第48話
コーヒーを入れようと給湯室行くと、秘書の水越とばったり出会った。
「大東部長、お疲れ様です」
「お疲れ。どうした? 秘書課にも給湯室はあるだろう? ここに何か用だったか?」
「はい。社長のご指示で、給湯室の使用状況と衛生状態、他に必要な物はないかチェックしていました。ある程度まとめてアンケートを取るそうです」
「アンケート? 突然またどうしてそんなことを始めたんだ?」
「実は……」
うふふと意味ありげに笑うと、ささややくような声で言った。
「私が言ったんですよ。冷蔵庫が小さくて、お弁当が入らないって。いつまでも暑くてお弁当も腐っちゃうし、飲み物も入れたいでしょう? あ、それにレンジも提案したんです。ふふ……部長、此処だけの話ですけどね、社長が時々私にお弁当を作ってきてくれるんですよ。あ、私はお茶漬けしか作れませんけどね。ふふふ……」
肩をすくめて可愛く言っても無駄だぞ。
五代の奴、惚れた弱みか知らないが、言われるがままってどういうことなんだ。福利厚生を手厚くするのはいいが、各階に置いたらとんでもない額になるだろう。一体どこから算出するつもりなんだ?
「冷蔵庫もレンジも社員には嬉しい限りだが、ちゃんとそれ以外にも必要なものはないか、アンケートを取って考えるように言って」
「はい、畏まりました。あ、それと、社長が帰国の慰労会をしてくださるそうですよ。予定は後でお知らせしますから来てくださいね。お料理は抜群に美味しいですから。ふふふ」
「……楽しみにしてるよ」
まったく、お互いに浮かれていてどうしてくれよう。俺は悩み多き恋愛を、いや片思いをしているというのに。
と、話をしているところに、白石が給湯室に来た。水越と話を終わりにして、白石にコーヒーを入れてもらおう。給湯室に来たんだからいいよな。
と思っていたが、白石は自分のカップと誰かのカップ、二つを棚から出してキッチンに並べた。
「それ誰のカップ?」
二つのカップを並べてコーヒーの準備をしていた。白石が他人の分まで入れるなんて、大事件だ。
「川崎さんの分です」
なんだと?俺は自分で入れに来たのに、川崎の青二才には入れてやるって言うのか?かっちーんときてしまい、リフレッシュコーナーに来るように言った。
「イライラする」
落ち着け、嫉妬はみっともない。何とか気を取り直したが、結果、俺はまた白石に発作を起こさせてしまった。
少し微笑んでくれたことが、胸をぐっと締め付けられるような、身体が自然と動いてしまうような強い鼓動、熱く高鳴る鼓動、どんな表現も出来ないほどの微笑みだった。遠い過去に置いてきた俺の純情が蘇ったようだった。
そんなに綺麗な微笑みが、白石の発作の原因になるとは思ってもみなくて、嬉しさの頂点から一気にショックへと変わった。どうしてこうやることなすこと裏目に出てしまうのか、これでは好きになってもらえるどころか、自分を傷つける嫌な存在になってしまう。策を練りたいが、白石が何に対して敏感に感じてしまうのか分からなくて、もどかしくて仕方がない。
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