箱を叩くと子猫が二匹

烏川 ハル

第1話

   

「ねえ、今のって子猫の鳴き声だよね?」

 小学校からの帰り道です。隣を歩く典子ちゃんが突然そう言い出したので、優太くんは戸惑いました。

「えっ、そんなの僕には聞こえなかったけど……」

 きょろきょろと周りを見回しながら答えます。

 優太くんと典子ちゃんが歩いているのは、川に沿って続く土手道でした。二人の右側には緩やかな緑の斜面が広がって、川原まで続いています。左側には車道があり、その向こう側には民家が建ち並んでいます。

 川原には誰もおらず、猫や犬の姿もありませんでした。住宅街の方に目を向けても、それらしき動物は見えません。典子ちゃんが聞いたのは、どこかの家の中で鳴いた声でしょうか。

 そのように優太くんは想像しましたが、

「こっちだよ! 確かめてみよう!」

「あっ、待って!」

 典子ちゃんが川原に向かって駆け降りていくので、慌てて優太くんは追いかけるのでした。


「ほら、あれ!」

 橋の下で陰になっている辺りを、典子ちゃんが指差します。段ボール箱が捨てられていて、周りに子供が群がっていました。

 段ボール箱からは茶色の子猫が一匹、顔を出しています。それが見える距離まで近づくと、優太くんにもニャーニャーという鳴き声が聞こえてきました。

 優太くんの注意がそちらへ向いている間に、典子ちゃんは川原の石を拾っていたようです。

 拳大の石を振りかざしながら、子供たちの方へ向かっていく典子ちゃん。優太くんはびっくりしてしまいますが、典子ちゃんの発言を聞いて、乱暴な振る舞いの理由を理解しました。

「こら! 猫をいじめちゃダメでしょ!」

 優太くんや典子ちゃんより年下で、おそらく一年生か二年生でしょう。子供たちは、それぞれ木の棒を手にして、子猫を突っついていたのです。

「わあっ、大きい子が来た!」

「逃げるぞ!」

 蜘蛛の子を散らすように子供たちが走り去る中、一番体格の良い一人は、最後まで逃げるのを渋っていました。優太くんと典子ちゃんが子猫のところに着く前に、彼も逃走し始めましたが……。

 まるでイタチの最後っ屁みたいに、去り際に一発、子猫の入った段ボール箱を強く蹴っ飛ばしていました。


 典子ちゃんは、逃げていく子供たちの後ろ姿に向かって叫びます。

「もう二度と猫いじめないでね!」

 背中で子猫をかばうかのように立ち、子供たちの姿が見えなくなるまで、両腕をぶんぶん振り回していました。

「典子ちゃん、なんだか昔話の浦島太郎みたい」

「何言ってんの。浦島太郎が助けたのは亀でしょ。私のは子猫」

 優太くんの冗談に典子ちゃんは振り返り、改めて段ボール箱に視線を向けて……。

 驚愕の表情を浮かべました。

「一匹かと思ったら、二匹だったのね!」

「えっ……?」

 優太くんも驚きます。

 確認のためによく見ると、典子ちゃんの言う通り、箱の中にいる子猫は二匹でした。大きさだけでなく、色も模様もそっくりな子猫たちです。

「双子の捨て猫かな……?」

 無邪気な笑顔を浮かべて、早速二匹を抱き寄せる典子ちゃん。子猫たちの方でも、抱き付こうとしています。助けてくれたのを理解しているのでしょう。

 微笑ましい光景ですが、優太くんは少し背筋がゾーッとしました。

 子供たちを威嚇することに意識が向いていた典子ちゃんとは異なり、段ボール箱のところに来て最初に、優太くんはその中身を一瞥していたからです。

「そんなはずないよ! だって、さっきは一匹しかいなかったもん!」

「それこそ『そんなはずない』でしょ。アメーバじゃないんだから、猫は分裂増殖しないわ。一匹が突然二匹に増えるなんて、質量保存の法則にも反するもの」

 分裂増殖とか質量保存の法則とか言われても、優太くんには意味がわかりません。典子ちゃんには高校生のお兄さんがいるので、お兄さんから教わった言葉なのでしょう。

 優太くんが黙ってしまうと、典子ちゃんはそれを了承と受け取ったようです。

「きっと優太くんの見間違えだよ」

 と言って笑いました。

   

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