第6話 ももちゃん?

 提灯ちょうちんお化けの新三郎しんざぶろうを連れて、唐傘小僧からかさこぞう助六すけろくをさがしに夜の遊園地へとでかけたお菊は、その道すがら、自分の不思議な力について話し、アヤメとジーナがその力を使って「新オーナーを消してしまえ」と、けしかけてきたことを相談した。

 話を聞きおえた新三郎は、お菊の足もとを暖かな光で照らしながら静かに笑った。

「は、は、は。アヤメどのとジーナどのに、からかわれてしまいましたな」

「ううん。ふたりとも本気でした・・・」

「さにあらず。皿屋敷さらやしきのだれもが無明むみょうさまをおしたい申しあげておりますゆえ、無明さまを悲しませるようなまねをする不届者ふとどきものなど、皿屋敷にはひとりたりともおりませぬ。ですから平気でござるよ」

「そうでしょうか・・・」

「もう少し、あのご両人のことを信じてさしあげてはいかがでござるか?」

「そんなふうに言われると、なんだかわたしのほうが悪いみたい・・・」

 お菊が不満をこめて口をとがらせると、新三郎はまた笑った。

「そうは申しませぬ。ただ、あのご両人が本当に新オーナーをどうにかしたいと思っておられるのなら、とっくに手をくだしておりましょう。それだけの実力をおもちでござるからな、あのご両人は。ですが、そのような事態にはいたっておりませぬ。それはつまり、あのご両人りょうにん重々じゅうじゅう承知しておられるということでござろう。無明さまがなにを望んでおられるのかを」

「・・・・・・」

 たしかに新三郎の言うとおりだった。

 冷静になって考えてみればわかることで、それなのに、反射的に感情を爆発させてしまった自分がお菊はずかしくなった。

「とは申せ、お菊どのをからかったばつはうけなくてはなりませぬ。ゆえに、あのご両人があやまってくるまでは、決してゆるしてはなりませんぞ」

「わかりました。謝ってくるまでゆるしません!」

 ムンと気合きあいをいれた顔でうなずいたあと、お菊は心のわだかまりをいてくれた提灯お化けを目線の高さまでもちあげて微笑ほほえみかけた。

「新さんって、いつも優しいですね」

「よ、よしてくだされ。照れくさいでござる。これ以上、明かりが強くなったら、拙者せっしゃ、燃えてしまいまする」

 感情によって明かりの度合いが左右される提灯お化けは、照れているのか、明るくなったり暗くなったりと光量が不安定だった。

「新さんが燃えたりしたら大変。わたしがおつゆさんにしかられちゃう」

 お菊が冗談めかして笑ったその直後、ふと提灯が暗くなり、新三郎の声がさびしそうに流れた。

「・・・左様さよう。彼女と再会をはたすまでは、拙者、どんなことがあってもちるわけにはいかぬでござる」

「ごめんなさい・・・お露さんのこと、思いだしちゃいましたか?」

「彼女のことを思いださぬ日など一日たりともござらぬ・・・ゆえに、お気にめさるな、お菊どの」

 新三郎はそう言って逆にお菊をなぐさめてくれたが、彼とお露の間柄あいだがらを知るお菊としては申しわけない気もちでいっぱいだった。

 新三郎はもともと、お露という名の幽女ゆうじょのもちモノなのである。

 お菊、お岩とならんで日本三大幽女ゆうじょに数えられるお露は、しかし現在、行方不明だった。人間に退治されてしまったのか。あるいは、どこかで人間たちにまぎれながらひっそりと暮らしているのか。その安否すらもさだかではない。

 お化けがまだたくさんいた江戸時代、お露と新三郎の仲睦なかむつまじさはお化けたちの間でつとに有名であった。そんなふたりが時代の流れに翻弄ほんろうされ、互いを強くおもいながらもはなればなれになってしまったことは悲劇としか言いようがなく、お菊も胸を痛めているひとりであった。

「無明さまが見つけてくださるといいですね。お露さんのこと・・・」

「その無明さまも長らく音信不通・・・結局、拙者にできることは、心に描いた御仁ごじんがご無事であることをただ祈るばかりでござる・・・」

「・・・・・・」

 無明の無事を毎日のように祈っているお菊にとって、お露の無事を祈る新三郎の胸のうちは痛いほどよく理解できた。それだけに、かける言葉が見つからず、お菊は黙ってうつむくことしかできなかった。

「お菊どの、あれを・・・」

 不意に流れた新三郎の声で、お菊は顔をあげた。

 新三郎が照らす明かりの先を見ると、そこに、さがし求めていた助六の姿があった。

 スニーカーをいた唐傘小僧が、新三郎が照らす光のむこうから「からん、ころん」と自分で言いながら一本足で飛びね、こちらに近づいてきていた。そして、お菊たちに気づくと跳ねるのをやめて立ちどまり、大きなひとつ目を皿のように丸め、おどろきの声をもらした。

「あれ~、お菊ちゃんだ~。どうしたの、こんなところで~。あ、新さんも一緒だ~」

 助六がすぐに見つかってホッとしたお菊は、微笑みながら歩みよった。

「助ちゃんこそ、どこにいってたの? 夜の散歩はいつもわたしと一緒だったのに」

 お菊が少しねてみせると、助六は照れくさそうに長いしたで傘のてっぺんをポリポリとかいた。

「いや~、ちょっとヤボ用でね~」

野暮やぼ用って、なあに?」

「それを聞くのはヤボってもんだよ~」

「・・・・・・」

 たしかに、と納得してしまったお菊はこれ以上、追及できなくなってしまった。

 ところが、助六が自分の口で野暮用の中身を暴露ばくろしてきた。本当は言いたかったようである。

「実はね、ももちゃんと会ってたんだ~」

「ももちゃん?」

「そ。今度、お菊ちゃんにも紹介するよ~」

「う、うん・・・」

 人間のように聞こえる名前だが、さすがに人間ではないだろうとお菊はたかをくくった。

 人間のナリをしていない唐傘小僧が人間と交流などすれば、たちまちお化けだとバレて大変なことになる。いかに助六といえども、そんなことをすれば自分や仲間が危険にさらされてしまうことくらいは理解しているはずだった。

(遊園地にまぎれこんできた犬か猫のことかな)

 お菊はそう結論づけた。以前にも、皿屋敷の軒下のきしたに住みついた野良猫に、助六が「團十郎だんじゅうろう」と名前をつけて可愛がっていたことがあったのだ。きっと今回もそのたぐいにちがいない、と。

「お菊ちゃんたちはなにしてたの~?」

 助六からそうわれ、お菊は彼の顔色をうかがいながら答えた。

「あのね、助ちゃんをね、さがしてたの。怒ってるんじゃないかと思って・・・」

「ぼくが~? なんで~?」

「だって、ほら、昼間、助ちゃんに内緒で、みんなどこかにいってたでしょ?」

「そうなの~?」

「・・・気づかなかったの?」

「うん、ちっとも。このネイキのスニーカーの手入れをペロペロしてたらさ、ぼく、眠っちゃってたみたいで、おきたらもう夕方だったんだ~」

「そ、そっか・・・」

 お菊は、長い舌を使ってスニーカーを手入れしている助六の姿を想像しないようにつとめた。

「お菊ちゃんたち、どっかいってたの~?」

「うん。実はね──」

 助六と合流をはたし、みんなで皿屋敷へ帰りながら、お菊は、皿屋敷が直面している問題やアルバイトのことを、できるだけわかりやすくかみくだいて助六に語って聞かせた。

「へ~、そうだったんだ~」

 聞きおえた助六は納得した様子だったが、正直、彼がどこまで理解したのかはお菊にもわからなかった。

 ともあれ、助六が怒ったり拗ねたりしていなかったことに、お菊はひとまず胸をなでおろした。

 ところが、それもつか──。

「明日のおやつは、モモ味のグミを食べるんだ~」

 助六の口から不意に飛びだしたこの言葉で、お菊の鼓動こどうはドキッと跳ねあがった。

 モモ味のグミは、お菊が自分の力を試すのに使ったことで一粒まで減らしてしまい、残った一粒もお菊がうっかり食べてしまったのである。

 お菊はあわてて提案した。

「明日はクッキーにしようよ、ね?」

「モモ味のグミなんだ~」

 助六に変更する意思はないらしい。

「も、もう全部、助ちゃんが食べちゃったんじゃなかったっけ? モモ味は」

「ううん。まだあとみっつ残ってる~。ぼく、おぼえてるんだ~」

「もし・・・もしだよ? わたしがみっつとも食べちゃってたりしたら、どうする?」

「一生、口きかな~い」

 あっけらかんとおそろしい答えがかえってきた。

「・・・・・・」

 明日の三時のおやつまでにモモ味のグミを買ってきて、わすれず小瓶こびんに補充しておこうと胸に誓うお菊であった。




 翌朝、お菊はほおのあたりをつんつんとつつかれているような感触で目を覚ました。

 見ると、井戸のふちからなかをのぞくようにしてアヤメとジーナの顔があった。

「おはよ、お菊」

 つついていたのはジーナだったようで、勝気かちきな目をしたショートヘアの少女はバツが悪そうに謝ってきた。

「昨日は、からかって悪かったわ。あたしもアヤメも反省してる。ごめん・・・」

「あたいたちが無明さまとの約束をおろそかにするわけないだろ? だからさ、ゆるしとくれよ」

 アヤメはどうやら首を伸ばして頭だけをよこしてきたようで、ゆらゆらとかすかにゆれていた。

 新三郎から「謝ってきたらゆるしてやれ」と言われていたお菊は、だが、少しこまらせてやろうという悪戯心いたずらごころが働き、背中を丸めて横になっている姿勢のままプイと顔をそらし、ふたりから視線を外した。

 すると、ジーナがすがるような声をだしてきた。

「機嫌なおしてよぉ、お菊。おわびと言ったらなんだけど、新しいバイト、紹介するからさ」

「もういいです。どうせわたし、お金をまともに数えられませんから。ジーナさんやお店に迷惑かけますから・・・」

「そう言うと思って、今日はお金を数えなくてもいいバイトを紹介するつもりなの。しかも、もと召使いのお菊には天職てんしょくまちがいなしのバイトよ?」

「わたしの・・・天職?」

 好奇心に負けて、お菊はムクッと上体をおこした。

 ジーナが口もとをほころばせる。

「そ。今日はアヤメも一緒にくるって言ってるから、三人でがんばろ?」

「アヤメさんも?」

 お菊がアヤメのほうを見ると、頭だけのろくろ首はその美顔びがんに照れくさそうな笑みをつくった。

「昨日のグッズショップでの話を聞いて、ジーナだけにまかせておくのは心もとないと思ってね、あたいがついてってやるよ」

「なによそれ」

 不機嫌そうにアヤメをにらみつけるジーナの横顔がおかしくて、お菊はふたりをこまらせることをすっかりわすれ、笑ってしまった。

「わかりました。すぐしたくします!」

 こうしてお菊たちは、宣伝費をかせぐために次なるアルバイトへ挑むこととなった。

 皿屋敷をでる直前、お菊たちは留守組の唐傘小僧と提灯お化けにしばしの別れを告げた。

「じゃあ、いってくるね、助ちゃん、新さん」

御三方おさんかたにご武運を!」

いくさにでるんじゃあるまいし・・・」

 新三郎の仰々ぎょうぎょうしい見おくりにアヤメがあきれていた。

「助ちゃん、お留守番、よろしくね」

「うん、まかせて~。ももちゃんのこと考えながらまってるよ~」

 皿屋敷をあとにしてすぐ、アヤメが不思議そうな顔でお菊にたずねてきた。

「なんだい? ももちゃんって」

 お菊も小首こくびをかしげながら答えた。

「たぶん、犬か猫のことかと」

「助六って、ああ見えて、よく動物になつかれるわよね」

 ジーナの指摘に、お菊は自分のことのようにほこらしくうなずいた。

「助ちゃん、面倒見がいいですから」

 皿屋敷の軒下に住みついた野良猫を熱心に世話したり、母猫とはぐれてしまった子猫三匹が遊園地の植栽しょくさいの下で雨に打たれていたところを、文字どおり体をはって傘となり、心配したお菊がさがしにくるまで黙々と濡れつづけて子猫たちを雨から守ったりと、助六の献身的な優しさを思いだしてお菊はほっこりしていた。

 そして、ふとあることに思いあたり、ジーナを見やる。

「そういえば、ジーナさんなんですよね? 助ちゃんにあのスニーカー、プレゼントしてあげたのって」

「まあね」

「とっても高価なスニーカーなんだって、助ちゃん、うれしそうに自慢してました」

「あれ、パチモンよ?」

「ぱち・・・もん?」

「偽物ってこと」

「えッ・・・」

「どういうことだい、ジーナ?」

 アヤメがめるようにジーナを睨む。

 ジーナは悪びれず、穏やかな口調で淡々たんたんと語りだした。

「天井まであとちょっとだったのよ、その日で終了しちゃうイベント限定ガチャがさ」

「ゲームの話かい?」

「そ。けど、その時、手もちがなくて・・・で、横であたしのプレイを見てた助六にお金を貸してくれってたのんだの。けど、渋るのよ、あの子」

 肩をすくめるジーナに、アヤメがジロリと睨んだままつづきをうながす。

「それで?」

「そしたら、あの子が、すてるつもりで部屋のすみに置いておいたあのスニーカーを見つけて、ものほしそうにながめるからさ、ほしいなら売ってあげるよってなったの」

「すてるつもりだったんなら、あげりゃよかったろうに」

需要じゅよう供給きょうきゅうが成立してるのに、そんなことしたら資本主義への反逆でしょ?」

「なんのこっちゃ」

「ともかく、スニーカーをほしがるあの子と、喫緊きっきんでお金がほしいあたしとの間で売買が成立したってわけ。ちなみにあのスニーカーは、去年、この遊園地の夏祭りイベントで出店でみせがたくさんひらかれたでしょ? そのなかの射的屋の一等の景品だったの。あたしのエイムりょくでわけなくとれたんだけどさ、あとでネットで調べたらパチモンだったってオチ」

 とっさにお菊は口をはさんだ。

「助ちゃんに、ちゃんと教えてあげたんですか? 偽物だよって」

「言うわけないでしょ。こっちは一円でも多く金額をつりあげたいのに。逆に、エアクッション機能だの、ネイキは有名ブランドだのと、ありもしない付加価値をつけて射幸心しゃこうしんをあおってあげたわ」

「ひどいです!」

「これも勉強よ。あたしもパチモンをつかまされて勉強になったし、あの子もきっと、あたしにカモられたことでなにかしらを学ぶでしょうよ」

 ジーナの他人事ひとごとのような発言を聞いて、アヤメがあきれ顔で空をあおぐ。

「カモられたことにすら気づいてないのに、なにをどうやって学ぶってんだい?」

「帰ったら、わたしが助ちゃんに教えます!」

 使命感にられて力強く宣言するお菊を、ジーナが鋭い眼光でジッと見つめてきた。

「そんなことしたら、あの子、廃人はいじんすわよ?」

「え?」

「本物だと信じて身につけてた物が、実は偽物だったと知った時のショックと羞恥心しゅうちしん、経験ある? 少なくとも半年は立ちなおれないわよ?」

「そ、そんなに・・・」

「さあ、選びなさい、お菊──」

 おののくお菊に、ジーナが冷淡れいたんな眼差しと穏やかな口調でせまってくる。

「真実を告げたいといううすっぺらな正義感であの子の精神を破壊するか、それとも、あの子の心の平穏を守るために自分をいつわりつづけるか」

「な、なんですか、その救いのない選択肢は・・・」

「どちらを選んでもいばらの道よ。でも、もうあとにはひけない。あなたは知りすぎたのよ、お菊」

「ええええええェェ・・・」

 一方的に助六の命運をにぎらされたお菊は、その責任の重さに耐えきれずアヤメに抱きついておびえた。

「ったく、ジーナのくだらない口車くちぐるまに乗せられるんじゃないよ、お菊。んなことより──」

 お菊を苦笑くしょうまじりでうけとめながら、アヤメがジーナを見つめた。

「今日のバイト先はどんなとこなんだい?」

「あそこよ」

 ジーナが指をさす先には、二階建ての、大正時代の迎賓館げいひんかんを思わせる洋風な建物があった。

 建物の外壁はレンガ造りに見えるよな装飾がされていて、建物にそってガスとうまで配されており、この建物の周囲だけ時代が異なる空気が演出されていた。実際、正面の重厚じゅうこうな両開き扉は、ステッキを片手にシルクハットをかぶった紳士しんしはなやかなドレスを身にまとった淑女しゅくじょが、そこから今にも飛びだしてきそうな雰囲気ふんいきをただよわせている。

 その両開き扉の上には、洒落しゃれた字体の英語とカタカナで「アイリスメイツ・ガーデン」と刻まれていた。

「こっち」

 ジーナがそう言って案内してくれたのは、正面の両開き扉ではなく、建物の裏手だった。

「え・・・あそこから入らないんですか?」

 お菊が横目で両開き扉を見つめながらたずねると、先頭を歩くジーナはふりかえりもせずに応じた。

「正面の扉はお客専用で、キャストの出入りは裏からなの」

「きゃすと?」

 お菊はアヤメと顔を見かわして小首をかしげながら、ジーナの先導に従って裏口から建物のなかへと入っていった。

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