第23話:クラウツェン駐機場騒乱2

 時間は少し戻る。

 管理局で銃声が放たれた時、その音をドラグーン・バリシュにいたアルフィンたちも捕らえていた。


「なんの音?」

「ありゃ……火薬の銃声だ!」

「銃弾!? そんな高いものを持ち歩いているわけ!?」


 この世界において後装填式銃弾は、ほぼ再現不可能な古代文明遺産だった。レリクスとして出土する物にしか頼る他はなく、当然、消費物であるにもかかわらずその価格は高額で最低取引価格一万ギーンの時価という代物だ。


「バレンシアとガリクソンが持っていたはずだ」


 窓から管理局の様子を窺っていると、いきなり爆発して窓ガラスが大量に砕け散るのが確認できた。これは確実になにかあったと考えるべきだ。


「エスパダに乗る! アルフィン! 回せ!」

「分かった!」

「お前らは出航準備をしていろ! ベル、ボブは俺ときてくれ!」


 ユクシーとアルフィンが格納庫に向かうのを目で追いつつ、ネビルはオロオロする商会員たちに指示を飛ばし、ベルとボブを連れてその後を追った。


 ユクシーは格納庫に滑り込むと急いでエスパダのハッチを開いて起動準備に入る。アルフィンもそれに続き、エーテル・ジェネレーターにケーブルが接続されているのを確認してから光熱石を取り付け、起動ハンドルの準備をする。


「準備はいい!?」

「任せた! 回せーっ!」


 起動ハンドルを回して発電し、電力を光熱石に送り込む。やがて石が眩いほどに発光しはじめた。


「起動!」


 アルフィンの叫びに一瞬遅れて光熱石が砕け散り、エスパダの背のエーテル・ジェネレーターがくぐもった回転音を鳴らして発光を開始した。


「起動完了!」

「よし! ハッチを閉めてくれ!」

「いい? 出力が跳ね上がってることを忘れないで! 左手のガンランスにはボムランスが四発装填済よ!」

「了解!」


 いつも以上に力強い振動を感じさるエーテル・ジェネレーターにユクシーは少し心躍りながら、エスパダに第一歩を踏み出させた。

 ネビルたちが後部ハッチを開くハンドルを回し、ゆっくりとハッチが開いていく。

 そこに向かって歩くエスパダの動きが今までよりも格段に滑らかになっていた。


『パーツを変えたせいか? まるで自分の身体みたいに動くぞ……』

「運動性と機動性が上がってるから、剣の振り抜きに注意して! 今までと同じと思って振ると、大変なことになるよ!」


 外部スピーカーから漏れたユクシーの感想を聞いたアルフィンが、さらに声を張り上げた。


『分かってる! 行くよ!』


 外部スピーカーのスイッチを切ってからエスパダの剣を抜きハッチから外に出ると、ちょうどこちらにランディが走ってくるのが見えた。その後に一〇人ほどの管理局警備隊と思しき連中が迫っていた。


「人相手ってやりづらいんだよな……」


 警備隊員たちはエスパダを見て明らかに動揺していたが、ユクシーも彼らに手を出していいものか戸惑った。

 その戸惑いを察したのだろう。エスパダの背後から吹き抜けた突風が警備隊を薙ぎ倒していった。


『ボブか!?』

「戸惑いは禁物なのだ!」


 ボブがエスパダの背後からウィンド・ブラストの魔法を使い、警備隊を薙ぎ倒したのだった。


『すまん!』


 そう。ここでちゅうちょしていたら助けられるものも助けられなくなる。そのことを思い出したユクシーはエスパダを管理局に向かって走らせた。

 走速は時速六〇キロほどだろうか? 速度的には今までの倍近く出ていた。


「ジェネレーターの余力ってすごいな……」


 勢いをつけて跳び、管理局の建物に剣を振り下ろす。

 轟音を立ててモルタルと木造の壁が崩れた。


 一方、バレンシアたちは――


「バカなんじゃないのっ!?」


 エスパダによって半壊したホールの入口を見やりながら、バレンシアは悪態をついた。

 もう少しスマートな助け方とかあるだろうにと思いつつ、そのおかげでこちらを狙っているガンランスを持った工作員の半数が減ったのだからよしとすべきだった。


「わ、私は人質にならんぞ! しょせんは一介の役人にすぎん!」

「だったら人の盾に使うだけさ!」


 応対していた役人の首元をつかみカウンターテーブルに押しつけたバレンシアは、自分の胸の谷間に手を入れて爆裂弾を取り出した。歯で安全ピンを咥えて引き抜き、ボタンを押してホールに放り投げる。爆音が轟き、大勢の悲鳴が上がった。

