第17話 バカを説得する下準備

 正夢じゃねぇよな…。

自分の家に入るのに、逡巡する羽目になるとは。


 母親からの連絡に驚き、怠さと眠気も吹き飛ばされ慌ててきたものの、ドアの前で躊躇してる俺は、本当にマヌケすぎる。


 綾香が大切なのは変わらないはずなのに、緊急事態でもグダグダしてる俺は、本当に綾香に〇んで欲しいとでも、思ってるんじゃないのか。

 俺はもう綾香のことを…、そんな考えに思いを巡らせていると、後ろから強引に肩を組まれた。


「よ! 響一。お久しぶり~早く入ろうぜ。綾香さん、待ってんぞ」

「剛!? なんでお前がここに…」


「私もいるわよ。な~に、目にクマなんか作ちゃって。やだやだ、社畜は大変ね~」

「あかりまで…夢か、これは」

 

 スパ―ン! と頭をはたかれる。

 音の割に痛みは少なかったが、現実なのは間違いないようだ。


「目ぇ覚めた? 覚めたんなら、さっさと入るわよ。ご近所迷惑になるでしょ」

「なんであかりは、俺の家のスリッパ持ってんだよ」


「備えあれば、憂いなしよ!」

「さすが、あかりさん。なんでスリッパ持ってんのかと思ったら、かっけー」


「剛も、はたくわよ。いいからさっさと入る!」


 あかりと剛は、混乱したままの俺を、強引に家の中へと追し込んだ。

 少しだけ、ほんの少しだけ懐かしさを感じた。


 *


 慣れ親しんだはずの部屋に入ると、ソファーに座った綾香と視線が重なった。

 …心なしか、ほっとする。


 無事だったこと。嫌悪感が少なかったこと。他にも様々あったと思うが、久しぶりに見た綾香を見て…

 

 大きくなったお腹を、しっかりと抱えて俺を見るその目は、なんの憂いもない真っ直ぐなものだった。腹、据えてるときの目だ。

 こうなった時のこいつは、本当に強い。


 それを俺は、知っている。


 連絡を寄越した母親の姿はなく、その代わりではないだろうが、友也と菫さんが綾香の両隣に座っていた。なんでこの二人まで…、意味わかんねぇ。

戸惑う俺を余所に、俺以外の連中は、ついこの間まで会ってたかのように談笑している。


「それじゃあ、役者は揃ったわね」

「だな。この6人で集まんのも久々だわな、一年ぶりじゃね」


「僕と菫が引っ越してからだから、そうなるね」

「みんな変わってないね、あんまり」


「私もお腹は大きくなったけど、中身はそうかも…。それにしても、菫も言うようになったわね」


 正直ついていけない、と言うか何につき合わされているのかすら、わからない。


「ちょっと待てよ! 俺は綾香が大変だからって慌てて来たのに、お前らはなんでそんな普通のやり取りしてんだよ!」


「慌ててた割に、あんた玄関でウダウダしてたじゃない」

「だよな~」


「それはっ! …色々あんだよ」


「綾香さんが、浮気してたかもってこと。響一」


 友也のその言葉に俺は驚き、そして綾香を睨みつける。


「綾香! 話したのか!」


「えぇ、皆に全部聞いてもらった。お義母さんにも」


 俺は激高しかかったけれど寝不足に体調不良、食事も取れていない三重苦からか、へたり込み膝をついてしまった。剛が大丈夫かと引っ張り上げて椅子に座らせてくれたが、眩暈が止まらず目を閉じる。


 どうなってんだよ…。

 混乱する頭を落ち着けようとするが、浅くて早い呼吸を繰り返してしまう。

 腹式呼吸を心がけて―――



 俺が目を開き大丈夫だと告げると、綾香が今日の顛末を話し出した。

 

 最初に、あかりに相談をしたこと。

 不破木から送られてきた動画も含めて、俺が今別居している状態だとも。


 次に、剛が加わり、

『響一が素直に話を聞いても、納得しないだろ。どうせなら当事者から言われれば、目も醒めんべ』と友也と菫さんも参戦。


 俺を除いた5人で情報共有し計画を立て、今日を実行日として、俺の母親に呼び出し係をお願いしたらしい。

 当の母親は、これくらいのことで親が出しゃばってどうすんの? 若いあんたらで解決しなさいと、優雅に茶を飲みに行ったとか…。


「で? 同窓会でも開くってか。俺だって暇じゃねぇんだ、帰るぞ」


 不機嫌さを隠しもせず、俺は声を荒げてしまう。


「おめーの家は、ここだろうが。ボケんの早いぞ、響一」


「ぁんだと剛っ、もう一度言ってみろよ」


 いつもなら流してるはずの、剛の軽口にさえ噛みついてしまう。


「僕が言うよ。響一の家はここで、響一が守らなきゃいけないのは、綾香さんだろ。 どこへ帰るのさ」


「んなことは、お前に関係ねぇだろうが」


 駄目だ、イラつきが止まらない。


「関係あるから言ってるんだろ。キレたふりして逃げようとする癖、まだ直ってないね」


「上等だ友也!」


 脅しのつもりで立ち上がり友也に掴みかかったが、他の四人は声を上げることもなく、動きもせず見ているだけだった。訝し気に思っていた俺をよそに、友也は自分の襟元を掴んでいる手を、ゆっくりと力で外していく。

 こいつ、こんなに力が強かったかと驚いているうちに、全ての指は外されていた。


 友也を見ると、身長は変わらないのに厚みが出て以前よりもガタイがよくなってるように思える。瘦せ型だったのに鍛えたのか、仕事がハードだったのか。


 それと、それなりに本気で凄んだのに、怯みもしねぇ。

 どっしりと、構えるようになった…。


「落ち着きなよ、響一。喧嘩をしに、来たわけじゃないよ。今日、僕と菫が来たのも、響一の誤解を解くためなんだ」


「誤解なんか俺はしてな―――」


「してる。しなくてもよかった誤解を、僕達のせいでさせてしまった」

「友君の言う通りです。私達のせいだから。響一君、お願いします、話を聞いて下さい」


 そう言って菫さんは、俺の前に来て頭を下げる。

 綾香も顔を向けて、同じように頭を下げた。


「響一、お願いします。私の話を聞いて下さい」




 完全に、俺一人が悪者じゃねぇか…。

 鈍った頭でも自分の行動が、駄々をこねてる子供のソレだということくらいは、わかる。


 ほんとにひでぇ。


 頭痛はするわ、友人連中は心配顔だわ、頭下げさすわ、身重の綾香にまで心労かけさせて、なにをやってんだ俺は。


 それでも…モヤの晴れないまま、話を聞くことに同意した。








疑心暗鬼と言う化け物を

独りで祓うことなど、できるものではない


憑りつかれないように、日々を過ごすことが

最善の対策


憑りつかれてしまったら

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