第9話 これで終わり

 ゆっくりと階段を降り、キッチンを覗くとユリさんはうずくまり泣いていた。僕は駆け寄りにユリさんを抱きしめた。ユリさんは、“私の元からは好きな人が皆いなくなってしまう”と言って、震えながら泣いた。僕はユリさんの口を塞いだ。そして、ユリさんを抱いた。


 ユリさんは僕を受け入れた。ずっと泣きながら“あなたには私ではない”と何度も何度も言った。それを言われれば言われる程、僕の想いは膨れ上がりユリさんを壊してしまいたいと思った。でもゆっくりと優しく優しくこの時間が永遠に続くことを望みながら抱いた。


 二人でめくるめく悦びを得た後、ユリさんはこう言った。

 “凛空、これまでありがとう。これでお別れ。夢のような日々だった。この夢が、夢である為に、私が起きる前に出て行って。それが最後のお願い・・・”と。

 そしてユリさんは持てる力いっぱいに僕を抱きしめた。

 僕はその時何も言えなかった。

 ユリさんは僕の腕を掴んで寝た。僕はその寝顔をずっと見つめ続けた。



 うっすらと外が明るくなり始めたので、僕はそっと彼女の手を外しベッドを出た。

 このままここを出て行くのは忍びなかった。ユリさんに何か書き残すべきか悩んだ。でも、書くべき言葉が見つからなかった。

 好きだ

 愛している

 待っていて

・・・どれも違う。僕は戻ることを拒否されたのだ。

 ありがとう

・・・違うよ、 もっと違う。そんなこと言いたくない。

 小説家のくせに肝心な時に言葉が浮かばない・・・

 結局僕は、

 『ユリさんを大切に想っているから』

と、書き置いた。


 重たい扉を音を立てないように開けて僕は外に出た。

 外はユリさんの大好きな世界だった。

 幻想的な朝靄の中に僕は歩みを進めた。



 軽井沢と東京なんて大した距離ではない。でも、その距離が果てしなく遠いものになろうとしている。新幹線の中、ずっとユリさんとの日々を想い出した。そしてユリさんのぬくもりと涙のしょっぱさに震えながら目を閉じた。

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