22 相手の魔術をずらす力
ただ、自己肯定感の低いキズナからすれば、イブの想いはどうしても“チャーム”で得た偽りの愛情だと訝ってしまう。
「ねえ、キズナ」
「なんですか?」
「貴方はサキュバスとのハーフなんでしょう?」
「ええ、そうですね。話してなかったっけ」
「でしょうね。まあ、見れば分かる話ではあるけれど」
キズナには普通の人間と異なる点が3つある。
羊みたいなツノ、矢印のような尻尾、背中に生えている数十センチほどの翼。
もっとも、当人にはそれらが生えている感覚はないのだが、傍から見ればなにかの種族との混血児であることは明白だ。
そんなキズナに、イブは忠告するかのごとく言う。
「けれど、私に“チャーム”が通用してるとは思わないで」
「へ?」
「私は既存の原理で動く法則や物体をすべてずらせる。サキュバスといえば“チャーム”だけれども、それらは既存の法則のひとつに組み込まれてるのよ」
「反射」
「そう。初めて会ったとき、貴方は“チャーム”で私を追いやろうとしたみたいだけれど、当然効いてなかったわ。“チャーム”自体、はね」
つまりどういうことだ、と喉元まで出かけるものの、イブはまだ話を続けるつもりなので、黙って訊くことにした。
「まあ、通用しなかったことへは驚いたけれどね。あのとき逃げ出したのは、“チャーム”をずらすことができなかったからなのよ」
「ずらせてた場合、ぼくがイブ先輩のことを好き好き大好きになってたと?」
「そうでしょうね。やっぱりサキュバスと人間とのハーフには謎が多いわ。私の魔術を相殺できるなんて──」
「貴様らァ!!」
閑静な喫茶店に怒号が響いた。その刹那、キズナは巨漢に蹴られる。椅子から蹴り飛ばされた少女は、現状を理解できずに、首をかしげるしかなかった。
「淫魔とのハーフだとォ!! サキュバスは人間を堕落させる悪魔だ!! ロスト・エンジェルスに巣食う害虫め!! 粛清してやる!!」
蹴られたときに受け身をとれなかったため、キズナは鼻から血を流していた。押しつぶされたような痛みに苛まわれ、キズナは鼻の部分を抑える。
「どうしたァ!? 人間を堕落させる怪物め!! なにもしないのなら!!」
巨漢は、拳銃を取り出した。騒然としていた店内が悲鳴に包まれた。
ここはロスト・エンジェルスという近未来異世界である以上、拳銃を持っている者などありふれている。
キズナはビクッと震える。このままでは殺される、と本能が鳴り響いているのだ。
そんな危機的状況下、イブが立ち上がった。
「なんだァ! 貴様ァ!!」
「うるさいわね!! ヒトの会話に入り込んでくるんじゃないわよ!!」
180センチを超える男の声量にも負けない怒号とともに、イブは眉間にシワを寄せる。
そして、彼女は巨漢に張り手を食らわせた。
バキッ!! という骨がへし折れる音とともに、男はガラス張りのカウンター席まで吹き飛ばされた。
ガラスがパリンッ!! と割れ、男は血まみれになる。
イブはそれでも不満げな表情で、キズナに手を貸した。
「まったく、いまどき魔族差別なんて流行らないっていうのに。キズナ、大丈夫かしら?」
「いや、昔から殴られ慣れてるから大丈夫……。それよりも、あのヒトの心配したほうが良いんじゃないんですか?」
「良いのよ、あんなクズ。ロスト・エンジェルスの法律じゃ魔族への差別は禁止されてる以上、どうあがいても過剰防衛にしかならないし。けどまあ、店内を壊したのはマズイわね」
イブは弁償するためか、店員に頭を下げて財布に入っている大量の100メニー札を取り出していた。
(規格外だなぁ。色々と)
妙に手慣れているのを見ると、カッとなった勢いで、誰かを吹き飛ばすことが多いのであろう。それはいかがなものだと思うが、同時にキズナは嬉しかった。
賠償を終え、踵を返してこちらへ戻ってきたイブへ、キズナは珍しく微笑みを浮かべながら、言う。
「ありがとうございます。殴打されてるとき、誰かに助けてもらったのは初めてなので」
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