悪役令嬢アルビダは溺愛されたい 〜断罪フラグをへし折りたいので、わたくしを愛してくださいませ〜

大福金@書籍発売中

第1話 悪役令嬢アルビダ

 一人の少女が部屋の片隅で、膝を抱えて小さく座り涙を流している。


「お母様っ、どうして死んでしまったの……」


 この日はこの少女アルビダの十歳の誕生日……。母と一緒に食事をするのを、楽しみにしていた。


『アビィ? お母様最近ね、元気になって来たの。だから十歳のお誕生日には一緒にご馳走を食べましょうね』


 そう約束していたのに……昨日体調が急変して、母は少女を残し天国に召されてしまった。


 この泣いている少女の名は、アルビダ・イングリットバークマン。

 四つある公爵家のひとつ、赤の公爵家一人娘。赤の公爵家を象徴する真紅の髪色した美しい少女。

 誕生日の日に母を亡くし、楽しいはずの日が最悪の日へと変わってしまった。


 真珠のような頬を紅潮させ、悲観に暮れている。


「ううっ……お母様に会いたいよう。お母様っ……」


 ——もうお日様の様な笑顔が見れない。優しく頭を撫でてくれる人も。愛称でアビィと呼んでくれる人も。


 アルビダが物心ついた時には、ベッドで寝ていることが多かった母。

 彼女の夢は……癒しの魔法を習得して、母の病気を治癒することだった。


 だが……もうその夢は一生叶わない。


 首からぶら下げた懐中時計形の魔具を、小さな両手でギュッと握りしめ、母の言葉を思い出す。


『アビィ? よく聞いて、これはね。わたくしがお祖母様から頂いた大切な宝物なの』


 青い顔の母が体を起こし、震える手でベッドの横にある棚へ手を伸ばすと。

 

 一番下の引き出しの奥から、金でできた懐中時計を取り出した。


『それは何?』


 首を傾げる娘に、母は微笑みを見せる。


『この時計はね? わたくしのお祖母様が困っていた時に、願いを叶え助けてくれた不思議な魔具なの。願いを後一回だけ叶えて貰えると、お祖母様が言っていたから。お母様はその一回を大切なアルビダの為に使わずに取っておいたのよ』


 そう言って、アルビダの小さな手のひらの上に魔具を乗せると、手の上からそっと添え両手で優しく握りしめた。


 そんな凄い力がある物なら、自分に使えば良いのに。

 アルビダは心底そう思った。


 母がそうしなかったのには理由があった。


 アルビダが誕生した時。

 自分がそう長くは生きられないと悟った。

 元々体が弱かった母は、娘の出産の負荷に耐えられなかった。


 人の寿命は魔具でもどうすることもできない。


 だから、愛娘の助けになればと、不思議な魔具を使わず大切にしまっていたのだ。


 母の心中を知るよしもないアルビダは、悲しみを募らせる。


 ——そんなに大切な宝物……どうしてお母様が長生き出来るように使わなかったの!


 懐中時計をさらに強く握しめる。


 ——わたくしは……わたくしは、お母様が生きてくれれば、それで良かったのに。

 それがわたくしの幸せなのに。

 

 でも……もうわたくしは一人ぼっち。


 父はいつだって、アルビダと目を合わせもしない。

 話しかけても、「ああ」とかしか返事をしない。

 『きっとわたくしのことが嫌いなのだわ』とアルビダはいつも心の中で思っていた。

 メイドたちも父と同じで、「はい」とだけの仕事の返事しかしない。

 誰もアルビダと楽しくお喋りをしようとしない。

 その理由はなぜなのか、アルビダには理由がわからない。



 誰か誰か……お願い。

 少しでも良いの! わたくしとお話しして。

 ひとりにしないで!


「ふっ……うううっ、ひぐっ……」


 アルビダの悲痛な心の叫びも届かない。


 ——わたくしの事が大好きで、お母様のように見守ってくれる味方が欲しい!




