ハッピーバースデーイブ
片隅シズカ
第1夜 私は見てしまった
誕生日デートの前夜、私は見てしまった。
年下の彼氏が、同じ年くらいの女の子と腕を組んで歩いているところを。
***
金曜日の仕事帰りは、心も体も軽い。
しかも明日は年下の彼氏、吉田君とデートだ。そして、私の誕生日でもある。もう今にも空を飛んでしまいそうなほどに夢心地だった。
彼氏がまだ高校生なので、いつもは背伸びして大人っぽく振る舞っている。
でも、明日はちょっと甘えてみようかな。
そんなことを考えながら、いつもは通らない道へと足を踏み込んだ。理由は特にない。直帰するのは、なんとなくもったいないような気がした。
(ん……?)
ふと、見覚えのある姿を目にした。吉田君だ。
彼が、この時間帯にこの辺りを歩いているのは珍しい。私と同じく、明日を前に浮足立っているのかもしれない。
ちょっと驚かせようと、そっと近づこうとした時だった。
「おっまたせー!」
知らない女の子が、ふわふわとした髪をなびかせながら吉田君へと駆け寄っていく。程よくフリルが施されたキャミソールワンピースが似合う愛らしい少女だ。多分、彼と同じ年くらいだろう。
その少女が、吉田君の腕に絡みついた。
「ちょ、お前」
「いいじゃん。減るもんじゃないでしょ?」
「…………」
「あれあれ、顔赤いよ?」
「う、うるせーな」
「じゃあ、早速いこっか」
「おう……」
吉田君が、知らない少女と腕を組んだまま遠ざかっていく。
………………
…………
……え?
何、あれ? 身内?
いや、でも身内同士であんな密着する……?
頭の中でああだこうだと、様々な憶測や言葉がぐちゃぐちゃに飛び交う。
いや、憶測も何もない。
あれは、誰がどう見たって浮気だ。
(……バカみたい)
信じられないと胸が締め付けられるのと同時に、やっぱりと落胆の息が漏れた。彼への怒りの前に、数分前まで浮かれていた自分に腹立った。
男にとって、女なんて結局は飾りでしかないのだ。前の彼氏だってそうだった。
前の彼氏は、仕事ができる上にモテて、平凡な私とは住む世界が違った。女の子が一度は憧れる王子様を具現化したような人だった。
そんな彼に告白された時は、キラキラでいっぱいになった。この瞬間のために生まれてきたんだと、全身が熱くなった。
あの時の私に言っても絶対に耳を貸さないだろうが、今思えば、彼に特別な想いを抱いていたわけではなかった。
少女漫画のような甘い時間に酔いしれ、舞い上がっていただけなのだ。
ただ遊ばれているだけだと、欠片も気付かなかったほどに。
そんな女たらしと別れた数か月後に、OGとして高校の演劇部に顔を出したところ、部員である吉田君と出会った。たまたま同じゲームが好きだったことから意気投合して、次第にプライベートでも会うようになったのだ。
前の彼氏と違って、特別顔が良いわけでも気が利くわけでもない。至って普通の高校生で、むしろ女の子相手には不器用だ。
だけど、それがかえって良かった。
不器用だからこそ、人を弄ぶようなことはけしてしない。吉田君と一緒にいる時間は、ただお喋りをするだけで楽しくて、ただそこにいるだけで満たされた。
そう思ってたのに、なんなのこの状況は?
なんで私ばっかり、こんな思いをしなくちゃいけないの?
(……こんなの納得いかない)
私は、吉田君たちを尾行することにした。
ただ歩いているだけなら、なんとでも言い訳できる。でもそうはさせない。
絶対に、決定的な場面を押さえてやる!!
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