二人の嘘

香音愛(kanoa)

第1話 オヤジ


   僕は愛を知った。

   本当の恋を知った。

   そして嘘を知った・・・




 施設育ちの僕は、高校のときに居酒屋の皿洗いのアルバイトをして初めて金を稼いだ。人と接することの苦手な僕は、裏方のこの仕事がイャではなかった。

 そこのオヤジは僕を何故だか気に入り可愛いがってくれて、高校を卒業して施設を出なくてはいけなくなったとき、ここに住めと言ってくれた。だから僕は就職先として紹介されていた運送業を選ばずにこの居酒屋に住み込みで働くことにした。オヤジは喜んだが、運送業より給料が安いことをいつも謝ってくれた。


 そのオヤジは顔に似合わず、映画鑑賞が趣味だった。本も床が抜ける程あって、その本やDVDを次から次へと僕に解説付きで貸してくれた。遊びに行かない僕は時間があればそれらを見た。初めは言われるがままだったが、徐々に楽しむようになっていった。そしていつの間にか僕はオヤジと本や映画談義に明け暮れるようになっていた。

 オヤジは僕の一風変わった解釈を面白がり、ある日小説を書いてみたらどうかと言った。学校で作文を書くのだって四苦八苦していたので、絶対無理だと思っていたが、本や映画で鍛えられたのか、いざテーマが決まると意外と書けた。今まで言えなかったことを吐き出すように、めちゃくちゃ没頭して書いた。

 なんとなく一作が書けた。書き終わったことをオヤジに言うと、オヤジは“見せてみろ”と言った。小説を書くということは、他人が読むということに気付き僕は怯えた。裸にされて渋谷の交差点に立たされている、そんな気分でオヤジが読み終えるのを待った。読み終えるとオヤジは“これ貸しておけ”と言って、原稿を持って行ってしまった。


 数日後、居酒屋の常連で僕も顔を見たことのある人を紹介された。出版社の編集の人だった。その編集者は僕の原稿をドサッと机の上に置いた。その原稿にはとんでもなく書き込みがあった。

 直し、戻し、直し、戻し・・・もうどうでもいいと思う程へこんだ。それに自分をさらされることが怖いと感じたので小説家になることをやめると編集者に言うと、編集者はペンネームを付ければいいと言って僕は丸め込まれた。

 編集者が優秀だったのか、僕は1年後新人賞を貰った。そして小説家という肩書を語れるようになった。オヤジはそんな僕をとても喜んで、小説を書くことを応援してくれた。 

 

 あれから5年。オヤジのところに住んでから7年が経った。今でも物書きと居酒屋の手伝いの二刀流での生活が続いている。この家を出ても生活は出来るようにはなったが、オヤシは僕を家に置いて、三度のメシを提供してくれる。僕が居ることが当たり前という感じだ。僕は家族を知らないけど、きっとこんな感じなのだと思う。オヤジには感謝している。イャ感謝しかない。

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