 こんな物で本当に願いが叶うなら……。




 アルビダは母からもらった懐中時計を握りしめ強く願った。


 わたくしの事が大好きなお友達が欲しいと。


 しかし何も起こらない。


「……そんな簡単に、都合のいい願い事を叶えてくれる訳ないよね」


 ため息を吐き懐中時計をベットの上に投げると、いつも一緒に寝ているクマのロビンにボフンっと当たる。


 次の瞬間。


 眩い光がベットから放たれた。


「ふぇぇ!? 何が起こったの?」


 あまりの眩しさに目が開けていられない。


「……もう眩しくない?」


 目を開けると、目の前には。

 懐中時計を首からぶら下げた、クマのロビンが二足歩行で立っていた。


「ふぇ!? なななん!?」


 何が起こったのか理解出来ず、尻餅をついたまま後ろに後退りするアルビダ。


 ——どうしてロビンが動いてるの!?

 これは夢!? 幻!?


 これは幻覚じゃないかと、アルビタは何度も目を擦る。


『アビィ? 落ち着いて。僕は君の味方だよ』


 驚くアルビダとは正反対に、クマのロビンは落ち着いた口調で、アルビダに話しかけた後。

 可愛く首をコテンっと傾げた。


 可愛い。


「……ロビン? どうしてお喋りできるの?」

『僕はね? アビィが強く願ったから、色んなお話し出来るようになったんだよ』

「わたくしが?」

『そう、アビィの事が大好きな人が欲しいって、さっき強く願ったでしょう?』

「う……うん」


 確かにさっきそう魔具にお願いした。

 そうなんだが……それでロビンがお喋り出来るようになるのかと首を傾げる。


 ——そんなこと……あるの?


 アルビダは未だ信じられないと言った表情をする。


『それにね? アビィの事が大好きなのは僕だけじゃないんだよ』

「え?」


 何を言ってるの? 僕だけじゃない?

 わたくしの事を好きな人なんて他にいるはずが無い。


『これを見て。こんなにもいっぱい、アビィの事を応援してくれる仲間がここに』


 ロビンは首からぶら下げている、金色に煌めく懐中時計に触れた。

 すると懐中時計が輝き、黄金の光が空間に拡散される。

 その光は徐々に集まり、黄金の四角い額縁のような形になると、その中央は吸い込まれそうな漆黒の色へと変化した。

 

 よく見ると、黒い中央部分に何やら文字が白く羅列されていく。


「え? 何これ?」


 急に時計から何かが映し出されて? 

 四角の中に書かれているのは……文字?


 なんて書いて?


 アビィは四角の中に書かれた文字をじっと見つめる。


〝おっ、新しいの〟

〝なんだ? アルビダの毎日配信?〟

〝何も映ってないぞ?〟

〝アルビダって名前、薔薇の女王みたいね〟

〝おーい、画面映ってないよ?〟

〝カメラ起動し忘れてますよ〟


 黒い画面に白い文字がツラツラと羅列されて行く。

 それはまるで、凄い速度で数人が一度に会話しているかのように。


「ロビン!? ここっこれって何?」

『これがアビィのことを応援してくれる仲間さ』

「私の事を?」


 この文字が仲間? 意味が分からない。


『そうだよ。じゃあアビィの事をカメラで映すね?』

「え?」


 すると黒かった画面に、アビィの顔が映し出される。


「わっ私の顔が写ってる! 鏡?」

『僕の瞳に映ってるものが、その画面に映し出されてるんだよ』


〝わっ美少女〟

〝VR?〟

〝ふぁ!? こっ、これってアルビダ様の幼少期の姿じゃん!〟

〝作ってる映像?〟

〝何かの宣伝か?〟


「アルビダって書いていますわ。もしかしてこれって、わたくしに言ってるの?」

『そうだよ、ほら。手を振って挨拶して』


 ロビンがそう言って、挨拶を促す。

 アルビダはどうして良いのか分からず困惑していたが、言われるがままに挨拶のカーテシーを披露する。


「わたくしは、アルビダ・イングリットバークマンです」


 すると文字がすごいスピードで書かれていく。

 早すぎて全てを目で追えない程に。


〝はわわっ。かわよ!〟

〝天使がいた〟

〝すっごいリアルに出来てるなぁ。現実に生きているいるみたいだ〟

〝なんの宣伝なんだ?〟

〝もしかして【金杯の聖女と赤薔薇の女王】の二部が始まるのか!?〟

〝一部でアルビダ様は断罪されて終わっただろ? 斬首刑で死んだのに二部でまた出て来るわけ?〟

〝気になる気になる〟

〝アビィ様もっと喋って!〟


「ロビン! わたくしの映像に文字が重なって流れていくわ。早すぎて全ての文字を追えない」

『それだけみんなアビィの事が大好きなんだよ。アビィの事を詳しく知っていて大好きな人・・・・・・・・・・しか、この映像は〝見れない〟からね』


 ぬいぐるみの腕を器用に動かし、ロビンが得意げに画面に触れる。


「わたくしを……知っている? わたくしを……大好き?」


 アルビダは画面に流れていく文字を必死に読む。

 その中に気になる言葉が目に入る。


「断罪……? 斬首刑で死!?」


 それってわたくしの未来を言っているの!?

