第二章 都の白ウサギ
一羽 月の都
目抜き通りに出ると、ずっと聞こえていた喧騒が一層大きくなって打ち寄せた。道の真ん中で枝を垂らしている柳並木の下を、ウサギたちが耳をそよがせ陽気にいき交っている。空は相変わらず夜の色をしていたが、白い石畳の道がほの明るく光っているようで視界には困らない。道の両側には木造長屋造りの商店が暖簾を並べ、客を呼び込む声があちこちで飛び交っていた。暖簾の色はウサギたちの毛並みよりずっと多彩で鮮やかな色柄をしていて、活気を煽り立てるようだ。
月の都は、一歩ごとに
どこかの家で子ウサギが生まれた。あそこの娘さんは大工の息子にぞっこんらしい。そんな会話についつい耳を澄ませていた有理沙だったが、前を歩くユウキの白い背中と距離が開いたことに気づいて慌てて追い駆けた。
ユウキが出かけると言うので、有理沙も一緒に家を出てきた。実は少しばかり気分の悪さはあったのだが、なんとなく独りになりたくないと思ったのだ。けれど外に出た途端すっきりとしたので、ただの起き抜けの不調だったらしい。一本裏通りにある家まで届くほどの大通りの賑やかさが、有理沙の胸を躍らせたのも大いに影響したに違いなかった。
「あらユウキ、また奥方様のところ?」
有理沙が追いついたところでちょうど声をかけるものがあり、ユウキが髭を揺すって立ち止まった。有理沙も足を止めると、道の脇へと顔を向けた。そこには、色とりどりの干菓子を並べた菓子屋があった。声をかけてきたのは、店先で品出しをしていた
茶鼠ウサギを見たユウキは、声を発さずにその場で頷いた。有理沙は弟の愛想のない様子に軽く眉をひそめたが、茶鼠ウサギは構うことなくさらに明るく言った。
「それならこれを持っておいきよ。奥方様は桃がお好きだから」
茶鼠ウサギが売り台から箱を一つとり、ユウキはやはりなにも言わずにそちらへ歩み寄る。有理沙は茶鼠ウサギが差し出した箱の中身が気になり、ユウキの肩越しに覗き込んだ。
桃の実と花をかたどった薄紅色の落雁が、白い箱の中に並んでいた。箱の底には揺らめく水面を思わせる青い濃淡の金平糖が敷き詰められていて、鮮やかな
「わあ、かわいい!」
有理沙が無邪気に声をあげると、茶鼠ウサギはころころと笑い声をたてた。
「そうでしょう。ユウキ、こちらの娘さんは?」
水を向けられ、これまで茫洋としていたユウキの表情にようやく笑みのようなものが浮かんだ。
「彼女は有理沙。ぼくの双子の姉さんなんだ」
ごく端的に紹介をされたので、有理沙はユウキの隣に立って軽くお辞儀をした。
「有理沙です。双子の弟がお世話になってます」
「色白なところがユウキとそっくりね。こちらこそよろしくね」
有理沙の丁寧な挨拶に、茶鼠ウサギは気さくに微笑んだ。
蓋をして紙を巻いた落雁の箱を受けとると、ユウキがさっさと歩き出し、有理沙は慌てて会話を切り上げてあとに続いた。
「ユウキ、ちゃんと挨拶くらいしなさいよ。感じ悪いよ」
菓子屋での一連のやりとりでユウキがあまりにも淡々としていたので、有理沙はつい苦言を呈した。けれどユウキは振り返りもせずに、黙々と歩を進めるばかりだ。有理沙は歩幅を大きくして、ユウキの隣に並んだ。
「ユウキっってば、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ」
ユウキはやっと応えたが、顔は進行方向を向いたままだ。
「平気だよ。いつもあんな感じ。ツクヨミ様や奥方様に喜んで貰いたいだけだから、ぼくがどう反応しても一緒なんだ」
「だからって……」
有理沙がさらに説教を続けようとしたところで、ユウキが足を止めた。急に立ち止まるものだから、追い抜きそうになって会話まで途切れてしまう。どうしたのかと有理沙は思ったが、瓦屋根の乗った門が目の前にあり、目抜き通りの一番奥まできたのだとすぐに気づいた。
「ここは?」
「ツクヨミ様のお屋敷。みんな、輝夜殿って呼んでる」
常夜の空の下でことさら明るく見えるその屋敷は確かに名前の通りであるようだと、有理沙は思った。
四つの柱が屋根を支える大門を中心に築地塀が左右に長く続いており、その広大さが並大抵ではなかろうことは外からでも伺い知れる。戸は開いていたが、塀も門もそびえる高さがある上に、庭園があまりに広いため少し覗いたくらいでは建物が見えない。けれど枝葉を茂らせて並ぶ庭木のどれもが黄金色に輝いていて、有理沙は息をのんだ。わずかな風に枝が揺れるたび、さらさらと鈴を鳴らすような音がしている。
その不思議な音に有理沙が耳をそばだてていると、いつの間にかユウキが門をくぐって庭へと進んでいた。
「あ、ユウキ、待って」
ユウキを追って門に飛び込めば、金の庭はますます輝いてるようだった。白い玉砂利を敷き詰めた道はただでさえ明るいというのに、そこから見える庭木の幹や枝がすべて、磨き上げられた金色をしているのだ。よく見ると、地面に接している根の部分は銀色であるようだ。枝の先には白い泡の粒のような実が鈴なりになっており、門の外でも聞こえたさらさらという音を奏でていた。
有理沙は砂利につまずきそうになりながらも目が離せず、近くの木々を仰ぎ見ながらユウキの半歩後ろを歩いた。
「玉の木だよ」
危なっかしい有理沙の様子に気づいたように、ユウキが振り向きながら言った。
「玉の木?」
「ツクヨミ様が奥方の
蓬莱山がどこかは有理沙には分からなかったが、奥方のためにこれだけの庭を作り上げるツクヨミが相当な愛妻家であろうことは察せられた。容姿だけでなく立ち振る舞いや笛の音まで優雅なツクヨミを有理沙は思い出し、そんな男性に愛される奥方はさぞ幸せな女性だろうと少々羨む気持ちが芽生える。
金の並木を抜けると、ようやく目的の屋敷が見えた。視界の端から端まで占めるほど大きな屋敷に、有理沙はもう何度目になるか分からないため息をついた。丹塗りの柱と白い壁のコントラストのなんと鮮やかなことか。建物の手前には瑠璃色の水をたたえた池があり、上下反転した屋敷を鮮やかさそのままに映している。池を渡る赤い欄干の橋が建物に向かって真っ直ぐに伸びており、その
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