 だが、すぐさま反撃の一斉射撃が行われ、無数のガンランスから放たれた鉄槍が壁やカウンターに突き刺さっていく。


「ぐあうっ!」

「はあ!? 盾にもならずに勝手に死ぬなよ……オッサン……」


 カウンターテーブルの薄い部分を貫いた鉄槍が役人の背中に突き刺さり、彼はカッと目を見開きそのまま息絶えた。

 間違いなく彼は人の盾として役立ちバレンシアを護ったのだが……。


「お嬢! ご無事で!?」

「姐さんって呼びな! 残弾は!?」


 腹ばいでカウンター裏に回り込んできたガリクソンをたしなめつつ、バレンシアは自分のスカートをまくり上げて右太ももにつけたホルスターから回転弾倉拳銃を引き抜いた。


「二発撃ったんで残り三発です」

「これを使いな!」


 床を滑らせて拳銃をガリクソンに渡すと、バレンシアはスカートの左ポケットから別の爆裂弾を取り出した。


「派手にいくよ!」


 再度、爆裂弾のピンを抜いて投げつける。しかし、すでに敵もこちらの攻撃を理解しているのか、テーブルや家具の残骸に身を隠して爆風をやり過ごすようになっていた。


「くそっ! エスパダはなにをやってるんだい!?」


 建物に一撃与えただけでその後の攻撃が続かない。

 エスパダが切り崩した壁から外を見ると、クラウツェン側のフォートレスが出てきたらしく、エスパダはそっちにかかりきりになっていた。あれではこちらへの援護は望めない。


「くっ……どうすれば……」


 バレンシアが歯噛みした矢先、残っていたガラス窓を破ってネビルが飛び込んできた。


「加勢にきたぜ!」


 そう言うが早いか背中の大剣を引き抜き、手近にいた工作員の首を斬り飛ばし、さらに勢いをつけて迫り次々と斬り倒してゆく。

 ガンランスは長い棒状の銃身を持ち、なおかつ先込め式のために一度撃ったら再装填まで時間がかかる。さらにこうも接近されては長い銃身が邪魔をして狙いが定められない。

 爆裂弾の爆風をやり過ごして生き残った工作員たちだったが、このネビルの暴風のような攻撃に瞬く間にやられていった。


「か……かっこいい……ああっ! ななっ……なんでもない!」


 思わず漏らした自分の声にバレンシアはあわてて取り繕う素振りを見せたが、ガリクソンは敢えて聞かなかったフリをした。


「お、遅いじゃないのさ!」

「悪ぃな。ちょいとばっかり面倒臭い奴らが出てきたんで遅れちまった」

「面倒臭い?」

「管理局警備隊だけじゃなく、ここの軍隊まで待ち構えていやがったんだ」


 ネビルが顎で指し示した方向を見るとベルとボブ、そしてランディが甲冑をまとった兵士相手に戦っているのが見えた。


「俺はアイツらの加勢にいく。お前らはその辺のガンランスを抱えて自衛しながら船に戻り、グランディアを出してくれ」

「分かった。ガリクソン、行くよ!」

「イエス・マム!」


 ネビルに言われるまでもなくガンランスに新たな鉄槍を先込めしていたガリクソンは、すでに装填した物をバレンシアに投げ渡しながら敬礼した。

 バレンシアたちを先導して窓から外にでたネビルは、遠い空に見える点に気づき目を細めた。


「あれは……?」

「あれって……ッ!?」


 つられて空を見上げたバレンシアとガリクソンは、ほぼ同時に息を飲んだ。

 次第に大きくなる青い点。

 それはエタニア帝国東部辺境領姫の座乗艦として知られるドラグーン・トロンベだった。

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