 この中にいる人は、未来予知が出来るの?

 意味が分からない!


「教えて! どうしてわたくしが、斬首刑で死ぬの?」


〝なんだこれ?〟

〝質問タイムスタート〟

〝公式のあらすじ貼るか?〟


 こうしき? 何を言っているの?

 アルビダは言葉の意味が分からず首を傾げる。


〝アルビダは最愛の母を失った幼少期の寂しさから愛してくれる人を求め、数々の貴族の男を誑かし虜にする。美しいアルビダの標的となった男は皆骨抜きになり、アルビダを取り合い最終的に爵位まで失う。第三王子まで虜になり夢中になるが、聖杯の聖女の力により王子は助かる。この事件を最後にアルビダは全ての罪を糾弾され断罪される〟

〝そうそうこれね〜。私はなんかアルビダの事嫌いになれなかったな〟

〝アルビダは死の最後まで美しかったな〟

〝アビィたんは悪であり悪じゃない〟

〝アルビダは愛されたかったんだよね〟


 アルビダは書いてある文字を必死に読む。


「アルビダは……誑かし……王子様まで……」


 文字を最後まで読み得ると。


 そんな……そんな……これが未来のわたくしの姿だというの!?


「ふっ、ふわぁぁぁぁぁぁぁっんっ。ひっ、ひどいよう! ふぇぇぇぇぇん」


 アルビダは大声を出して号泣する。

 それを見た画面の中の住人達がいっせいに慌てた。


〝え!?〟

〝泣いた!?〟

〝会話できるの?〟

〝リアルなAIだなぁ〟

〝あらすじ貼った奴責任とれや〟

〝泣き顔まで可愛い〟

〝泣かすつもりはなかったんだよ? ごめんね。スパチャ〟


 チャリン♪【1000P】


〝僕も! これで泣き止んで〟


 チャリン♪【500P】

 チャリン♪【800P】

 チャリン♪【300P】


 軽快な音と共に次々にスパチャでポイントが送られてくる。


『ほらほらアビィ? 泣いてないでスパチャのお礼をしないと』


 ロビンが泣いているアルビダの頭を、優しくポムポムと撫でる。


「おっ……お礼? いっイジワル言われたのに?」


 アルビダは必死に涙を拭う。


『画面見て?』


 チャリン♪【500P】

 チャリン♪【2000P】


 アルビダが画面に目をやると、金貨が跳ねるような動きをし飛んで消えていく。


『これはアビィの事を応援してくれている気持ちだよ?』

「……おっ応援?」


 アルビダの視線は再び画面に向かう。


〝イジワルなんて言ってないよ〟

〝泣かないで〟

〝よしよし〟

〝推せる!〟

〝泣き顔まで天使〟

〝大好きだよ〟


「…………あっ」


 アルビダの頬が桜色に変わる。


『これでもイジワル?』


 今もスパチャは止まらない。

 画面の至る所で金貨が跳ねている。


 それを見たアルビダは……。


「ちっ違うのっ……みんな優しいの。アビィの事……」

『アビィの事を?』


 ロビンが左眉を上げながら、アルビダの言っている事を復唱する。


「……………すっ……好き?」


 頬を桜色から桃色に染めたアルビダが、コテンっと首を傾げて困惑げに言葉を発すると。

 画面が激しく揺れた。

 正確には揺れたように見えた。


〝ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?〟

〝一生アビィたん推し〟

〝死ぬかとおもた〟

〝軍曹しっかりして下さい! 生きてますか?〟

〝可愛すぎて草生えた〟

〝無理無理無理無理むリィ〟

〝好きぃぃぃぃぃぃ〟


 チャリン【500P】

 チャリン【1500P】

 チャリン【2000P】

 チャリン【300P】

 チャリン【10000P】


 スパチャの効果音が永遠と鳴り響く。

 画面には、溢れんばかりの金貨が飛び交っている。

 それは文字が読めない程に。

 金貨で画面が埋め尽くされた。

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