第21話 翼竜

 森林地帯の上には霞がかかり視界は最悪な状況になっていた。

 樹高が六〇メートルを超える森林地帯であり、まるで瘴気のように森の底から霞が湧き出してくる。それはそらに浮かぶ雲のように点在し、雲と違って時には雲の中に木々の枝葉が茂っているため迂闊に突っ込むことができない。

 ドラグーン・バリシュの舵を取るガリクソンにとって神経を使う飛行となっていた。

 神経を使うのは周囲を警戒する者たちも同様で、下からいつ魔獣が飛び立ってくるかも気をつけていなければいけない。


「左舷八時の方向に小型の飛竜――ケツアルコアトラス接近!」


 監視員の悲鳴に似た警戒の叫びにネビルとランディは対艦ガンランスを抱えて左の銃眼代わりのサイドハッチに向かった。大人が四人ほど並んで立てる横長のハッチで、本来、ここに横列二段に命綱をつけた兵士が並びガンランスを一斉射撃するわけだが、乗員が足りていない個人艦の砲兵に専門の兵士を並べるはずもない。


「ユクシーがよく言ってた!」

「なんだって!?」


 銃眼ハッチが開き始め、大量の空気が流れ込んでくる風音に負けないようにネビルとランディは叫ぶように声を上げた。


「狙って外すな……だとよ!」

「そりゃ正論だな!」


 監視員は小型と言ったが、それはケツアルコアトラスにしては小型というだけで、翼長が六メートル強もある化物だった。

 有線の対艦ガンランスの射程は三〇〇メートルほど。かなり接近するまで引きつけなければいけない。

 横風の影響を考えながら、照星と照門を合わせて狙いをつけていく。

 二人が狙っていることに気づいたのだろう。ケツアルコアトラスは威嚇の声を上げた。

 その瞬間、ほぼ同時に二人は引き金を引いた。

 くぐもった音と共に発射煙がケツアルコアトラスに向かって伸びて行く。

 鉄槍の一本は胴を穿ち、一本は翼を貫いた。

 耳障りな悲鳴を上げてケツアルコアトラスは森に墜落していった。

 本来なら止まって素材回収に乗り出したいところだったが、時は一刻を争う上に樹海にひとしいここで下に降りるのは困難だった。


「ふぅ……」


 墜落するケツアルコアトラスを見送り、サイドハッチを閉めて二人は一息つくために床に座り込んだ。

 森林地帯に入ってどれくらいの時間が過ぎたか分からないが、もう八回も魔物の襲撃を受けてきた。

 先ほどは一匹だったが、三度目の襲撃の際は五匹の飛竜類に囲まれたためにベルとボブの二人まで駆り出したほどだった。


「空中戦ができるフォートレスがあればな……」

「翼人兵ってヤツだな……。どういう理屈か知らんが、背中に装備された鋼鉄の翼を羽ばたかせて空を飛べるってやつだろ」

「本当にあるのか?」

「さてな……。噂でしか俺も聞いたことがない。発掘したヤツが、帝国に献上したって話だが……」

「なんでも帝国帝国か……」


 吐き捨てるような調子で言ったランディにネビルは肩を竦めた。


「腐っても超大国だ。まぁ、内実はボロボロらしいがな……」

「北部辺境伯……いや、バルクムント王国以外に分裂する兆しはあるってのか?」

「俺たちを追いかけてきてる東部辺境伯が俺たちの獲物をかっさらったら、おそらくは内戦になるだろうな……」


 バジュラムを倒せるような兵器を一領主が所持することを帝国は許すはずがない。当然引き渡せという話になるだろう。渡せばバジュラム対策の切り札を東部辺境伯の一存で使えなくなり、辺境伯領を護るものは海峡以外なくなる。東部辺境伯はどちらに転んでも苦しい立場に追いやられるだろう。


「そんなところでダベってないで、さっさと再装填して待機に戻って!」


 様子を見にきたアルフィンが床に座り込んでおしゃべりしている男二人を叱りつけると、ランディは渋面作ってネビルに耳打ちした。


「あんたの娘はこんなに男をコキ使うやつなのか?」

「お前、アルフィンをなんだと思ってんだ? アイツは立派な銭ゲバ娘だぞ? 費用対効果を考えてキリキリ働かせるに決まってんだろ」

「なんですって!?」


 ヒソヒソと話し出した二人をアルフィンが睨みつけると、二人はヤレヤレと言うように立ち上がり、スゴスゴと船体中央の待機室に戻っていった。

 二人の姿を見送ったアルフィンは、そのまま艦橋に上がった。

 艦橋では舵を握るガリクソンがおり、左右のウイングにはカダス商会員が立っていた。ベルとボブは下がって休んでいるようで、あとは艦橋の中央卓にバレンシアがいるだけだった。


「いい年こいた大人二人のだべり待機室に戻ったかい?」

「まぁね……今、どの辺?」

「もうちょい飛べばクラウツェン精霊首長国の領域に入るね……」

「そこまで行けば、少しは安全になる?」

「と、いいけど……。なんせ相手は狂信者どもだからね……」


 極端な精霊崇拝を押し付けるクラウツェン精霊首長国の教義を知っているケープ・シェルの住人たちにとって、かの国は取引先になりこそすれ友好関係を結ぶ相手とみることはなかった。いつ教義によって裏切られるか分からない。そんな認識を持っていた。


「帝国の追手がどんなヤツか分かれば、もう少し策を練ることもできるんだけどねぇ……」


 恐ろしく段取りと決断の速い相手であることは、ケープ・シェルを出航して間もなく水上哨戒隊が追いついてきたことから推測できた。あとはどれほどの腕の立つ騎士を送り込んでくるかが問題になる。


「できれば領域を通過したくはなかったんだけどね……。許可を取るのにいちいちクラウツェンの街に寄らなきゃならなくなる」


 役所に出頭して旅券照会を行い、通過税を支払う。どれほどそこで時間がかかるか分からないし、そこでマゴマゴしていると、追いつかれる可能性が出てくる。


「正規の手続きを取らないと後でうるさいからね……」

「クラウツェン精霊首長国の境界ポールです!」


 左ウイングの監視員が声を上げた。

 アルフィンが窓に駆け寄ると、すぐ近くを巨大なポールが通過していくところだった。ポールは白く塗られた柱の先端に、赤く明滅する石を取り付けた簡易的な物だった。


「地上部分しか見たことなかったから、新鮮だわぁ……」


 かつてネビルと共にクラウツェン精霊首長国に牛車で沿岸街道を北上した時、アルフィンは境界ポールの根元を見たことがあった。確か、ポールの根元は魔物避けの彫刻が施された直径三メートルほどの巨大な石柱になっていた。


「さて、境界は越えた。これからは人間がやらかすトラブルとの戦いになるよ!」


 バレンシアの声にアルフィンは静かに頷いた。

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