第2話:狼の過去

言っていなかったが、私は人間娼館を営んでいる。

もちろん、皆合意の上で働いている者ばかりだ。

彼女らがこの様な風俗紛いの場所で働かなければならないのには、仕方のない理由がある。

少し話が長くなってしまうが、許してくれ。

・・・これはもう20年も前になるが、私が8歳の頃、とある人間に命を救われた。



当時、私は両親に捨てられ、他人の物を盗んでその日暮らしをするのが精一杯だった。

ある日、その周辺を仕切っている組織のドンに手を出してしまった。

無論、ボコボコに殴られた上、銃口を口の中に突っ込まれて、殺されかけた。

だが、その組織のドンは優しかった、私に年齢を聞き「8」と答えると、私を殺さないまま

その場を去って行った。

命拾いした、最初はそう思ったが、栄養状態の最悪な体は、私の予想以上に脆く・・・

つまるところは、骨が何本も折れ、内臓まで傷ついていて、私は助かる様な状態じゃなかった。

誰かに助けを求めても、こちらを見向きすらしない。

ここに放置されて、死ぬんだと思ったよ。

そんな時


「大丈夫?」


と声を掛けてくれた 人 がいた。

フードを被っていて、当時は彼女が人であると言うことは分からなかったが・・・

とても優しくて、温かくて、安心する声色だったことは今でも鮮明に覚えている。

その声を聴いた私は、安心して意識を闇に委ねてしまった。

次に目覚めた時、目の前に人間の女性がいて驚いた。

が、傷つき疲労の蓄積している体は思う様に動かず、起き上がるのが精一杯だった。

周りを見渡してみると、動物と人間が寝食を共にしている光景が私の目に映る。

最初は信じられなかった、人間と動物が共に過ごしているなんて。

でも、目を覚ました私に気が付いた彼女はこう言った。


「どう?こうやって、人間と動物が手を取り合う社会が来たら、いいと思わない?」


満面の笑みでそう言う彼女は、私に食事と寝床の提供を、無償で約束してくれた。

『人動共存社会革命軍』、彼女の率いる組織の名前だ。

動物と人間が手を取り合う絵を旗印に、人間の解放と動物の保護を目的とする革命軍。

人間だけではなく、動物も構成員として戦っている。

今までに聞いたことのない革命軍だった。

だが、私はそこの雰囲気が大好きだった。

例えば、私達の生きている動物社会は、執拗に弱者を淘汰(とうた)するに傾向ある。

それに対して、旧人類社会は弱者でも異常なまでに救済しようとする傾向にあった。

どちらもやりすぎれば、誰一人として得をしない。

だが、あそこでは、望めば救われ、頼めば楽に殺してもらえる。

要は『個人の意思』を最も尊重するのだ。

当時の私は思った、ここが・・・こここそが私の生きる場所なのだと。

食事を取り、睡眠を取り、休息を取り、体を癒した私は、革命軍の兵士に志願していた。


「兵士は・・・革命に命を捧げている。貴方にその覚悟はある」


優しかった彼女の声色は一変し、強固な意志の感じられる、戦士の声色をしている。

彼女は組織の母であり、戦士長であり、人間であり、皆の憧れであった。

そんな彼女の言葉だからこそ、私は一切の迷いなく頷くことが出来たのだ。

兵士になるための訓練は想像を絶するモノだった。

最初はメンタルを鍛えるために、禁忌(タブー)を一切考慮しない言葉責め。

何度も教官を憎んだ、殺したいと思った、許さないと怒った。

そして、この訓練を耐え抜き屈強なメンタルを手に入れた次には、休む暇のない肉体訓練。

一日12時間の訓練を週6日間。

ああ、食事も辛かったのを覚えている。

当時の人間の科学者が開発した『蟲食』は、一般向けのモノは味がある程度整えられ、

動物だろうと人間だろうと問題なく食べることが出来た。

が、兵士のために創られた体作りのための蟲食は、本当に不味かった。

もし、先にメンタルを鍛えていなかったら、脱落していたかもしれない。

最後に実践訓練だ。

戦い方は・・・軍隊と言うよりも、暗殺者やマフィアに近かったかもしれないな。

5人一組で、ターゲットを1分で暗殺し、1分でその場から逃走する。

2分以内に全ての始末をつける。

無論、軍隊の様な実践訓練も受けさせられたが・・・我々の数は限られていた。

軍隊の様な、大量の人的資源を消費して戦う戦い方は、我々には不可能だった。

故に、旧人類社会の暗殺者やマフィアの戦い方を参考にしたのだ。

全ての訓練を終え、正規革命兵へと任命される日、事件が起きる。


「政府軍がやって来た!」


一人の仲間が大声でそう叫んだ。

一般人も正規兵も新平も、皆が取り乱していた。

だが、彼女だけは違った。

彼女は凛とした声で、「落ち着け」と叫ぶ。

すると、誰もが黙り込み、彼女を見つめる。

そして彼女は、全ての動物と全ての人間に指示を出し始める。


「正規軍の各位は皆が逃げるまでここで政府軍を食い止める!

新平は・・・最も優秀であったレオン、貴様が率いろ!

そして、裏口から民間人を逃がせ!重大な任務だ、出来るか!」


はい、と言いたくはなかった。

はいと言ってしまえば、レオン、彼女から貰ったその名前を、もう二度と彼女に

呼んでもらえないだろうから。

「ここに残ります!一緒に戦わせてください!貴方のために私は革命軍兵士となったのです!」

そう言いたかった。

だが、それは出来ない。

彼女は上官であり、軍人は上官の命令に従わなければならない。

それに、私がここに残ることを、彼女は絶対に許してはくれないだろう。

はい、とは言えなかった。

だから、力強く、尊敬の念と感謝の念を込め、敬礼をした。

そしてそれは、私の初恋の終わりを告げる敬礼でもあった。


「レオン、民間人の命と人動共存社会革命軍の命運は貴様に掛かっている!頼んだぞ!」


そう言った彼女は、正規軍を連れて囮となるために外へ出て行った。

泣きたい。泣けない。泣きたい。泣けない。泣きたい。泣けない。泣きたい。泣けない。

その後の記憶はほとんどない。

裏口で張っていた政府軍と衝突して、多くの仲間を失いつつも、脱出に成功した。

そして、そして、我々は全滅した。

政府軍は革命軍が逃げるものだと思っていたらしい。

本体である、機甲大隊を我々の逃走経路を予測して、配置していた。

新平と民間人が、多くの革命軍と戦ってきた、精鋭の機甲部隊とまともに戦えるはずもなく

皆が散り散りに逃げて行った。

私は最後まで、民間人を守るために戦うつもりだった。

が、奴らに邪魔されてしまう。

悪ガキ大将のノアとその部下達に。


「お前は俺よりも8も年下だ。でしゃばんじゃねえ!」


そう言って奴は、自分の手下に命令して、俺を戦場から離脱させた。

許されないことだ。

・・・本当に、許されないことだ。

奴の身勝手さも、私自身の無力さも・・・本当に許されないことだ。

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