第7話 中ボスですが、ここは3人パーティで攻略します

 高校に入って、二週間くらいが経過した。朝見星とかいうクソキモゲロカス女との再会により、不登校になってしまうのかと自分でも心配に思っていたが……何とか登校を継続し、健全な男子高校生としての道を歩み始めている。

 自分を褒め讃えてやりたい。授業は全然真面目に聞いていないが、学校生活を過ごすことに対してこれほどの達成感を得ているのは初めてだ。


 ……あまり認めたくはないが、今この時間に平和に昼食を取れるのは生徒会長のおかげでもある。どうやらあの人はそこそこ大きめな声で女子に罵詈雑言を浴びせていた一年生男子の件をうやむやにしてくれたらしく、俺が校内の生徒から目の敵にされるような事はまだ無い。


 ──────朝見星もまた、俺への報復は考えていないようで……あの日から今日まで接触は無い。


「……食おう」


「っす……」


 俺は荒川あらかわたけるという新しく出来た友人と互いにボソボソと言葉を交わし、机をくっつけて弁当箱を取り出す。


「部活さ……入る?」


「いや、全然決めてなくて……帰宅部で良いかなって……」


「明日から入る奴は入るらしいけど……俺も帰宅部になりそうだわ……」


「……」


「……」


「あー、あの、あれ……昨日更新来たけど、やりました?」


「あぁ、新バージョンな。新キャラ引いた?」


「12000円課金しました」


「おぉ……まぁ俺もだけど」


「っていうか中々良い聖遺物揃わない……何度周回してもゴミしか出ないのなんなんですか」


「分かる。今回実装されたのどっちもチャージ効率盛らなきゃいけないしな」


「自分は220%稼げましたが……率ダメが酷い事になってます。餅武器持って80:190は満足出来ませんね……」


「俺昨日攻撃力会心率ダメ付いた4オプの装備強化したら防御実数全伸びしたわ……」


「うわwwそれはやばすぎww……ますね」


 ……そして、互いに弁当の中身を口に運び、互いに無言のフェーズに入る。スマホで動画を見始める俺達が次に会話するのは弁当を食い終わってからか、何か面白い動画を見つけた時だ。


 荒川は俺と同じ典型的な陰キャで……いや、少し太っているから俺より酷いまであるゴリゴリの陰キャと言った方が正しいだろう。同じゲームのストラップを付けていて、席も近かった俺達は、進と三上が陽キャと喋っている間に親交を深め……今に至る。


「いや今期のムズすぎね!?11層ですら無理なんだけど!」


「まじそれな?流石にキツいわー、12層とか無理ゲーだろw」


「「!!!」」


 俺と荒川の視線が衝突する。

 俺達とやっているゲームは同じだが、聞こえてきた会話の主は陽キャ。それだけで天と地の差がある。


「いや今期は比較的簡単なんだけどなぁwwしかも11層とか……ww」


「俺40秒くらい余りましたよww流石に雑魚で草と言わざるを得ないww」


「地獄だった3バージョン前の12層やらせたら失神するんじゃ……ww」


「大人しく人権キャラ引いた方が良いのに……ww」


 そう、これが差だ。陽キャ様達はキャッキャと日々を楽しみ、その楽しみの中に『ゲーム』があるだけなのに……俺たち陰キャは数少ない陽キャに勝てるチャンスだからここぞとばかりにイキる。しかも本人達には聞こえない小さな声で。


