第2話 賞金稼ぎ2

 キャンプ地に飛び込んだアルフィンとユクシーの二人は、巨大な毛長牛に牽引させている鉄の荷車に向かい、帆布で覆った荷物の荷ほどきをはじめた。

 バサバサと音を立てて帆布の覆いが退けられ、中から現れたのは片膝を突いて荷台に座っている巨大な甲冑だった。人間でいう肩甲骨付近に筒状の物を背負っていることと、足が恐竜か猛禽のような鉤爪になっていることと、そのサイズが人間用のものではないことを物語っていた。

 ユクシーは背中の筒の間にあるハッチを開き、そこから中に身体を滑り込ませるように入り込み、暗く狭い中でいくつものスイッチとダイヤルを回してゆく。

 アルフィンは荷台にまとめられていた太いコードを背中の筒のそれぞれに接続し、荷台の御者台側に設置された制御盤に飛びついた。


「まったく、これで大したものが出なかったら赤字じゃない!」


 そうブツブツこぼしながら制御盤脇に空いた穴に、大人の拳ほどの大きさの電球の様なガラス管を四本、捻りながら差し入れていく。


「光熱石セット完了! そっちは!?」

「起動準備よし!」


 開いたハッチの奥から聞こえてきたユクシーの声にアルフィンは一人頷き、制御盤にクランクハンドルを差し込み、力を入れてそれを回しはじめた。ハンドルにかかる負荷は重く、歯を食いしばって回し続けると、ヒューンというゆっくりした回転音が甲冑の筒の中から響き始め、制御盤の電球――光熱石――が青白く光りはじめる。

 次第に回転音は速くなりはじめ、それに同調するように光熱石の周りでパチパチと電気が弾けはじめ、そして眩しいほどに光輝きはじめた時、光熱石を覆うガラス管が砕けた。


「起動ッ!」


 アルフィンの声に一拍遅れて甲冑の目が紅く光った。

 その瞬間、真っ暗だったユクシーの周りはボンヤリと光り、壁に周囲の光景が映し出された。

「レリクス・フォートレス・エスパダ、起動よし!」


 アルフィンは接続していたコードを背中の筒から引き抜き、そしてハッチを閉めた。

 彼女がハッチの固定ハンドルを絞め、壁越しに手を振る姿を確認してから、ユクシーはエスパダを立ち上がらせた。そして荷台上の巨大な剣を手に取り、動きはじめた。


『あは~ん? ザコいツギハギ小型フォートレスをま~だ使ってるの? ヤダヤダ』

『余計な御世話だ! デカけりゃ強いってわけじゃないだろ!』


 エスパダはグランディアに比べればはるかに小さく、腕も左右非対称だった。右腕は本来のこの甲冑の腕なのだろうが、左腕は後付けしたのかサイズがやや大きく、前腕部が盾も兼ねているのか分厚く平らになっており、その手首から先は大型の鉤爪になっていた。


『デカけりゃデカイだけ意味があるのよ! 六発のエーテル・ジェネレーターは伊達じゃないのよ!』


 尻餅状態から立ち上がったグランディアは、背負った六本の筒を激しく唸らせ、地響きを立ててエスパダに向かって突進した。

 ラリアット気味に横薙ぎに振られたグランディアの腕下を掻い潜り、エスパダは長剣をそのボディに叩きつける。だが、巨体に似合わぬ素早さでグランディアは飛び退き、間合いを取って油断なく身構えた。

 さらに両者間合いを詰めて数合打ち合うが甲殻に傷がつく程度で、互いに致命傷には至らない。

 恐ろしいのは遥かに巨体とはいえども、剣を持っている分エスパダの方がリーチの利があるはずなのだが、その差をものともしない操縦技術をグランディアが持っているということだった。

 見た目ではパワーで押し切ってくるタイプに見えるが、操縦者の性格や敏捷性が反映されているのか運動性が高く機動力がある。大型にありがちな大振りを期待することが難しい。


『ほらほらさっきの威勢はどこにいったのさ? あははは~ん?』

『くっ……」


 微妙に腹が立つ挑発混じりの笑い声にユクシーは苛立ちを感じたが、頭を振って苛つきを追い払おうとした。その時、彼の目に留まったものがあり、それを活かそうとエスパダはまた踏み込んだ。


『そんな甘い踏み込みにやられるもんかい!』


 グランディアは身を捩って振り抜かれた刃を避け、右手をアンダーから振り上げた。

 ガッという音と共に左前腕の甲殻を切り裂いた。

 その瞬間、ボンッという爆発音と共にグランディアの身体が右側に傾いた。


『なっ! いったいなんだって!』

「姐さん! 足下にネビルの奴が!!」


 どこかから戦況を観察していたバレンシアの手下の声にグランディアの顔が動き、右足下に顔を向けると、そこには黒煙を上げる槍を構えたネビルが不敵な笑みを浮かべて見上げていた。


『な、なんだってアンタがそこにいるのよ!』

「な~にバカなこと言ってんだ? お前の最初の相手は俺のはずだろ?」

『くぅ~っ! 空気読めないバカ男ね!』


 いかにネビルが屈強な体躯の持ち主とは言え、全高一〇メートル強のグランディアに踏まれればひとたまりもない。

 普通の感覚の持ち主なら、足下を気にせずに不規則に渡り合うレリクス・フォートレス同士の戦闘の最中に乗り込んでくることはない。つまり、ネビルは普通ではない戦士ということになる。

 ネビルが使った武器は、ボム・ランスを呼ばれる穂先に爆薬を装填した槍を使ってフォートレスの懐に飛び込んで槍を突き立てる、古典的な歩兵による対フォートレス戦法のひとつだった。膝関節裏などを狙って突き立てられると、フォートレスは一気に歩行難になり戦闘の継続が難しくなる。


「姐さん! 撤退しやしょう!」


 声を上げた手下は、遺跡のガレキの上からネビルに向かってクロスボウで牽制射撃をするが、ネビルはボム・ランスの柄で軽く薙いでボルトを打ち払い、大した牽制にもならない。


『邪魔するなら死ぬよ!』


 グランディアは地面に両手をついてうつ伏せ姿勢になると、バスバスと音を立てて四方に白煙を吹き上げる薬剤を射ち出した。地面にまかれた薬剤からも白煙が噴き上がり、周囲が白に包まれてゆく。


「ネビル退いて! それは毒よ!」


 普段ノンビリした調子で話すベルが緊迫した声を張り上げた。


「むぅ!」


 口と鼻を手で押さえながら下がったネビルの前で四つん這いになっていたグランディアは軽く身を沈め、次の瞬間全身のバネを使って跳び上がった。巨体が地面に着地する地響きだけが伝わってきたが、白煙に邪魔されてそれ以上目視することも追うことも出来なかった。


「ひたすら邪魔するだけで去ってったな……」

「まぁ私たちのお宝を守れたからよしとしましょう……。まあ、コレでロクな物が出てこなかったら収支が赤字になるからネビルの晩酌が減るけどね」

「はあ? なんで俺の酒が減るんだよ?」

「賞金稼ぎのパーティ・リーダーでしょ? 責任はリーダーが取るものよ」

「あはん。ネビルの負け~」

「そりゃないぜー……ったく……」


 ブツブツこぼすネビルを笑いながら、アルフィンたちは煙幕が晴れるのを待って遺跡の発掘に戻っていった。

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