第18話 雪解けのように

「それじゃあ響一の誤解を解くために、まず最初にやらなきゃいけないことを、やろうか」


「やらなきゃいけないこと」


「そう…他のみんなには、先に言い終わったから。僕と菫が、響一にかけてしまった『呪い』のようなもの…かな」 


 友也は俺を見たあと、菫さんを見て頷き、二人は並んで俺の方を見る。


「僕達夫婦の問題に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。あのとき助けてくれたことは、生涯忘れません。本当にありがとうございました」


 そう言って二人は、俺に向けて深く頭を下げた。


「それは、もう終わったことだろう。引っ越し前にも散々言われたし、気にしてないと…」


「僕達にとっては、そうだよ。だから反省をして、前を向くことに全力を注いできた。…想像以上に、大変だったけどね」

「私のせいで、響一君にもつらい思いを…落胆もさせて、縁を切られてもおかしくないのに」


「………」


「だから正式な謝罪をした上で、ハッキリと区切りをつけなきゃいけなかったんだ。響一、もう終わったんだ。僕と菫の問題は、終わったんだよ」

 

 友也は子供に理解させるかのように、ゆっくりと俺に対して言葉で伝える 。


 


 んなことは、今さら言われなくてもわかってる。

顔に出ていたんだろう…俺を見ていた友也は少しだけ躊躇ためらうそぶりを見せたが、腹を決めたのか、そのまま話を続けた。


「もう一度言うよ、僕と菫の問題は終わった。今は、もう前を向いてる。そして菫の浮気は、


 菫さんは、少しだけつらそうな顔をして、友也に続くように。


「私の浮気が原因で、みんなに多大な迷惑をかけてしまったことは、本当に申し訳ないと思っています。でもこれは私と友君の問題なの、響一君と綾香には全く関係のない話なの」


「関係なくはないだろう! 俺達がどんだけ心配して、気を遣って… 」


「関係ないんだよ、響一。身内のような友達だと思ってる。でも響一は他人で、僕達夫婦の親族でもない。一切関係がないんだ」


 関係ないという言葉に、怒りが再燃する。


「ざけんな! そこまで薄情でいられるかよ!」


「響一君、落ち着いて」


「これが落ち着いていられるか! だいたい菫さんが…、あんたが浮気なんかしなければ! 友也を裏切って、あの糞野郎にホイホイとついていって…、挙句の果てにはっ!」


「えぇ…私が浮気なんかしなければ、こんな事になってなかったかもしれない。それこそ友君とも離婚して家族からも見放されて、合わせる顔がないみんなとも縁を切られて、独りで生きていかなきゃいけないって思ってた。でも友君の身内の優しさに甘えて、みんなにも…だから恩を返すためにも、私が響一君に言わなければいけないの」


 菫さんは強い意志を秘めた眼で、俺を見る。


「なにを…」


「私が浮気したことと、綾香がしたことは全く関係がないの。そしてあなたが私の浮気を理由に、綾香を信じきれなくなる必要も、ないの」



 そんなことは、わかってる………そう、言い返せなかった。



「綾香の浮気の疑いを晴らす前に、どうしても響一君に、これだけは言っておきたかったの」

「…響一は気を許した相手を、本気で憎んだりできないよね。菫に言いたかったことも、僕のことを思って我慢してくれてたんだと思う。友人として、その気持ちは嬉しいよ。でも僕は、響一の兄弟じゃないし家族でもない。だから僕達夫婦の問題でこれ以上、


 友也と菫さんは手を重ね合い、もう僕たちは大丈夫だから心配いらないからと、言外に伝えてくる。

 俺は友也を弟だなんて思ったことはないし、見くびっていたわけでもない…つもりだった。でも心のどこかで、そう見ていた部分もあったんだろうか。


 誰からも助けを借りられない場所で、友也と菫さんは二人だけの力で一年を過ごしてきたんだ。夫婦として向き合って、二人で乗り越えてきたわけだ…タフにもなるわけだ。


「………わかった。確かに二人の問題であって俺には関係がないのに、被害者づらはねーな。友也、菫さん、…悪かった」


「こっちこそ、ごめん響一。心配してくれてるのに、酷い言い草だよね。でも僕達のことで響一と綾香さんが、あらぬ誤解でダメになるなんて、それこそ許せなかったんだ」

「響一君、私を嫌うのは構わないし、縁を切ってくれてもいい。二度と顔を見せるなと言うのなら、絶対に見せたりしない。だから、これからする綾香の話を他のことに囚われないで、聞いて下さい」



 すべてが拭えたわけじゃない、それでもこの二人にそう言われたら…。



「わかったよ。たしかにお前ら夫婦のごたごたに、何で俺が悩まなきゃいけねぇんだよって話だしな。綺麗さっぱり、忘れてやるわ。…二人が元気そうで、…安心した」


 二人が破顔一笑したところで、今まで黙っていた面子も、ようやくかと言うように話し出す。


「ふぃ~黙ってるのもつれぇよな。友也よくやったわ、菫さんもお疲れ」

「ほんとよ~。冷や冷やしたんだからね」


「友也君、菫、つらい役割をさせて、ごめんなさい」


「いや、これは僕達がやらなければ、いけないことだったんだよ」

「うん。私と友君で、響一君だけじゃなくて、みんなにも伝えたかった」


 俺を除いて、終わった雰囲気出してやがる。


「俺と綾香にとっては、こっからが本番なんだが。なに、帰んの? お前ら」


「馬鹿か響一。俺が来た意味ないだろ」

「私を連れてきただけで、お役御免でしょ。剛、先に帰っていいわよ」

「え、なに? その暴君っぷり、あかり何様よ」

「あんたの奥様よ、文句ある?」

「ありません」


 はぁーーーーーっ!? お前らいつの間に。

 俺が驚いた表情でいると、あかりが当然のように言う。


「つい最近よね。籍入れただけだから、式とかしてないし。響一以外は、みんな知ってるわ」


「なんで俺だけ蚊帳の外なんだよ。………剛てめぇ」


「いや、お前にも連絡したけど。家出して会えもしないんじゃなぁ」



 剛とあかりのあきれ顔に、旗色が悪いと感じた俺は、この話はこの辺で止めとこう、ハイやめやめと仕切り直した。


 軽く深呼吸してから、綾香を見つめる。



「それじゃあ、俺が誤解してるっていう、綾香の浮気の釈明を…してもらおうか」










厄日も、起こり続けることはない

いつかは、止む

そこからの復興は、言葉では表せられないほど苦難の連続で

完全に、元の形には戻らないけれど 

諦めない限り、また別の形を持って再構築していく


その意思が、あり続ければ

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