷の建物は、都の家々と違って人に合った大きさがあった。ツクヨミが人の姿をしているのだから当然といえば当然だ。ただ、そうして見たとしても、丹塗りの柱が目を引く屋敷は、隼の生家である月乃浦神社の社殿よりずっと広大であることは、歴然としていた。
「さあ、そちらへ」
ツクヨミがお膳の一方を示した。隼はそれには従わず、立ったままツクヨミをにらみ据えた。隼の強固な姿勢を見てとって、ツクヨミは息を漏らすように笑い、たいそう
誘うような流し目を向けられ、その雅やかさが妙に癇に触る。芽生えた対抗心から、隼は持ちうる最大限の上品さで、ツクヨミの向かいの膳についた。
肩からはずしたスポーツバッグを隼が横に置くと、二人の着席を待ち構えていたように、奥の
「召し上がれ。飲み交わしながらゆっくり話そう」
ツクヨミが親しげに言い、そばにやってきたウサギが隼に盃を差し出した。一足先にツクヨミは盃を傾け、唇を湿らせている。隼はここまでくるまでにかなり喉が乾いていたが、出されたものを口にするわけにもいかず盃を断った。そうでなくても、高校生の身で酒類と思しきものを飲むわけにはいかない。
隼はつばを飲み込んで喉の渇きと空腹を誤魔化しながら、膝の上で拳を握った。一方でツクヨミはウサギに脇息を持ってこさせ、体を斜めにしてごくくつろいだ様子で盃を空ける。
「それで、なんの用だったかな。
やおら、ツクヨミから切り出した。隼は握った手の平が汗ばむのを意識しながら、一語ずつはっきりと声にした。
「有理沙がここにいるって聞いた」
ツクヨミの涼しい目元が素早く細まった。
「なるほど。それで?」
「有理沙を返してくれ」
力を込めたあまり、隼の声は震えた。ツクヨミが、ほのかに笑った。けれどそれ以上の反応はせず、二杯目の盃を空け、なにごともないように里芋へと箸を伸ばす。
「
品よく、それでいて幸福そうにツクヨミは里芋を頬張り、隼は眼差しと声をさらに尖らせた。
「いい大人がはぐらかすな。有理沙を返せ」
いら立ちを隠さない隼に、ツクヨミはため息のようなものをついた。
「落ち着きなさい。有理沙は確かにここにいる。だからこそ焦らずともよい。餅の数は足りるか。
だんっ、と。隼は拳で床を叩いた。
「ここのものは食べない。そっちの作戦は知ってるんだ。早く有理沙を返せ。有理沙はどこにいるんだ」
咀嚼したものを飲み込んだツクヨミは、なお余裕ありげに脇息に頬杖をついた。
「わたしを知っていたことといい、どうやら
「ぼくが教えた」
ツクヨミの言葉にかぶせて言う声があった。声の近さに驚いて隼が真横を見れば、並ぶ位置に有毅が正座していた。着ている制服の折り目が、姿を消した時よりも整っている気がする。
「出てくるならもっと早く出てこいよ」
「ごめん、ごめん。心の準備に時間がかかって」
有毅はあっさりした声音で返し、隼は怪しんで目をすがめた。こうして軽口を交わしながらも、有毅は視線を正面からそらしはしなかった。声振りはともかく、緊張しているのは確かなのかもしれない。
隼も改めて正面へ目線を戻すと、ツクヨミは相変わらずゆったりと脇息に身を預けていた。だがその眼差しは、推し量るような色で有毅へと注がれていた。
ツクヨミが声を発する前に、有毅が先手を打った。
「お久しぶりです。今度は姉がお世話になっているようで」
「……なるほど」
ツクヨミは呟く声量で言って、口の端を上げた。
「これは面白い。よく戻ってくる気になったものだ」
「戻ってきたわけではないです。姉を返して貰いにきました」
有毅の声はあくまで平静だった。ツクヨミはくつくつと喉を鳴らし、やがて声をあげて笑った。
「どちらも姉への思いが強くて感心する。言っておくが、有理沙をここへ呼ぶことを望んだのは――ユウキだ」
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