第6話 ももちゃん?
話を聞きおえた新三郎は、お菊の足もとを暖かな光で照らしながら静かに笑った。
「は、は、は。アヤメどのとジーナどのに、からかわれてしまいましたな」
「ううん。ふたりとも本気でした・・・」
「さにあらず。
「そうでしょうか・・・」
「もう少し、あのご両人のことを信じてさしあげてはいかがでござるか?」
「そんなふうに言われると、なんだかわたしのほうが悪いみたい・・・」
お菊が不満をこめて口を
「そうは申しませぬ。ただ、あのご両人が本当に新オーナーをどうにかしたいと思っておられるのなら、とっくに手をくだしておりましょう。それだけの実力をおもちでござるからな、あのご両人は。ですが、そのような事態にはいたっておりませぬ。それはつまり、あのご
「・・・・・・」
たしかに新三郎の言うとおりだった。
冷静になって考えてみればわかることで、それなのに、反射的に感情を爆発させてしまった自分がお菊は
「とは申せ、お菊どのをからかった
「わかりました。謝ってくるまでゆるしません!」
ムンと
「新さんって、いつも優しいですね」
「よ、よしてくだされ。照れくさいでござる。これ以上、明かりが強くなったら、
感情によって明かりの度合いが左右される提灯お化けは、照れているのか、明るくなったり暗くなったりと光量が不安定だった。
「新さんが燃えたりしたら大変。わたしがお
お菊が冗談めかして笑ったその直後、ふと提灯が暗くなり、新三郎の声がさびしそうに流れた。
「・・・
「ごめんなさい・・・お露さんのこと、思いだしちゃいましたか?」
「彼女のことを思いださぬ日など一日たりともござらぬ・・・ゆえに、お気にめさるな、お菊どの」
新三郎はそう言って逆にお菊をなぐさめてくれたが、彼とお露の
新三郎はもともと、お露という名の
お菊、お岩とならんで日本三大
お化けがまだたくさんいた江戸時代、お露と新三郎の
「無明さまが見つけてくださるといいですね。お露さんのこと・・・」
「その無明さまも長らく音信不通・・・結局、拙者にできることは、心に描いた
「・・・・・・」
無明の無事を毎日のように祈っているお菊にとって、お露の無事を祈る新三郎の胸のうちは痛いほどよく理解できた。それだけに、かける言葉が見つからず、お菊は黙ってうつむくことしかできなかった。
「お菊どの、あれを・・・」
不意に流れた新三郎の声で、お菊は顔をあげた。
新三郎が照らす明かりの先を見ると、そこに、さがし求めていた助六の姿があった。
スニーカーを
「あれ~、お菊ちゃんだ~。どうしたの、こんなところで~。あ、新さんも一緒だ~」
助六がすぐに見つかってホッとしたお菊は、微笑みながら歩みよった。
「助ちゃんこそ、どこにいってたの? 夜の散歩はいつもわたしと一緒だったのに」
お菊が少し
「いや~、ちょっとヤボ用でね~」
「
「それを聞くのはヤボってもんだよ~」
「・・・・・・」
たしかに、と納得してしまったお菊はこれ以上、追及できなくなってしまった。
ところが、助六が自分の口で野暮用の中身を
「実はね、ももちゃんと会ってたんだ~」
「ももちゃん?」
「そ。今度、お菊ちゃんにも紹介するよ~」
「う、うん・・・」
人間のように聞こえる名前だが、さすがに人間ではないだろうとお菊は
人間のナリをしていない唐傘小僧が人間と交流などすれば、たちまちお化けだとバレて大変なことになる。いかに助六といえども、そんなことをすれば自分や仲間が危険にさらされてしまうことくらいは理解しているはずだった。
(遊園地にまぎれこんできた犬か猫のことかな)
お菊はそう結論づけた。以前にも、皿屋敷の
「お菊ちゃんたちはなにしてたの~?」
助六からそう
「あのね、助ちゃんをね、さがしてたの。怒ってるんじゃないかと思って・・・」
「ぼくが~? なんで~?」
「だって、ほら、昼間、助ちゃんに内緒で、みんなどこかにいってたでしょ?」
「そうなの~?」
「・・・気づかなかったの?」
「うん、ちっとも。このネイキのスニーカーの手入れをペロペロしてたらさ、ぼく、眠っちゃってたみたいで、おきたらもう夕方だったんだ~」
「そ、そっか・・・」
お菊は、長い舌を使ってスニーカーを手入れしている助六の姿を想像しないように
「お菊ちゃんたち、どっかいってたの~?」
「うん。実はね──」
助六と合流をはたし、みんなで皿屋敷へ帰りながら、お菊は、皿屋敷が直面している問題やアルバイトのことを、できるだけわかりやすくかみくだいて助六に語って聞かせた。
「へ~、そうだったんだ~」
聞きおえた助六は納得した様子だったが、正直、彼がどこまで理解したのかはお菊にもわからなかった。
ともあれ、助六が怒ったり拗ねたりしていなかったことに、お菊はひとまず胸をなでおろした。
ところが、それも
「明日のおやつは、モモ味のグミを食べるんだ~」
助六の口から不意に飛びだしたこの言葉で、お菊の
モモ味のグミは、お菊が自分の力を試すのに使ったことで一粒まで減らしてしまい、残った一粒もお菊がうっかり食べてしまったのである。
お菊はあわてて提案した。
「明日はクッキーにしようよ、ね?」
「モモ味のグミなんだ~」
助六に変更する意思はないらしい。
「も、もう全部、助ちゃんが食べちゃったんじゃなかったっけ? モモ味は」
「ううん。まだあとみっつ残ってる~。ぼく、おぼえてるんだ~」
「もし・・・もしだよ? わたしがみっつとも食べちゃってたりしたら、どうする?」
「一生、口きかな~い」
あっけらかんとおそろしい答えがかえってきた。
「・・・・・・」
明日の三時のおやつまでにモモ味のグミを買ってきて、わすれず
翌朝、お菊は
見ると、井戸の
「おはよ、お菊」
つついていたのはジーナだったようで、
「昨日は、からかって悪かったわ。あたしもアヤメも反省してる。ごめん・・・」
「あたいたちが無明さまとの約束をおろそかにするわけないだろ? だからさ、ゆるしとくれよ」
アヤメはどうやら首を伸ばして頭だけをよこしてきたようで、ゆらゆらとかすかにゆれていた。
新三郎から「謝ってきたらゆるしてやれ」と言われていたお菊は、だが、少しこまらせてやろうという
すると、ジーナがすがるような声をだしてきた。
「機嫌なおしてよぉ、お菊。おわびと言ったらなんだけど、新しいバイト、紹介するからさ」
「もういいです。どうせわたし、お金をまともに数えられませんから。ジーナさんやお店に迷惑かけますから・・・」
「そう言うと思って、今日はお金を数えなくてもいいバイトを紹介するつもりなの。しかも、
「わたしの・・・天職?」
好奇心に負けて、お菊はムクッと上体をおこした。
ジーナが口もとをほころばせる。
「そ。今日はアヤメも一緒にくるって言ってるから、三人でがんばろ?」
「アヤメさんも?」
お菊がアヤメのほうを見ると、頭だけのろくろ首はその
「昨日のグッズショップでの話を聞いて、ジーナだけにまかせておくのは心もとないと思ってね、あたいがついてってやるよ」
「なによそれ」
不機嫌そうにアヤメを
「わかりました。すぐしたくします!」
こうしてお菊たちは、宣伝費を
皿屋敷をでる直前、お菊たちは留守組の唐傘小僧と提灯お化けにしばしの別れを告げた。
「じゃあ、いってくるね、助ちゃん、新さん」
「
「
新三郎の
「助ちゃん、お留守番、よろしくね」
「うん、まかせて~。ももちゃんのこと考えながらまってるよ~」
皿屋敷をあとにしてすぐ、アヤメが不思議そうな顔でお菊にたずねてきた。
「なんだい? ももちゃんって」
お菊も
「たぶん、犬か猫のことかと」
「助六って、ああ見えて、よく動物になつかれるわよね」
ジーナの指摘に、お菊は自分のことのように
「助ちゃん、面倒見がいいですから」
皿屋敷の軒下に住みついた野良猫を熱心に世話したり、母猫とはぐれてしまった子猫三匹が遊園地の
そして、ふとあることに思いあたり、ジーナを見やる。
「そういえば、ジーナさんなんですよね? 助ちゃんにあのスニーカー、プレゼントしてあげたのって」
「まあね」
「とっても高価なスニーカーなんだって、助ちゃん、うれしそうに自慢してました」
「あれ、パチモンよ?」
「ぱち・・・もん?」
「偽物ってこと」
「えッ・・・」
「どういうことだい、ジーナ?」
アヤメが
ジーナは悪びれず、穏やかな口調で
「天井まであとちょっとだったのよ、その日で終了しちゃうイベント限定ガチャがさ」
「ゲームの話かい?」
「そ。けど、その時、手もちがなくて・・・で、横であたしのプレイを見てた助六にお金を貸してくれってたのんだの。けど、渋るのよ、あの子」
肩をすくめるジーナに、アヤメがジロリと睨んだままつづきをうながす。
「それで?」
「そしたら、あの子が、すてるつもりで部屋の
「すてるつもりだったんなら、あげりゃよかったろうに」
「
「なんのこっちゃ」
「ともかく、スニーカーをほしがるあの子と、
とっさにお菊は口をはさんだ。
「助ちゃんに、ちゃんと教えてあげたんですか? 偽物だよって」
「言うわけないでしょ。こっちは一円でも多く金額をつりあげたいのに。逆に、エアクッション機能だの、ネイキは有名ブランドだのと、ありもしない付加価値をつけて
「ひどいです!」
「これも勉強よ。あたしもパチモンをつかまされて勉強になったし、あの子もきっと、あたしにカモられたことでなにかしらを学ぶでしょうよ」
ジーナの
「カモられたことにすら気づいてないのに、なにをどうやって学ぶってんだい?」
「帰ったら、わたしが助ちゃんに教えます!」
使命感に
「そんなことしたら、あの子、
「え?」
「本物だと信じて身につけてた物が、実は偽物だったと知った時のショックと
「そ、そんなに・・・」
「さあ、選びなさい、お菊──」
おののくお菊に、ジーナが
「真実を告げたいという
「な、なんですか、その救いのない選択肢は・・・」
「どちらを選んでも
「ええええええェェ・・・」
一方的に助六の命運をにぎらされたお菊は、その責任の重さに耐えきれずアヤメに抱きついておびえた。
「ったく、ジーナのくだらない
お菊を
「今日のバイト先はどんなとこなんだい?」
「あそこよ」
ジーナが指をさす先には、二階建ての、大正時代の
建物の外壁はレンガ造りに見えるよな装飾がされていて、建物にそってガス
その両開き扉の上には、
「こっち」
ジーナがそう言って案内してくれたのは、正面の両開き扉ではなく、建物の裏手だった。
「え・・・あそこから入らないんですか?」
お菊が横目で両開き扉を見つめながらたずねると、先頭を歩くジーナはふりかえりもせずに応じた。
「正面の扉はお客専用で、キャストの出入りは裏からなの」
「きゃすと?」
お菊はアヤメと顔を見かわして小首をかしげながら、ジーナの先導に従って裏口から建物のなかへと入っていった。
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