 ……天と地っていうか、太陽とマントルぐらいある。


 まぁ──────それでも良い。


「え、行けんじゃね!?」


「行け、行け……うぉーっしゃ行ったぁぁぁ!!」


「お前えぐwはいじゃあ12層なーw」


「いや少しは休ませろって!w」


 あちらはあちらで。


「はいじゃあ12層星4縛りで蹂躙するよーっとww」


「いや草、自分もやりますわそれ……ww」


「まず初期実装調整ミスでぶっ壊れキャラになったこいつとこいつを入れましてww」


「そいつらはもはや星6キャラなんですがww」


 こちらはこちらで。


 それぞれ楽しんでれば、これ以上に幸せな事はない。

 棲み分けだ。互いに必要以上の干渉はせず、場を弁える……これこそが陰陽の仲の完成系ではないだろうか。








「来栖くんっていう……趣味が合う友達が出来てさ、何とかやってけそうかな……」


「よかったぁ!タケちゃんと同じクラスになれなくて心配したんだから!」


「も、もう……俺だって友達くらい作れるよ……」


「ふーん、会ってみたいなぁ来栖君。どうも〜荒川健の彼女で〜すって」


「流石にそれはやめてよ……?」


「あはは、冗談だって!」


 放課後。俺は教室から去っていく友人を見送った。


「………………いやなんでだよ」


 今は陰と陽、リア充と非リア充、人とゴミ、荒川と俺の差が最も顕著に出る時間。


 何故だ、友よ。荒川よ。君が良くて俺がダメな理由って一体なんなんだい。


「帰ろうぜ悠人……ってお前、どんな顔してんだよ」


「すんごい険しい顔してるねぇ」


「お前らってほんとせっかちだな……高校生で彼女なんて作っても何も意味無いんだよ……」


「いや、高校で作れない奴はそれ以降でも─────いや、これ以上は言うまい……」


「あ!?!?高き者を俺は蔑む!!」


 つっても、俺は恋愛を求めているが、それ以上に恋愛を遠ざけたい気持ちが大きい。

 今のままで良い……はずなんだ。


「して、親友よ」


「はい」


「今日も頼まれてくれるか」


「……良いけどさ」


 進が言っているのは他でもない、『ラブコメを避ける』という件について。


「はっきり言って……限界は近い」


 この二週間、なんとか凌いできたが──────マジで、マジであの詩郎園七華とかいうお嬢様が本気を出しすぎてる。


「まずあの使役能力。二週間で一年生の女子の3割くらいは奴の配下になってるっぽいな」


 一年生は1クラス40人、全7クラス……計280人の3割と言えば約90人。


「うんうん、このクラスにも七華様〜!って感じの女子は結構いるよぉ」


「それに加え、容赦の無さ。最近はホームルームが終わった直後に全力疾走で7組に走り込んでくる」


 幸い、進は人気者だ。まだ出会って間もないというのに、クラスのみんなで『進は今いない』だとか『丁度トイレに行った』だとかの言い訳で追い返してきた。


 が──────ついに昨日。


「くっそ……昨日鉢合わせちゃったんだよなぁ……」


 逃げるためにトイレに篭ろうと教室を出ようとした進の前に、大勢の女子達が壁のように立ちはだかっていた。


『ようやくお会い出来ました、線堂君……!』


 キラキラと目を輝かせるお嬢様に、進は心を鬼にしきれなかった。


『ちょっと……今はトイレに行きたいかなぁ』


『いつ!いつならお礼をさせて頂けますか!?』


『あ、あー……明日とか?』


『本当ですか!?私、お待ちしておりますね!』


 率直に言って、この線堂進とかいう男は馬鹿です。


「マジですまん」


「適当に3年後とか言っときゃ良かったのに」


「卒業してるじゃねえか」


「……で、進はどうしたいんだよ」


 肝心なこいつ自身の気持ちだが……案の定、迷っている顔だ。


「正直言って、あの人は面倒くさそうな予感しかしないから出来ればあまり関わりたくはない」


「進くんがそこまで言うなんてすごいねぇ」


「でも……なんと言うか、こう、バッサリと切り捨てるのも悪い気がして……」


「おいおいおい、そういう優柔不断な所がハーレムを形成するんだよ。いらない女はちゃんと捨てなさい!」


「捨てろってお前……はぁ、言い方は悪いけどその通りだな」


 中学の頃と言えば、もう酷かった。進の周りに女が複数群がり領域を展開し、どんな者であろうと近づく事は許されないような雰囲気を醸し出していた。教室の中にだぞ?今思い出しても腹が立つ。俺がゲームの事を話そうと意気揚々と唯一の居場所であり話せる存在である進と話そうと思ったら……ハーレムに睨みつけられたんだぞ?そんなん大人しく自分の席に帰るしかないだろ!


