六羽 ウサギの行列
瑠璃色の星が輝く空の下、賑やかな笛太鼓の音が風に乗り、稲穂を揺らして田畑の上を駆け抜けた。どんどん、ぴーひょろー、どこか調子はずれの演奏を聞きつけて、ウサギたちが農作業の手を止め集まってくる。あっと言う間に膨れ上がっていく一団は、耳や尾を振り振り、笛太鼓に負けないほど陽気に大合唱をした。
ソソラ ソラ ソラ
ウサギのダンス
タラッタ ラッタ ラッタ
ラッタ ラッタ ラッタラ
脚で蹴り蹴り
ピョッコ ピョッコ 踊る
笛を吹き吹き
ラッタ ラッタ ラッタラ
もう何度聞かされたか分からない歌詞に、隼はげんなりとため息をついた。隼をとり囲むように、ウサギたちが歌い躍り、跳ねまわっている。始めは数羽だったものが、一体どこから湧いてきたのかと思うほどに数が増え、気づけば畦道いっぱいにひしめく行列となっていた。
最初に出会った一羽は、他のウサギを呼び集めるなり宴会の準備をしようとした。それを押し止める形で、宴会より先にツクヨミに会いたいと隼が伝えれば、案内を快く買って出てくれた。間違いなく、有毅が言っていた通りにことが進んだのだ。よもやこんな大パレードになろうとは思いもしなかったが。
有毅が姿を消したのは、この大行列を予期してではなかろうかという疑念すら湧いてくる。学校指定のジャージで大量のウサギに囲まれてのパレードなど、どんなに間抜けて見えるだろう。しかし考えてみれば、見るものはウサギしかいないので、隼は恥じるのはやめて心を無にすることに徹することにした。
田園を抜けた先の畑では冬瓜が実っており、さらにその隣の畝では大根が白い花を咲かせていた。田んぼは一面ごとに季節が違ったが、畑では畝ごとに季節が入れ替わっているとしか思えない。こんなにも混沌とした植えられ方をしていても、目につく野菜はどれも大きく艶やかに成長しているのだから不思議だ。瓜畑に藁が敷かれていたりなど、きちんと手をかけられているらしいのを見てとって、隼は少々感心した。見た目は小さなウサギでも、本当に人と同じようにここで暮らしを営んでいるのだ。
「さあさあ、見えてきましたよ。あそこが月の都です」
間近にいた一羽が、前方を指差して高らかに言った。左右には相変わらず季節が入り混じった田畑が広がっていたが、道の先に目を凝らせば建物が集まっているのが隼にも視認できた。
笛太鼓の音色がひときわ
一体なんのヒーロー凱旋かと、隼はうんざりして頭を抱えたくなった。
都に入った途端、白い粒が隼に降り注いだ。沿道のウサギたちが、隼に向かって放り上げるように投げているのだ。服に引っかかった粒を手にとれば、それはよく見慣れたものだった。
「……米?」
ライスシャワーは結婚式のイベントではなかったか。けれどここは地球ではないので、習慣自体が違うのかもしれない。
月の都は、低い平屋の建物ばかりであるようだった。ウサギの身の丈にあった大きさで、屋根の高さも隼の身長に届くか否かといったところだ。木造の長屋が多く、テレビの時代劇を思い起こさせる。今歩いている柳並木の道が目抜き通りらしい。ときおり横道と交差しながら、白い石畳が都の奥まで真っ直ぐに続いている。その最奥の突き当り、他の家々よりもずっと大きな屋敷があることに、隼は気づいていた。あれがおそらく、有毅の言っていた輝夜殿だろう。
隼が目星をつけた通り、ウサギの行列はどんちゃんと笛太鼓を奏でながら最奥の屋敷へと彼を誘う。名のある寺社かとばかりにそびえる大門の前に人が立っているのを見つけて、隼は表情を引き締めた。
月の国にきて初めて見る人間だった。狩衣を着ているということは男に違いない。白の上下は神事で着る
「ツクヨミ様、お客様をお連れしました」
真っ先に門へいきついた一羽がうやうやしく、それでも一帯に響く声量で言った。やはり目的の人物なのだと分かり、隼は努めて動揺を飲み込んだ。この先に有理沙がいるかもしれないのだ。中に入る前に揉めごとを起こすのは悪手だと、自身に言い聞かせる。
ツクヨミは来訪を告げたウサギに向かって頷くと、顔を上げて柔和に微笑んだ。暗色の瞳と目が合い、隼は息を吸い込んで背筋に力を入れた。
「よくいらした。我々は客人を歓迎する。どうぞこちらへ」
ツクヨミが言うと同時に、ウサギの群れが左右に割れた。ひしめき合っていたウサギたちの真ん中に、ツクヨミと隼とを繋ぐ一筋の道ができ上がる。
思っていたよりもずっと早く、敵の本拠地に着けたらしい。近くに有毅はいるだろうかと秘かに気配を探りながら、隼は深呼吸して大きく足を踏み出した。
ウサギたちの間を抜けて目の前に立ってみると、ツクヨミは隼よりも頭一つ分近く背が高く、見上げる形になった。ツクヨミが切れ長い目を細めて見据えてくるので、隼は負けじと眉間に力を入れてにらみ返した。彼が有理沙と有毅を連れ去った元凶だとするならば、すぐさま喧嘩を売らなかったとしても愛想よくする必要もないと思ったのだ。
「
一拍置いてから、隼はごく低く答えた。
「松本隼」
「隼、か」
確かめるように言って、ツクヨミが笑みを深めた。なぜ笑うのか分からず、隼は身構える。ツクヨミは、隼に道を開けるように足を斜めに引いた。
「どうぞ中へ。わたしは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます