第12話 底力

「有名ホラー映画大作戦」決行けっこう当日の朝──。

 昨日の暴風ぼうふうと大雨がうそのように空は青々あおあおと晴れわたっていた。

菖蒲園しょうぶえんゆうえんち」の開園三十分前になると、皿屋敷さらやしきの面々はお菊の井戸の前に顔をそろえ、決起集会をひらいた。

 お菊、アヤメ、助六すけろく、そしてお菊の両手にかかえられた新三郎しんざぶろうの目の前に、作戦の発案者であるジーナが立って演説をぶった。

「いい、みんな? ここが正念場しょうねんばよ」

 戦場の兵士を鼓舞こぶする指揮官よろしく、ナキソンのコスプレをしたジーナが、右手にもったなたのおもちゃを左の手のひらに軽く打ちつけながらお菊たちの前をいったりきたりし、それにつられてお菊たちの目も右へ左へとふられていた。

「この作戦が失敗すれば、もうあたしたちに打てる手立てはなくなる。それが意味するところは、わかってるわね?」

 穏やかな口調ながらも、ジーナの表情には気合きあいがみなぎっていた。

 皿屋敷と、そこで暮らすお化けたちの命運がかかっているのだから当然かと、お菊が納得しかけたちょうどその時、となりからアヤメが小声で耳打ちしてきた。

「いよいよ大勢の前でコスプレできてうれしいんだよ、あれ」

 なるほどと、お菊はこちらの理由のほうに納得した。他人の姿に変化へんげするのがむじな本懐ほんかいであるから、ジーナにとってコスプレは本能的なよろこびがともなうものなのだろう、と。

「そこ。私語しごはつつしむように」

 ジーナがおもちゃの鉈でアヤメを鋭くしめした。

「へいへい」

 煙管きせるけむりでわっかをつくりながら不真面目ふまじめに返答するアヤメを無視して、ジーナが言葉をつづける。

「ここはなんとしても作戦を成功させて、あの忌々いまいましいオーナーにギャフンと言わせてやるのよ。あたしたちお化けの底力を、大勢の人間たちに見せつけてやりましょ」

「見せつけるっつっても──」

 アヤメが煙管をふかしながらぽつりとこぼす。

「みんな借りもんの姿だけどねえ。しかも人間がつくった映画の・・・」

「それでいいの」

 ジーナの口もとに不敵な笑みが浮かんだ。

「人間は、自分たちの想像力のおよぶ範囲でしか恐怖を感じられない生き物なの。あたしたちのような本物のお化けは、人間にとって想定外の存在。だからあたしたちが目の前に現れても彼らはピンとこず、いまいち恐怖を感じられない。でも、彼らが生みだした架空のバケモノなら、彼らにもそのこわさが瞬時に理解できる。なぜなら、そのバケモノは彼らが想像できるこわさの範疇はんちゅうでつくられたものだから」

 もっともらしい理屈を述べるジーナにお菊が感心していると、隣のアヤメから不服そうな声が流れた。

「その理屈だと、あたいたちお化けの底力は関係なくないかい? だって、人間が生みだしたバケモノに仮装してる時点で、あたいらは本物のお化けであることを放棄してるわけだろ? それじゃ底力の見せようがないじゃないか」

 この意見にも「なるほど」と思ってお菊がジーナに視線をもどすと、彼女は電池切れをおこしたおもちゃの人形のように一点を見つめてピクリとも動かなくなった。

「はい、決起集会、おわりっと。みんな、配置にもどるよ」

 アヤメが煙管を口にくわえたまま両手をパンパンと打ち鳴らして散会を告げた。

「ジ、ジーナさん? 大丈夫ですか?」

 お菊は、急に固まって動かなくなったジーナを心配して彼女の鼻先で手をふってみた。が、やはり微動びどうだにしない。

「ほっときな、お菊。あたいに論破されたジーナは今、頭んなかで必死こいて理論武装してる真っ最中なのさ。また新しい屁理屈を思いついたら動きだすよ」

「そ、そうですか・・・」

 ちゅうの一点を見つめて動かないジーナが心配ではあったが、アヤメが大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろうとみずからを納得させ、お菊は両手でかかえていた提灯ちょうちんお化けの新三郎を入口の柱へもどしにむかった。

「結局、なんの集会だったのでござるか?」

 新三郎の疑問はもっともである。

 なぜなら、お菊にもよくわからなかったからだ。なので正直に答えた。

「さあ・・・わたしにもさっぱりです・・・」

 新三郎を柱にかけてやると、お菊は遊園地が見える入口をふりかえった。

 昨日の強風で飛ばされてきた枝や葉、あるいはゴミといったものはすべてお菊が朝のうちに掃除しておいた。綺麗きれいになった皿屋敷の入口に大勢の客が長蛇ちょうだの列をなすと思うと、お菊の胸にワクワクとした高鳴たかなりがわきあがってくる。

 そんなお菊の興奮をさっしたように、新三郎が渋みのある声に期待をにじませた。

「お客人きゃくじんが、たくさんくるとよいでござるなあ」

「きっときてくれます。だって、キットクル子さんは人間たちの間ですごく有名だそうですから」

「ほお、それは心強い。ところで、お菊どのがそのキットクル子とやらを演じることを、人間たちは知っているのでござるか?」

「それが・・・宣伝はダメだって、新しいオーナーさんに言われちゃったんです。だから・・・」

「宣伝はしていない、と? はて・・・それでは、お菊どのがキットクル子を演じることを、人間たちは知りようがないのではござらぬか?」

「あ・・・ほんとだ・・・」

 今さらながらにお菊は気がついた。

 客がほとんどこないアトラクションの中身がかわったことに、いったいだれが気づいてくれるというのだろうか。

 皿屋敷がリニューアルしたことを宣伝しなくても、人は集まってくれるものなのだろうか。

 そんな疑問と不安が同時にわいてきたお菊は足早あしばやにアヤメのところへむかい、新三郎に指摘された疑問をぶつけてみた。

 すると、花魁おいらん姿からシスター姿へと着がえおえていたアヤメが、頭は日本髪のまま呵々かかと笑いだして、はちきれそうなほどにふくらんだ胸を大きくゆらした。

「言われてみりゃ、そうだね。こりゃ一本とられたよ、あ、は、は、は、は」

「笑ってる場合じゃありませんよ・・・どうするんですか?」

 せっかく修繕しゅうぜんした白のワンピースや、懸命に練習したキットクル子をたくさんの人に披露できないのはいやだった。

 そんな不満をこめてお菊が見つめかえすと、アヤメは煙管の吸い口でポリポリと日本髪をかいた。

「しゃあないね。んじゃ、あたいがちょっくら皿屋敷の前に立って、呼びこみでもしようかね」

「わたしもお手伝いします」

「それはダメよ」

 不意に流れたこの声は、いつの間にかアヤメの部屋の戸口に立っていたジーナのものだった。壁に背中をあずけ、胸の前で腕を組みつつ、うつむき加減に目を閉じながらジーナが穏やかに語る。

「お菊が演じるキットクル子はリニューアルした皿屋敷の目玉なのよ? そんなあなたが店先に立ったら、お客の楽しみがなくなっちゃうでしょ」

「さっきまで思考回路をショートさせてたやつが、なにカッコつけてんだい?」

 あきれ顔のアヤメが、それでもジーナの意見には同意した。

「とはいえ、ジーナの言うことももっともだね。お菊は、キットクル子に着がえて井戸のなかで待機してな。客の呼びこみは、あたいとジーナが交代でやるよ」

「宣伝が禁止っていうなら、きてくれたお客に広告塔となってもらえばいいのよ。だから、まずは今日一日のお客が肝心かんじんよ。彼らを満足させて、ネットの口コミで一気にひろめてもらいましょ」

 来場者にリニューアルした皿屋敷のことをひろめてもらう口コミは、古典的でありながらも効果的な宣伝方法といえた。しかも、従業員規約に反しているわけではないので、あの日鷺院那乃ひろいんなのから茶々が入る心配もない。

「わかりました! わたし、がんばります!」

 アヤメやジーナが疑念と不安を払ってくれたおかげで、お菊はようやくキットクル子を演じるための気合をみなぎらせることができた。




 白のワンピースに着がえ、裸足はだしになり、黒くて長い髪をすべて前にもってきて顔をかくし、寝床ねどこにもなっている底の浅い井戸のなかにしゃがみこむと、お菊は固唾かたずをのんで来場者をまちわびた。

 最初は、いつものとおり静かだった。

 皿屋敷周辺にあるアトラクションを満喫している客たちの歓声、迷子のお知らせやイベントの告知といった園内放送、そして助六のご機嫌な鼻歌など、それらが時おり聞こえてくるだけで、あとはいつもとかわらない静寂。

 ところが、三十分ほどった時のことだった。

 しゃがみっぱなしの姿勢でしびれそうになった足をかばうために、お菊が何度目かの身じろぎをした直後、男性のものと思われる悲鳴が入口のほうからかすかに聞こえてきた。

「お菊ちゃん、お菊ちゃん」

 助六が、スニーカーをいた一本足でねてきて、うれしそうに声まで弾ませた。

「すごいよ、お菊ちゃん! ぼく、入口をチラッとのぞいてきたんだけどね、アヤメさんがお客さんをひとり、皿屋敷につれてきたよ~!」

 吉報きっぽうをもってきた唐傘小僧からかさこぞうの声を聞いたお菊は井戸からひょっこりと頭を覗かせ、顔をかくしている髪をよりわけて左目だけをだした。

「じゃあ、さっきの男の人の悲鳴は──」

 ジーナふんするナキソンが、早くも来場者に悲鳴をあげさせたものと思って助六に確認したお菊であったが、彼の口からは予想外の回答がかえってきた。

「うん。アヤメさんがね、いやがる男の人のお尻を蹴っ飛ばして、むりやり皿屋敷におしこんだの~」

「そ、そっちの悲鳴だったんだ・・・」

 お菊が苦笑くしょうを浮かべた直後、遠くからジーナの大声が聞こえてきた。

「金がねえええェェ! 泣きてェェよォォォ!」

 今度こそ、ナキソンに扮したジーナの登場である。

 お菊はジーナの活躍に期待して、しばらく聞き耳を立てることにした。ナキソンも有名らしいので、ジーナがきっと来場者の男性をこわがらせてくれることだろう、と。

 ところが、なんだか雲ゆきがあやしい。

 ナキソンと遭遇したはずの男性客の声におどろいた様子がなく、むしろしらけきっていたのだ。

「なんだ、おまえ・・・その恰好かっこう・・・それってナキソンのつもりか?」

「そうだけど、こわくないの?」

 穏やかな口調で冷静にたずねるジーナに対して、男が口汚く返答する。

「こわくねえよ。つーか、ナキソンの仮面はそんなピエロみてえじゃねえし。体だってもっと大柄おおがらだろが。そもそも女や子供にできる役じゃねえんだよ」

「・・・・・・」

「ったくよぉ、あの色っぽいシスターが逆ナンしてきたからついてったら、クソみたいなアトラクションにつれてこられちまったぜ」

「じゃあ、これでも、こわくなぁい?」

 ジーナの声が低く流れた。

「ああ? どうした。急に仮面を外しだし・・・て──」

 男の怪訝けげんそうな声が途中で切れた。

 しばしの静寂ののち──。

「うぎゃああああァァァ!」

 汚い悲鳴が響きわたる。

 お菊にはなにがおきたのかわからなかったが、悲鳴をあげた男がこちらへ走って逃げてくることだけは足音でわかった。

 助六もそのことを察したようで、びょんぴょんと跳ねながらお菊に別れを告げた。

「よ~し、今度はぼくの番だ! あの人、ここへくるまでにぼくの廊下をとおるから、いっちょおどかしてくるね~」

「がんばってね、助ちゃん!」

「うん、まかせてよ~!」

 ジーナにつづけとばかりの気合がはいった返事をする助六を、お菊は「今度こそお客さんに気づかれますように」と祈りをこめつつ右手を小さくふって見おくった。

 それからお菊は、ふたたび井戸から頭の半分だけをだして耳をそばだてた。

 助六がお客さんをおどろかせるその雄姿を、せめて音声だけでも記憶しておくために。

 ところが、聞こえてくるのは客がこちらへ近づいてくる足音だけで、唐傘小僧に遭遇した様子はおろか、客の悲鳴も、ましてや助六の「からん、ころん」すらも聞こえてこなかった。

 そしてとうとう、お菊が担当する井戸エリアに男性客が現れてしまった。

「なげ~廊下だったけど、結局、なにもなしかよ。けッ。緊張させやがって・・・」

 そんな悪態あくたいをつく客を見て、お菊はすべてをさとった。

(助ちゃん、あの人がこわくてでれなかったんだ・・・)

 廊下の影が濃い部分で気づかれないように壁のほうをむいて立ち、体を小刻みに震わせながらひたすら客がとおりすぎるのをまっている唐傘小僧の姿が、お菊には容易に想像できた。

 それでも、お菊は助六をめる気になれなかった。

 お菊が井戸からこっそり覗いて確認した男性客は、パンチパーマの頭に、吊りあがった一重ひとえの目、おまけに眉毛はなく、体のあちこちに安っぽい金色のアクセサリーをジャラジャラと散りばめ、派手な原色のがらシャツを見っともなく着崩すという、絵に描いたようなチンピラだったのである。

 あれでは、助六がおびえてかくれてしまうのも無理はなかった。お菊ですら、できることなら関わりたくない相手である。

(アヤメさん、よりにもよって、なんであんなこわそうな人を・・・)

 心のなかでアヤメの人選をうらむ一方で、お菊はジーナに感心した。

(あんなこわそうな人に悲鳴をあげさせるなんて、ジーナさん、いったいなにをしたんだろ・・・)

 客との会話から想像するに、どうやらジーナはナキソンの仮面を外したようだが、ひょっとして、のっぺら坊としての本領ほんりょうを発揮したのだろうか。

 そんなことを考えはじめたお菊の耳に、客のいぶかしげな声が流れてきた。

「ん? なんだありゃ? 暗くてよく見えねえけど・・・井戸か? へへ、まさか、キットクル子でもでてくるんじゃねえだろうなぁ?」

 男の声の後半はやや震えていた。

 お菊はあわてて頭をひっこめ、あらためて髪で顔面をおおいかくし、でる準備をはじめた。

(それにしてもすごいなぁ・・・キットクル子さんって本当に有名なんだ・・・)

 ジーナから有名だとは聞かされていたが、井戸を見ただけで真っ先に連想されるキットクル子の知名度に、お菊はおどろかされた。と同時に、自分がおちぶれてしまったような気がして肩をおとす。

(井戸といったら、昔はわたしだったんだけどなぁ・・・)

 江戸時代には、お菊のことを題材にした怪談や落語が幾つもつくられ、それらをとおしてお菊は庶民に親しまれたものである。そのころは「井戸といったらお菊」、「お菊といったら井戸」という具合で、とある県には「お菊井戸」と命名された井戸まであるほどだ。

 それが今や「井戸といえば『わっか』のキットクル子」で、お菊のことを連想してくれる現代人などほとんどいないという有様だった。

(わたし、お化けとしてサボりすぎてたのかな・・・でも──)

 多くの人に「皿屋敷のお菊」を知ってほしいが、それにはまず、多くの人に皿屋敷へきてもらわなくてはならなかった。

 そのために今、キットクル子を演じようとしているわけだが、それでは結果としてキットクル子の名声ばかりが高まっていくという矛盾に気づき、お菊はため息をついた。キットクル子のことは敬愛しているが、このままでは、ますます「皿屋敷のお菊」がわすれられていくような気がして悲しくなったのである。

(あ! いけない・・・こんなこと考えてる場合じゃなかった。今はとにかく、あのお客さんをこわがらせないと!)

 お菊は練習したことを思いだしながら井戸のふちに両手をかけると、ゆっくり頭をのぞかせていった。顔にかかった長い黒髪をユッサユッサと左右にゆらしながら井戸から上体をだし、裸足の右足を井戸の縁にかける。

 そして、井戸からうようにしてでると、これまたゆっくりと時間をかけて立ちあがり、立ちあがると、うつむきながら一歩、また一歩とらすように前進をはじめる。この時、まるで壊れたゼンマイ仕掛じかけの人形のように頭をカクカクと左右にゆらし、肩をカクカクと上下させることをわすれない。

 むずかしいのはここからだった。

 うつむき、なおかつ顔をおおっている長い黒髪のせいで視界不良のなか、お菊は客との間合いをしっかりと見さだめ、ここぞという位置とタイミングで黒髪から左目だけを覗かせ、客を凝視ぎょうししなくてはならないのだった。

 お菊が考えるキットクル子のチャームポイントは、まさにこの左目だった。

 この左目を効果的に見せることで客にあたえる印象が大きく異なると分析していたお菊は、練習で何度も確認しておいた位置で立ちどまると、いよいよ左目を披露ひろうするために一呼吸おいた。

 そして──。

(ここぉ!)

 というタイミングで唐突とうとつに顔をもちあげ、顔がもちあがったことでサラサラとおちていく黒髪の隙間すきまから左目だけをさらけだした。

 立ちどまった位置といい、顔をあげたタイミングといい、顔の角度といい、両目ではなく左目だけが見えているという黒髪の絶妙な散らばり具合といい、すべてが練習で想定していたとおりの完璧な出来映できばええだった。

(決まった!)

 歓喜をおし殺してお菊はまった。客があげる絶叫ぜっきょうを。

 だが、いなかった。客が。

「・・・へ?」

 井戸のなかであれこれと考えている時間が長すぎたせいか、チンピラ風の男性客は影も形もなかった。

 かわりに、出口の方角から「クソつまんねえお化け屋敷だな! 二度とくるかッ、ボケェ!」という、すて台詞が聞こえてきた。

「やらかしたね~、お菊ちゃん」

 不意に流れたこの声にギクッとしてふりかえると、助六が大きなひとつ目をニヤつかせてこちらを見ていた。

「ぼく、こっそり見てたけど、せっかくお客さんがきたのに、お菊ちゃん、井戸から全然でてこないんだもん。そりゃ、お客さん、退屈して帰っちゃうよ~。あ~あ、アヤメさん、怒るだろうな~」

「す、助ちゃんだって──」

「そう。ぼくらはお客を逃がした者同士。だから、アヤメさんに怒られた時は、お互いにかばいあおうね~」

「・・・う、うん」

 チンピラ風の客をこわがって客前にでようとすらしなかった助六と同類にあつかわれるのは釈然しゃくぜんとしないが、おどろかせるべき相手をとり逃がしたという結果だけを見れば助六となんらかわらず、ぐうのもでないお菊はしぶしぶながらも対アヤメ同盟を結ぶことに同意した。




 チンピラ風の客が帰ってすぐ、アヤメとジーナがお菊の井戸の前にやってきて、さっそく反省会となった。

「なにやってんだい、あんたたち」

 お菊と助六を交互に見おろしながら、アヤメがあきれたようにため息をもらす。

 お菊は申しわけなくて、情けなくて、うつむきながら助六と一緒に謝罪した。

「ごめんなさい、アヤメさん・・・」

「でもさ、でもさ、あの人、見た目がこわすぎだよ~。あれじゃ、どっちがこわがらせ役か、わかんないよ~」

「たしかに、アヤメにもがあるわね」

 助六の言いわけに、意外にもジーナが同調した。

 アヤメが腰に手をあてて不満げにジーナを見やる。

「なんでだい。苦労してひっぱってきたってのに」

「ひっぱってきた、じゃなくて、りこんだ、が正解でしょ? そもそも、リニューアル後の最初のお客としては難易度が高すぎるのよ、ああいった人種は」

「とか言うけど、ジーナはしっかり悲鳴をあげさせてたじゃないか」

「そうですよ! すごいですよ、ジーナさん! どんなことしたんです? のっぺら坊をやったんですか? それとも別のなにかですか?」

 気になっていたお菊は興奮ぎみに質問をあびせた。

 対照的に、ジーナはほこるでもなく淡々たんたんと語る。

「ああいう人間は、のっぺら坊じゃこわがらないだろうと思って、目と鼻と口をめちゃくちゃな位置にだしてやったの」

「そ、それは気もち悪いねえ・・・」

 ゾッとしたのか、ろくろ首のアヤメが首をすくめた。

 お菊も、鼻がおでこにあって、口が真ん中で、両目がそれぞれ左右のほおにあるジーナの顔を想像して背筋を寒くした。

 だが、とうのジーナは結果に満足していないようで、ちゅうにらみつけたままくやしそうに反省した。

「悲鳴をあげさせたのはナキソンとしてじゃなく、結局、あたしの力を使ってのことだからね・・・」

むじなとしての底力を見せたんだから、それでいいじゃないか」

 はげますようなアヤメの言葉にも、ジーナは頭を左右にふって納得しない。

「レイヤーとして失格なのよ。ナキソンが大男だってこと、まるっきり失念してたわ。映画も見ず、焼刃やきばの知識でコスプレしたばつね・・・」

「そもそも仮面がちがうって言われたんだろ? ったく、どこを反省してるんだい・・・」

 見当けんとうちがいな反省をしているジーナにあきれつつ、アヤメが日本髪の上からシスターのフードをかぶりなおして一同を見まわした。

「いいかい、みんな。次こそしっかりたのむよ。今度はあたがい客をおどろかせてやろうじゃないか。ジーナが客をひっぱってきておくれ。それと──」

 アヤメがヌッと首を伸ばして助六の目の前まで顔をもっていくと、言い聞かせるように睨みつけた。

「今度また客がこわくてかくれたりしたら、逆さまに干してやるからね!」

「じゃあ、お菊ちゃんも~?」

「ああ、もちろん、お菊もだよ」

 お菊のほうへくるりと顔のむきをかえたアヤメがジッと見つめてくる。

 物干し竿に助六とならんで逆さまにぶらさげられている自分の姿を想像したお菊は、頭をブンブンとはげしく左右にふって黒髪を散らした。

「やります! 次は絶対、ちゃんとやりますから!」

 こうして、誰もが底力を発揮できないまま「有名ホラー映画大作戦」の第一ラウンドは幕をおろし、つづく第二ラウンドに希望をたくすこととなった。

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