6.相棒
薬草倉の中。書物をめくって、閉じて、詰み上げる。
また別の書物を手に取って、めくって、閉じて、詰み上げる。
「
手に取って、めくって。
「
強い声で肩を掴まれる。それでも書物から目を離さないまま、俺は背後にいる
「何でいる。寝てろ」
「俺がどんだけ寝てたと思ってるんだよ。もういい加減治った」
「だったら町に帰れ。いつまでいる」
「
心配を滲ませる声に目もくれず、俺は手元の紙をめくった。
――あの時。
クリスに襲われそうになった俺を庇って、
俺は気が動転して、どうしたらいいかわからなかった。
物理的な外傷の手当ては得意じゃない。医者を呼んだ方がいいだろうか。いや、
半狂乱で名を呼ぶばかりの俺に、クリスは何事か言っていたようだが、まるで耳に入らなかった。会話にならない俺に、やがてクリスは姿を消した。
結局俺はでき得る限りの応急手当をして、人間の医者を呼んだ。薬も道具もろくに持っていない。
病院に運ばれた
目を覚ましてからの一週間。まだ動かせないと医者が言うので、俺は一度寺に戻って、松海堂に渡す薬の用意をした。今後暫く不足の出ないようにと多めに用意したそれを松海堂に直接持っていくと、店の主からは遅いと文句を言われた。言い返す気力のない俺は適当に値引きして、薬を置いてきた。やるべきことを終えた後は、町に留まって病院に通った。
見舞いの間に、
あの
神父の名はクリストファー・アダムス。カトリック教会の
それから二週間。俺は寝食を忘れて薬草倉にこもっていた。
クリスは親父と関りがあるようだった。手紙か何か残っていないか。どこかに記録はないか。あの時俺に何かできなかったのか。探して、探して、探して探して探して。
取りつかれたように書物を漁り姿を見せない俺に、
まだ万全じゃないのだから寝ていろと布団に押し込んだはずなのだが、やれ飯を食えだのお前が寝ろだのと世話を焼こうとしてくる。無視をしていれば諦めてふて寝でもするだろうと、俺は相手にしなかった。
最初はぴりついた俺に気をつかっているようだった
「
「――……どっちがだよ」
「
「死にそうだったのは
顔を上げて怒鳴り返した俺に、
「なんだよあれ! 何庇ってんだよ! 庇っといて死にかけてんじゃねぇよ! あの時俺が……っ、俺が、どんな気持ちで……!」
目頭が熱くなってきた。くそ、情緒不安定か。
眼鏡を外して目元を勢いよく袖でこすると、
「馬鹿、そんな風にこするな。赤くなるぞ」
「はあ!? どっちが馬鹿だ! ばーか! ばーーか!!」
餓鬼のような悪態をついて、
「そりゃ俺は弱いけどな、仕方ないだろ。戦う
違う。言いたいことは、そうじゃなくて。
「ごめん」
俯いた俺の上に、泣きそうな声が降ってきた。思わず顔を上げれば、声と同じように泣きそうな顔がそこにあった。
「ごめんな。怖がらせて」
悔しそうな、苦しそうな声に、俺は唇を噛みしめた。なんでお前が謝ってんだよ。
「謝んな」
「でも」
「謝るのは俺だろ。俺が弱いせいで、死にかけたんだろ。そもそもあいつは俺のこと狙ってきたんだから、お前は」
「それ以上言ったら怒る」
本気だとわかる言葉に、俺はぐっと続きを呑み込んだ。
でもお前、本当なら、関係ないだろ。俺の問題なのに。
俺のことなのに。俺が弱くて。何も知らなくて。お前に頼りきりで。そのせいで。
「相棒だって言ってくれたの、嬉しかったよ」
穏やかな声に、俺の顔が情けなく崩れる。
「俺、治療師の仕事、勝手に手伝ってたからさ。
「そんなの……今更」
「いやまぁ、偏屈な
「男同士でそんなの、いちいち口に出して確認するようなことじゃないだろ」
「いやぁ、男でもね。いつも拳でわかりあえるわけじゃないし、それができる相手とも限らないし。言葉を惜しむもんじゃないなとは思うわけですよ」
「そりゃお前、俺が弱すぎて殴り合いができないってんなら一方的に殴ってやるが」
「そうじゃなくてさぁ」
呆れたように苦笑して、
驚いて硬直していると、そのまま頭を撫でてくる。
「俺は
優しい声色に、俺はまた泣きそうになって。そして。
胸元に頭突きした。
「ぐふっ!?」
「お前これ女慰める時のやり方だろ」
「げっばれた。いやだって、男を慰めた経験なくて」
「ふざけんな殺すぞ」
「ちょっと待って、さっきまでの自分の発言思い出して!?」
軽口の応酬に、ふっと力が抜けた。日常を感じたら、急にどっと疲れが押し寄せてきた。
「もういい……寝る」
「えっ!? 待った
「知らん。俺はどこでも寝れる。ほっとけ」
「そうはいかないだろ! あーもう、自由なんだから!」
脱力した俺の体を
「
「そんなことないさ。俺は
「対等って……俺お前に何もしてないだろ」
「俺を先に助けたのは、
「はぁ……? いつの話だそれ」
「俺と
「出会った時……って、お前突然寺に押しかけてきたんだろ」
「
「嘘だろ……こんな目立つ
話しながらうつらうつらしてきた俺は、そのまま
「いつか、思い出して。
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