第3話 弩級の獲物
「んぐんぐ……」
「ぐぎゅぐぎゅ……」
ネビルとユクシーは酒場のテーブルに向かい合って座り、木製ジョッキに注がれたビールを盛大にあおっていた。
「ぷっはーっ!」
ほぼ同時に飲みきった二人は、激しい勢いでジョッキをテーブルに叩きつけその音を聞きつけた給仕の女性が同じサイズのジョッキを持ってテーブルに置いた。
「ずいぶんといい飲みっぷりだね。上手く稼げたのかい?」
「おおっ! 銀砂に包まれたレリクスを発見したからな。気分すっきりってもんだ」
「銀砂のレリクスって……お宝じゃないか!?」
「はっはっはっはっ! もっと褒めていいんだぞ」
銀砂のレリクスと聞いて周りで飲んでいた者たちの視線がネビルに注がれた。
調子に乗せられそうなネビルを見てユクシーが慌てて止めに入ろうとしたが、ネビルは大きな手で彼の顔を押さえて話を続けた。
「バレンシアの邪魔も退けて、ようやく得た古代遺物! 嗚呼、レリクス!」
「バレンシアも狙ってたのか!? じゃあ大枚稼いだってことだな?」
「一杯奢れよ! 燻製肉も添えてくれよ」
「あたしらにも奢っておくれよ!」
おだてられたネビルの気持ちは絶好調。気を良くして小刻みに頷き、思わせぶりに店内を見回した。
「よぉし、お前らに俺が……グゲッ!」
その顔に、やや臭いはじめた雑巾が投げつけられ、ネビルの言葉はそこで途切れた。
「ハイハイ、解散解散! 大した価値あるレリクスじゃなかったんだから、剛気なフリしないでよね! 赤字よ赤字!」
店中の客に奢ってやるという台詞をあわやというところで押し止めたのは、アルフィンが投げつけた雑巾だった。
「そんなわけあるか!? 銀砂のレリクスだぞ!」
「さっき鑑定してもらったけど、レリクスはレリクスでもアーマーの方で、しかもかなり出回っているタイプのヤツよ。光熱石にボムランスの炸薬入れたらギリギリで赤字よ!」
「ぐっ!」
アルフィンは酒の肴に置かれていた燻製肉の薄切りをつまみ給仕にオレンジ・ジュースを注文した。そして物欲しげな顔をして周りに集まっていた客たちにシッシと手を振って散らせてみせた。
アルフィンが注文したオレンジ・ジュースが届けられた時、にこやかな笑みを浮かべながらベルが現れ、パーティのメンツが揃った。
「あらあら、いい大人がしょげた顔をしてどうしたんですか~?」
さすがに顔に貼りついた雑巾ははがしていたが、豪快に奢り損ねたネビルはどこか拗ねたような顔をしていた。
「また財布を気にせずに奢ろうとしたバカ父がいただけよ」
「あらあらまあまあ……」
「それでなくても赤字だっていうのに……まったく……」
「じゃあ、新しいお仕事をしませんかぁ?」
「どんな?」
ベルの言葉に真っ先に飛びついたのは、アルフィンとネビルが垂れ流すどす黒い雰囲気に辟易としていたユクシーだった。
「ガン・オルタ遺跡よりもさらに東で、巨大なフォートレスを見たという噂を聞いてきましたの」
「ガン・オルタの……東?」
ネビルがテーブルの上の料理を強引に横にずらし、アルフィンがそこに地図を広げた。
地図は巨大な大陸の西部地域を雑に描いたものであり、巨大なひとつの島と大陸が描かれている。
「どの辺?」
ベルは白く細い指を島と大陸の間の海峡におろし、そこから東――大陸のやや内陸に指を走らせた。
「ここがガン・オルタ遺跡。その東の大森林で動くものを見たというお話しですねぇ」
そもそもガン・オルタ遺跡とは、数日前までアルフィンたちが発掘作業をしていた古代帝国時代の都市遺跡であり、そこより東の森林地帯は人跡未踏の地だった。
「ちょっと待ってよ。フォートレスを見たって……可動している物?」
「そうらしいですわね。でも、どの国家紋章もつけていない、弩級サイズのフォートレスだったそうですよ」
「弩級サイズで国家紋章無しだなんて……」
人跡未踏の地で可動し続けているフォートレス。
フォートレス乗りのユクシーじゃなくとも、疑問に思うものだった。
元々、フォートレスとは十数世紀前に滅んだ古代帝国の重機動兵器の名称であり、修理や手入れなしで存在し続けることは考え難い。
「竜と見間違えたんじゃねえのか?」
