第16話 えぴろーぐ
初夏の日差しのなか草木の緑が
それを横目に、お菊はホースで水をまいていた。
あれ以来、彼女がなにかをしてくることはなく、皿屋敷は平穏な日々のなかにあった。
お化け屋敷としては営業を禁止されたままなのだが、そもそも
「ちょいと、お菊」
不意に、背後の
「あたいの部屋にきておくれよ。みんなも集めてあるからさ」
ウキウキとした声でそう言ってくるアヤメの顔はにこやかだった。着物を
「はい・・・」
なにやらご
「なにかいいことでもあったのかな、アヤメさん」
着物を
「いけば、わかるのかな」
蛇口をひねって水をとめると、お菊は縁側に足をかけて居間に入り、そこからアヤメの部屋へむかった。
部屋の
「なんです?」
「さあね。でもひとつたしかなのは、アヤメがああやってご機嫌なのは気味が悪いってこと。きっとよくない
「そ、そんな・・・」
またオーナーからイチャモンをつけられたのではないかと、お菊は急に不安になった。だが、それにしてはアヤメのニコニコ顔が
やがて、アヤメがニコニコしながら一同を見わたし、もったいぶるようなことを言いはじめた。
「ンフ~。あたいがなんでご機嫌なのか、わかるやつはいるかい?」
「ウザい。さっさと用件を言って。ゲームのなかでフレンドまたせてんだから」
この場にいるアヤメ以外のだれもが思っていることを、ジーナが穏やかな口調で代弁してくれた。
「しょうがないねえ。じゃあ、あんたたちにも見せてやるとするかね。ほい」
そう言ってアヤメが
そこには、
緑の香りを運んでくる
「へえ~。すてきな写真ですね」
お菊は正直な感想を
が、そこに差出人の名前はなかった。
お菊は頭の上に「?」を浮かべながら文面に目を移した。
その
そこには、でかでかとこう書かれていた。
〈
たったこれだけの短い一文。自分の名前と「
それでもお菊には、見おぼえのある
「無明さま・・・」
お菊は、
「無明、息災」とは「無明は元気だ」という意味である。
三十年もの長きにわたってなにも
「うそでしょ! 無明さまなの?」
お菊のささやきを聞いたジーナが飛び
が、お菊は指にグッと力をこめてはなさない。
「ちょ・・・お菊! あたしにも見せてよ!」
「ダメです! これはたった今、わたしの宝物になりましたので!」
「はあ? ふざけないでよ! そんな勝手なこと、だれがゆるすってのよ!」
「だれのゆるしもいりません! なぜなら
「わけわかんないこと言ってないで、よこしなさい!」
「あッ、やめてくださいッ、ジーナさん! 破れたらどうするんですか!」
「だったらはなしなさいよ!」
「そうだよ、お菊。
「アヤメさんだって、ずっと抱きしめてたじゃないですか! だいたい、この葉書、いつ届いたんです?」
「・・・昨日」
『えええええええ!』
お菊とジーナが声をあわせておどろく。
お菊は
「わたしたちにすぐ言わないで、昨日、一日中、ずっとこれを抱きしめてたんですか?」
アヤメがニコニコ顔のまま、しれっとうなずく。
「無明さまからのお
「そんなのずるいです! じゃあ、これはもう、わたしのものでいいですね!」
「なんでそうなんのよ! あたしなんか、まだ文面すら見てないんだからね! ほら、よこしなさい!」
「あああッ、やめてください! ひっぱらないでええェェェ!」
葉書一枚をめぐって争っている少女ふたりを、
「も~、子供みたいだな~」
「は、は、は。
この日、皿屋敷には一日中、ジーナの
「
もとから閑古鳥を鳴かせていたので、来場者のほとんどが閉鎖されたことにも気づいていなかった。
だが、人間たちは知らない。
このお化け屋敷のお化けたちが実は本物で、彼女らが毎日を泣いたり、怒ったり、笑ったりして、人間とそうかわらない日々をおくっているのだということを・・・。
あやかしまやかしいとおかし おちむ @M_Ochi
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