第46話 恋の予感

午後の眠くなる時間。隣の川崎さんは昨日夜更かしでもしたのか、それとも今読んでいる資料がつまらないのか、あくびを嚙み殺し、動きが止まる瞬間がたまにあった。


(コーヒーでも入れようかしら)


ここのところ会議や研修が多くて、会議室の確保や、会議参加者のお茶やお菓子の準備と何かと忙しい。残業は一時間足らずだけど、仕事の量が多くて、優先順位をつけるのも難しい。

給湯室の前で、部長が社長秘書の水越さんと立ち話をしていた。


(お似合いね)


部長も身長が高い方だけど、水越さんもスラリと身長が高く、とてもすてきな女性だ。

美人で、経営者の中でもイケメンと名高い社長と並んでも引けを取らない美しさ。

社長だけじゃなく、部長並んでもとてもお似合いだ。


(楽しそうに話しちゃって)


今、私はどういった感情でそう思ったの?

私みたいな女がそんなことを思うだけおこがましい。


「お疲れさまです、ごめんなさい、給湯室の前をふさいじゃって」

「いいえ……お疲れ様です」


挨拶でさえ先に言えない私。うつむいていて挨拶をする私は、さぞかし感じが悪く捉えられているだろう。

そそくさと給湯室に入り、川崎さんと自分のコーヒーの準備をする。

コーヒーを入れていると、部長が私の横に立った。


「コーヒーならついでにいれてくれないかな」

「はい、畏まりました」

「誰のカップ?」


二つ並べてコーヒーを入れていたから気になったのだろう。川崎さんのカップに指をさして聞いてきた。


「これは川崎さん分です」

「川崎? 何であいつの分まで?」

「私の分を入れているので、ついでです」

「普通、あいつが入れるだろ、部下なんだし」

「彼は忙しくて、私が飲みたくていれているので、本当についでなんです」


私は、なんでこんなに一生懸命に言い訳をしているのだろう。


「彼?」


彼とは川崎さんの事だけど、何かおかしかっただろうか? 部長の声がいつもより低い。


「あの……」

「俺はついでもないし、いつも自分で入れてる。赴任した初日に白石が言ったんだぞ? 自分で入れるようになったと」

「そうですけど?」


責められてる? それとも怒られてる?

ただ、眠そうな川崎さんに、自分が飲むついでに入れているだけなんだけど、声が怒っているようで怖い。


「あの、すみません……」

「俺が出て10分後にリフレッシュコーナーに来て」

「……はい」


ふいっと給湯室を出て行ってしまい、私は唖然とする。


「どうしたの? いったい」


コーヒーを入れて自席に戻り、川崎さんのデスクにカップを置いた。


「川崎さん、コーヒーをどうぞ」

「すみません!」

「私が飲むついでですから。気にせずどうぞ」

「ありがとうございます」


しきりに恐縮する彼に、資料室に行くと伝え、リフレッシュコーナーに向かった。


「お待たせしました」


外を眺めながら立っている姿が、また憎たらしいほど様になっている。とてもりりしくてすてきな後ろ姿に、胸がキュンとしてしまった。


「凄くいい眺めだよ。来てごらん」

「はい」


ずっと私のオアシスだった場所なんだから、眺めがいいのは知ってる。でも、今はいつもみる景色と違って見えた。

ずっと黙ったままで何分たったのだろうか。今は仕事中でこれはサボっていると言える状態だけど、それでもいいと思ってしまう。




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