「大森林ならいそうだしね……。ドラゴン」
「目撃が一人や二人なら見間違いもあると思いますけどぉ、数十人となって噂が噂を呼んでいる状態となると、ただの噂とも思えなくなってきまして、お話しした次第ですわぁ」
ベルが聞いた噂はこんなものだった。
そのサイズは現在最大級と言われる体高を持つエタニア帝国の国家旗手人馬型フォートレス・ヘクトリオンよりも大きく、軽く体高一五メートルはあるだろうというもの。竜のように長い尾を持ち、巨大なトライデントを持っている。
「具体的だな……」
ユクシーの呟きに腕組みして渋面を作りながらアルフィンも唸るような声を漏らしながら頷いた。しかし、それだけじゃ探しに行く根拠にならない。
「そのサイズで可動しているのであれば、弩級の国家旗手フォートレス以外は考えられんだろう。個人でそんなものを持ってたら、帝国に反逆罪をでっち上げられかねんぞ」
「おいおい、お前らもバジュラムを狙ってるのか?」
四人の会話に割って入ってきたのは、眼帯をした小汚い印象のある六〇代半ばくらいの人族の老人だった。
「ガイム。パーティの会話に割り込んでくるんじゃねえよ。それともなにか耳よりな情報でもあるのか?」
「その話題のヤツの情報ならあるぜ」
「ほぅ……いくらだ?」
「五〇〇〇ギーンだ」
「高っ! 四五〇〇!」
「四九〇〇!」
「四六〇〇!」
「四八〇〇!」
「どーせ他に奴らにも情報売って儲けてんでしょ! 四七〇〇!」
「いいだろう。それで手を打とう」
ガイムは好色そうな笑みを浮かべてあかぎれだらけの手をホレとアルフィンの前に差し出した。
アルフィンは渋々一〇〇〇ギーン硬貨と一〇〇ギーン硬貨をジャラジャラと彼の掌に握らせた。
「へっへっへ、毎度。あれはガン・オルタよりも北東部にある、ベルゼ遺跡の精霊殿跡に眠っていたって話だ。バジュラムという名前だけが分かっていて、半年掛けて発掘したらしい。ほれ、ニスルのパーティが行方不明になったって噂があっただろう? あの時だ」
「ニスルのパーティが発掘したのか?」
「いや失敗したのさ。なぜかそれで起動しちまったんだろうって話だ。なんせ、本人たちはもうこの世にいねえからな」
「じゃあ、誰がその情報を持ってきたのよ」
「バルザのパーティが偶然、ニルスのパーティの遺品を見つめて、そこで奴の日記から『バジュラム』という名前が分かったのさ。ほれ、バルザからワシが買ったニルスの日記だ」
懐からガイムが取り出した日記は、使い込んですり切れ気味になった革表紙の手帳だった。表紙にニルスの名前が焼き印されていたが、それが本当に彼の遺品なのかまでは分からない。
「つまり、誤って起動されたフォートレスがずっと動き続けていると?」
「そういうことだな。なんせ、目撃者の話だと、背中に一〇発ものエーテル・ジェネレーターを装備しているって話だからな」
「一〇発!? どんな燃費の悪さよ……。でも、それだけの巨体なら……それだけ必要なのかな……」
重量級といえども体高一〇メートルのグランディアが六発だったことを考えると、それを上回る巨体ならそれだけの数のジェネレーターが必要なのかもしれない。そうした具体的な情報によってアルフィンたちの脳裏では、ただの噂話の虚像から賞金稼ぎの獲物へと変貌していった。
「弩級のフォートレスなら……パーツでも相当な金になるよね……」
「あらあら……ユクシーの冒険心がくすぐられちゃいましたかぁ」
「追いかけるだけでも、話の種にはなる……な」
三人の眼差しがアルフィンに向けられた。
「なに……よ?」
「いや、うちの主計長の胸先三寸で決まる……なぁ……と」
ユクシーの言葉にアルフィンはため息をついた。
「どーせここまで言っていればやる気なんでしょ。でも、やるからにはしっかりと稼いでもらいますからね!」
「おっしゃーじゃあ準備するぞ。ユクシー、必要機材の洗い出しをしとけよ。俺は武器を再点検する」
「了解。今すぐ取り掛かるよ」
「じゃあ、私は魔法薬の量の点検ですね」
巨大な獲物を追い求める狩りの旅がはじまった。
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