「あー、こう言っちゃうのはどうだ?『彼女がいるからあまり仲良く出来ない』……とか」


「いや、いないのはすぐバレるし……何ならもう知ってるんじゃないか?」


「なら『好きな子がいて、その子に誤解されたくないから』……とか」


「そ、それはキモい!却下だ却下!」


「え、あ、そうなのか……?」


「なんか、初めから『お前はどうせ俺の事好きなんだろ』みたいな意図がスケスケで自意識過剰感がヤバい発言だぞ」


「し、仕方ないだろ!コミュニケーションの経験が無さすぎて分からなかった……」


「言い訳が虚しいし、あながち間違ってなさそうなのが悲しいよ悠人くん」


「春は春で当たりが強いな……?」


 実際、三上以外の女子と話した事は本当に少ない。朝見と付き合っていた頃は毎日通話とかしてたけど……だめだ、急な黒歴史に心臓が耐えられない。これ以上考えるのはやめよう。


「……そうだ、三上と──────」


「ん?私?」


「……あぁいや、なんでもない」


 三上と思いっきりイチャつけば流石の詩郎園と言えども退散するしかないのではないか。


 そう言いかけたが……ダメだ。

 こいつら二人の関係は第三者が無理矢理くっつけようとしたり引き離そうとしたり、そんなくだらない理由で壊れてはいけないモノだ。


 ──────どうせ互いに両想いなくせに、かれこれ約10年間もあって交際に至っていないのは……二人にしか分からない理由があるからに決まっている。


「あぁ、やっぱり三上と俺が───────」


「あの〜……」


「「「!」」」


 教室のドアから、黒髪ロングの清楚系美少女の顔がひょこっと現れた。


「……すみません、来ちゃいました」


 教室に残っているのは俺達3人以外には、カードゲームをプレイ中の陰キャ二人と多分サッカーのゲームをしているであろう陽キャ数人と何故か残って勉強しているよく分からんやつ一人。

 その全員が来訪した詩郎園七華の方を向き、物珍しそうな顔で見た後─────


「え、なんでうちのクラスに……?」


「知らね」


「は!?うわお前ふざけんな今のシュート!!死ね!!」


「雑魚乙〜よそ見してたお前が悪いだろ馬鹿がww」


「デュ、デュフ……噂に聞いていた通り美少女ですなォフッ……!」


「あ、それうららで」


「ほげぇぇぇええええええええ」


「クソ、7×8が思い出せねぇ……!」


 うるさすぎだろこのクラス。お嬢様がやって来たというのにお淑やかにしようという気概が1ミリも感じられない。


「そ、その……ここでは7組の皆様のご迷惑になりますので、出来れば……」


「あぁ……そうだね」


 ため息の後、諦めたような表情で進は立ち上がり─────詩郎園の方へ歩んで行った。


「こういう事よくあるよねぇ。進くんが女の子に連れてかれちゃって、私と悠人くんが残るパターン」


「……何言ってるんだ?」


「え?」


「まぁ確かに、よくあったけども──────今はそうじゃないだろ」


 俺は三上の背を押し……活気の感じられない進の足音に重ねた。


「え、ちょ、悠人くん!?」


「……すみません、どちら様でしょうか……?」


「ん?……え、え!?二人ともなんでついて来て……!?」


 心底困惑したような表情の詩郎園と、目を丸くして驚き─────その後、呆れたように口角を上げた進の顔。


「まぁ、俺達……幼馴染なので」


 女は怖い。だから俺はぼそっと、ギリ聞こえるくらいの大きさで目線も合わさず言葉を発する。

 怖い。怖いけども─────このまま何もしなければ無事、詩郎園はヒロイン候補となり、その気になれば進と春が二人きりの状況でも邪魔してくるだろう。こいつの性格なんて知らないけど、ラブコメのお嬢様って大概そうでしょ?ならそうに決まってるだろ!

 俺はそれが気に食わない。だから止める。


 かかってこいよ、詩郎園七華──────お前というラブコメを……破壊してやる……!

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