第3話
彼は穏やかに微笑んでいました。
一方、優太くんは少しの間、固まってしまいます。ようやく口を開いても、困惑の言葉しか出てきませんでした。
「君は誰? いつのまに僕の部屋に……?」
「僕は君だよ。だから僕が知ってるのは、君が知ってることだけ」
目の前の少年は平然と答えます。着ている服も含めて、確かに外見的には自分と瓜二つですが、とても自分と同じ存在とは思えません。
「じゃあ君は、もう一人の僕なのかい……?」
「うん、そうだよ。こうして君が僕に尋ねるのは、ちょうど自問自答ってやつだね」
自問自答という単語は、つい最近国語の時間に教わりました。習ったばかりの言葉を会話で使いたがるのは優太くんの特徴の一つなので、なんだか親近感が湧いてきました。
もしかすると、目の前の少年は本当に自分自身なのかもしれません。ただし、なぜ突然自分が二人になったのか、その点は謎ですが……。
橋の下で子猫をいじめていた子供たちの一人が、最後に段ボール箱を蹴っ飛ばしたこと。それを思い出した瞬間、一つの仮説が頭に浮かんできました。
「あっ!」
「うん、それだと思うよ」
優太くんが小さく叫んだだけで、もう一人の優太くんは頷いています。思いついた内容を優太くんが言わなくても、もう彼には伝わっているようです。
彼の方から、優太くんの考えを口に出してくれました。
「典子ちゃんが、分裂増殖とか質量保存の法則とか言ってたよね。たぶん、この現象のことじゃないかな? あの段ボール箱って、強い衝撃を与えると中身がコピーされて、二つに増える。そんな魔法の箱だったんだよ」
もう一人の自分の言葉に釣られるようにして、優太くんは、拾ってきた箱をまじまじと見つめるのでした。
「『僕は君だよ』って君は言ったけど、こうして話してみると、僕より君の方が賢そうだよね? だから……」
自分の代わりに彼が塾へ行くよう、優太くんは提案してみます。
本当は、ただ自分が塾へ行かず遊んでいたい気持ちが強いだけで、彼の方が賢そうだからというのは半分口実でした。
もう一人の優太くんも、おそらくそれは承知していたでしょう。それでも、こころよく了解してくれました。
こうして優太くんは、もう一人の自分が塾へ行っている間、二階の自室に閉じこもってゲームをしたり漫画を読んだりして過ごします。
しばらくすると、お腹が減ってきました。でも、ちょっと我慢です。階下のキッチンへ食べに行ったら、お母さんに見つかって、塾をサボったと思われるからです。
「僕はサボってるわけじゃない。ちゃんともう一人の僕が行ってるんだからね」
自分に言い聞かせるように呟いたちょうどその時、机の上のスマホが鳴りました。言い訳に対するツッコミみたいなタイミングだったので、一瞬ドキッとしましたが、そんなはずはありません。
スマホを手に取ると、典子ちゃんからの電話でした。
「優太くん、大変! 子猫が一匹、消えちゃったの!」
とても慌てている様子です。典子ちゃんらしくない声を聞いて、むしろ優太くんは落ち着きました。
「大丈夫だよ、典子ちゃん。ほら、犬は一途で猫は気ままって言うよね? ふらりと出歩くこともあるだろうし、逃げちゃったように見えても、明日か明後日には戻ってくるかも……」
「そうじゃないの! 逃げたんじゃなくて、消えちゃったの!」
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